イタリア⑥ 水の都
   4月19日(日) ベネツィア

 昨日のフィレンツェ、今日これから行くベネツィアは共にイタリア半島の付け根近くだが、半島の反対側。
 アペニン山脈越えなので、朝は7:40の出発。

 はるか向うに白く光る雪山がうっすらと見える。 懐かしいスイスの山々だ。 残念なことに近づくと、近くの山に遮られて見えなくなる。

 そして、少し雨模様。 この旅行中、時々雨に見舞われた。 幸いにも、バスの移動中、あるいは夕食中とかで、傘を広げたのはほんのわずかの間だったが。


f0066555_10261974.jpg バスを降り、ベネツィア本島にはこの船で渡る。

 ベネツィアは潟に杭を打ち、その上に土を積み上げた人工の島。
 海面に突き出した杭は、浅瀬に乗り上げないよう船を導く標識だという。

 その昔、外敵との戦争の時にはその杭を抜いて、敵を座礁させた。


 島で私たちを待ち受けていたガイドは、日本語が達者なイタリア男性。 シエナのガイド同様、少々口も悪い。

 例えば、何かの話のついでに「イタリア人にとって、フランスなんて泥棒みたいなもの」と言う。 イタリアの芸術品を持ち帰ってしまったナポレオンのことらしい。

 一方で、「他人のことは言えないで~す。 イタリアもエジプトから、聖マルコの遺骸を盗みました」とも。
 これも何百年前のこと。 小国に分かれていたイタリアは、それぞれの国ごとに守護聖人を必要としていた。
 エジプトに有った聖マルコの遺骸が、イスラム勢力に奪われそうな状況にあり、先回りしてベネツィアが奪い取り、守護聖人とした。



f0066555_113058.jpg ベネツィア本島は、自動車はおろか自転車さえ禁止。
 輸送・移動手段は手押し車と運河を利用した船に頼る。

 写真の手前は船着場そして海。 大きな船で運ばれてきた物資はここで、手押し車・小船に積み直される。
 輸送費がかかっている分、物価は高い。 昼食時に買った水は4.5ユーロもした。 (ローマなどでは2ユーロ、スーパーなら0.34ユーロが普通)


f0066555_11414255.jpg ベネツィア共和国の政庁だったドゥカーレ宮殿。

 議会場などのほか裁判所がある。 宮殿と牢獄は運河を挟んだ反対側に有り、「ため息橋」でつながる。
 囚人はそこで、最後の見納めにベネツィアを眺めたという。

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 私達もそのため息橋を渡り、牢獄の見学。

 実際にため息橋が出来たころには、ここに収監されたのは短期刑の囚人ばかりで、この世の見納めで渡った人はいなかったという。


 名高いベネツィアグラスの工房を見学。
 火災のおそれから大きな工房は他の島に移され、この島にはお店と観光用の小さな炉だけ。
 その炉でガラスを溶かし、見る間に美しい透明な馬を作ってくれる。

 そして、お店へ。 小物はともかく、ほとんどは目の飛び出るような価格。
 …と思うのは、私のような貧乏人。 私たちの一行の中にも、花瓶か置物かを包んでもらっている人もいた。



f0066555_12493746.jpg いよいよゴンドラに乗船。

 島には大運河・小運河があり、私たちは小運河を一回りするだけ。

 船の左右はこのように住居が立て込んでいて、美しい風景など見えない。

 テレビ映像で目にしていたほどの優雅さはない。
 船頭と歌い手は別々の組合があり、お互いの権益が保障されいる。 だから、船頭さんは「オーソーレミーヨ」とか歌ってくれない。
 川ではなく運河なので自然の流れは無く、周囲の住居から生活排水が流れ出る。 …だから匂いが鼻につく。


 ゴンドラの乗船(30分)が終わると、2時間近くのフリータイム。 私達もここで、ベネツィアングラスのほんの小物・ペンダントトップくらいをお土産に買い、後はサン・マルコ広場へ。

f0066555_17565210.jpg エジプトから運ばれたサン・マルコを安置したサ・ンマルコ寺院

 去年の秋、ベネツィアがアクア・アルタ(高潮)で水浸しになったのを日本でも見た。
 ガイドさんによれば、水は海からではなく下から湧き出るんだそうだ。 …干拓地だから。

 湧き出てくる水で浮き上がらないよう、敷き詰めた石の所々に穴があけられている。


 サン・マルコ広場の周囲は建物に囲まれており、1階部分はお店。
 右側の2、3階は美術館があり、先ほど入ったドゥ・カーレ宮殿との共通券。

 2階はオーソドックなものが展示してあったが、面白いのが3階。 ほとんどパロディ画ばかり。
 聖母マリアに抱かれたキリストが、くそガキのように描かれていたり、さらには乳房にむしゃぶりついていたり…
 他にも聖書のエピソードを茶化したようなものばかり。

 敬虔なカソリックがほとんどのイタリアで、「こんなことしていいの?」と思うほど。
 そのためか、3階への入口は分かりにくくなっている。 妻を含め、私たち1行の他の人は誰も上がった形跡は無かった。
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by t_ichib | 2009-04-26 12:51 | 今日もまた旅の空
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