ベトナム④ 2つの世界遺産
 1月18日 ミーソン遺跡-ホイアン-ダナン市街散策

 今朝の出発は少しゆっくり。 ガイドを待つ間に昨夜歩いた道程を、もう一度歩いてみる。
 ダナンはベトナム第4の都市。 (ホーチミン800万人、ハノイ600万人に比べ、ダナンは80万人)

 道幅も広く、交差点はロータリーになっており、ハノイに比べ混雑・混乱は少ないように思えた。


 今日の最初の観光は世界遺産のミーソン遺跡。 ダナン市内から約1時間。

f0066555_17582224.jpg 私たちが遺跡に着いた時、チャンバ族の民族舞踊が始まる所だった。

 舞台の背景は、この遺跡の名にもなったミーソン(=「美しい山」の意)。
 この遺跡は、ベトナム中部に元々住んでいたチャンバ族のもの。

 ベトナム人はハノイなど北部に住んでいたが、中国に圧迫され南下した。 チャンバ族はさらに南部へ追いやられ、現在ではベトナムの少数民族となる。
 ベトナムの少数民族は50以上、人口の10%を占める。


f0066555_18142489.jpg 遺跡を見た第1印象、「アンコールワットに似てる」

 同じヒンズー教を信じる民族なので、外観はよく似ている。
 ただしアンコールワットが石造りなのにたいし、ミーソンはレンガを積んだもの。

 立っている人と比較して、遺跡の大きさもアンコールワットよりかなり小さいことも分かる。
 王が代るたび、こうした神殿・経典を収める図書館などが建てられたようで、比較的狭い区域にいくつ物建造物がある。
 またここは、儀式などをおこなう聖域で住居などは別の所にあった。


f0066555_1835881.jpg 遺跡は4世紀から17世紀にかけて作られたといわれ、風化による破損も進んでいる。

 しかし、比較的保存状態の良かった遺跡も、ベトナム戦争の時に米軍の爆撃で破壊された。

 ちょうど今、イスラエルの爆撃によって破壊されたガザ地区のことが連想される。

 遺跡が世界遺産に登録され、ユネスコの費用で遺跡の修復が進められている。
 しかし、圧倒的な軍事力の差、弱い者イジメとしか思えないアメリカやイスラエルに、ミーソンやガザの復興への義務が無いのだろうか。



f0066555_18463967.jpg 昼食後は2つ目の世界遺産、ホイアンへ。

 ホイアンは中国とインドをつなぐ海路の中間に位置し、商業都市として繁栄。

 オランダ・ポルトガル・中国に加え、日本からも後朱印船が来航した。

 19世紀末には、このトゥボン川に土砂が堆積したことにより、繁栄の中心は海に面したダナンに移った。


f0066555_20463263.jpg 右側の日本人街、左側の中国人街をつないでいるのが「日本橋」。

 当初この街に住んだ日本人により作られた。 正確には橋を日本人、屋根を中国人が作り、来遠橋(遠くから来た人が作った)というのが、正式名。

 鎖国政策により日本からの往来がなくなると、町全体が中国人の町に。


f0066555_20533374.jpg その元日本人街にある、いかにも中国風のお寺「金山寺」。


 周囲には軒に提灯を下げ、一目で中国風と分かるお店。 そして一部には、植民地時代のフランス風の建物が並ぶ。

 幸いにもベトナム戦争で破壊されることも無く、世界遺産に登録されることに。
[PR]
by t_ichib | 2009-01-24 18:49 | 今日もまた旅の空
<< ベトナム⑤ 世界遺産の都市フエ ベトナム③ 物価、安~い! >>