ベトナム⑥ ベトナム戦争は遠く
 1月20日 クチトンネル-統一会堂-中央郵便局-ペンタイン市場

 ホーチミンのホテルは、今回の旅行中で一番きれい。 お風呂も、2人目が入る頃にはぬるま湯になってしまうことも無かった。
 種類も豊富なおいしい朝食を食べ、午前中はクチトンネルへ。

f0066555_10145544.jpg クチトンネルは、ホーチミンから40Km。 ベトコンの米軍に対する抵抗の拠点。
 実際にはフランス植民地時代の抵抗組織ベトミンの時代から掘り始められ、全長は250Kmにも及ぶ。

 地下は3層になっている。 トンネルは米軍に見つかることもあったそうだが、体の大きな米兵には入れず、また真っ暗なトンネルの中で待ち受けるベトコンの恐怖に、入口付近を破壊することぐらいしかできなかったようだ。

f0066555_10273497.jpg 地下トンネルの空気穴。 これは観光客によく分かるようにしてあるが、当時は落ち葉などで覆い隠されていた。
 周囲は林になっているが戦争当時は枯葉材が撒かれ、現在の木々は戦争終結後に育ったもの。

 一帯には、病院・会議場・武器工場などが復元されている。 炊事場もあり、発見されないように、煮炊きの煙は数百メートルも離れた所へ、分散して出していた。


f0066555_10362359.jpg 当時のニュースで聞いたことのあるホーチミンサンダル。

 破壊した米軍の車のタイヤから、手製のサンダルを作った。
 「お土産に…」と勧められたが…


f0066555_1042316.jpg 戦闘の合間にも付近の畑では農作物を作っていたようだが、兵士の空腹を補ったのがタピオカ。

 栄養分は少ないが、戦後の食糧難を救った食料。 ちょっと試食してみると、サツマイモのような食感。

 今回のガイドさん達は全てベトナム戦争終結以後の生まれ。 ハノイは水牛(丑>)歳生まれの23才。 一番年長のホーチミンのガイドも戦争の翌年。
 「私の体が小さいのは、こればかり食べていたから」と。 確かに彼はベトナム人の中でも小柄だった。

f0066555_12463286.jpg クチに入る手前にあったタピオカの林。

 見た感じはどこにでもある雑草のようで、たぶん東南アジアの気候に合ってよく育つのだろう。 この根を食用にする。

 私は知らなかったが、粉末にしたものを加工してデザートの材料にもなるらしい。


f0066555_12525989.jpg ゴムの木の林。
 道路沿いに植林されており、「えっ何?」とガイドさんに訊いたもの。

 上の写真のタピオカは道路の反対側にあり、ガイドさんに訊くまで雑木としか思えなかった。

 ベトナムでは、お米は北・中部では年2回、南部のホーチミンでは年3回収穫される。
 麦はあまり栽培されず、先ほどのタピオカからフランスパンなども作る。 芋からパン? ちょっと信じられない思い。



f0066555_1334614.jpg 午後はホーチミンに戻り、市内観光。 その最初は統一会堂。

 サイゴン陥落までは南ベトナム大統領宮殿。 (陥落の瞬間、ほとんど無抵抗で解放戦線の旗が掲げられるのを全世界がテレビの映像で見た。)
 1階は様々な会議等で使用されるが、2、3階の豪華な大統領応接室、大統領の住まいなどは観光用に残されているのみ。


f0066555_13165232.jpg 北・中部では本当に「やかましい」と思ったバイクや車の警笛。
 ホーチミンではひっきりなしに聞こえることなど無く、交通マナーも(ちょっと失礼な言い方か?)成熟してきたように思える。

 中央郵便局。 フランス植民地時代の建物。
 高い天井の豪華な建物。 ホーチミン市内では激しい戦闘は行われておらず、無傷で残ったのだろうか。

 すぐ隣には、美しいサイゴン大教会があった。


f0066555_13253472.jpg 歴史博物館。
 内部は撮影不可と言われたので、壁面のレリーフのみ。

 石器時代から現代まで様々な展示品がある。
 他の国々と接するベトナムは、攻めたり攻められたりの歴史を持つ。 (南部は元々他の民族の土地だった。)

 興味深かったのは、かの大帝国を築いた蒙古に(神風に救われた日本同様)破れなかった数少ない国。
 その戦術は、干満の差が大きい河に(満潮時には見えないように)杭を打ち、海戦に不慣れな蒙古の船を串刺しにするというもの。



 ベンタイン市場は大きく活気がある。 宝石、鮮魚・お肉・野菜・衣類など何でも揃う。 さながらデパート。
 ガイドさんと離れ小一時間の買い物。
 「こんにちは」、「安いよ」などの声がかかる。 どうして私たちが日本人と分かるんだろう。
 私たちなど、「アレは日本人」と思った人が、知らない言葉を話すのを聞きビックリするのが、しょっちゅうなのに。

 進め上手の店員さんの口車に乗り、妻は貝殻のポーチなどを買う。



 ベトナム最後の夕食は少しだけ豪華なレストランに案内された。

f0066555_13453112.jpg 左は珍しい1弦琴。
 左手で弦の張りを微妙に変化させ、音階を奏でる。 右側は張られた弦を木琴のようにバチで叩く琴。 中央も膝の上に載せて弾く琴。
 いずれもベトナムで始めて目にする琴。 美しい装飾が施されている。


 珍しい帽子なので「少数民族?」と思ったが、「キン族」とのこと。 キン族といえば、ベト族ともいい、ベトナムの80%を占める主要民族。

 伝統音楽だけでなく、「北国の春」の演奏などサービス。
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by t_ichib | 2009-01-27 10:54 | 今日もまた旅の空
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