連日の猛暑に耐えかねて・・・ 野麦峠
 岐阜はもう10日ほど猛暑日が続いている。 その暑さから逃れようと、少しでも涼しそうに思える飛騨の野麦峠へ行ってみようと。
 皮肉なことに、私の住む西濃地方のその日の気温は33℃、高山は逆に34℃。 といっても、それは高山市街のこと、私たちがドライブをした標高1000m位だと27℃前後、快適だった。

 映画「ああ野麦峠」が公開されたのは1979年。 当時は岐阜に住んでいなかったのだが、一度は行ってみたいと思いつつ、今日まで果たせずにいた。
 何せ雪深い地、冬場には道路が閉鎖されてしまう。


 東海北陸道の飛騨清美インターを降り、国道361号へと車を走らせる。
 事前に何の計画も無く、野麦峠以外は「途中で面白そうなところがあれば立ち寄ろう」くらいの気持で出かけてきた。

f0066555_10292667.jpg 全国的な知名度はほとんど無いと思われるが、岐阜県に住んでいれば一度は聞いたことがある「美女高原」
 高原の中心にある美女池は、大蛇が美女に化けたと言う伝説がある。

 釣りや散策が楽しめるキャンプ場で、この地方では最も早くミズバショウが咲く。


 美女高原を通る道は幅が狭く、車同士がすれ違うには一方が待たなければならない所もある。 ただし、対向車とすれ違ったのは1回だけ。

 通り抜けてから気がついたのだが、高原を迂回するように、センターラインの引かれた国道が別にあった。 (私のカーナビは古いので、旧国道を案内したのか?)



f0066555_10455419.jpg 次に立ち寄ったのは高根第1ダム
 この発電所は電力消費のピーク時には、下にある第2ダムから水をくみ上げる揚水発電式。

 2つのダムによって作られた人造湖は、高根乗鞍湖と呼ばれる。

 この湖の途中から国道を離れ県道に入る。

 飛騨と信濃は険しい山に隔てられ、野麦峠などを超え旅人が行き来した。
 「飛騨ブリ」と呼ばれたブリが、富山から信州に運ばれた「ブリ街道」の一部であり、製糸工女たちもこの道を越えた。


f0066555_1129129.jpg 野麦峠の「お助け小屋」

小屋の右手を「旧野麦街道」が通っている。
 展望台まで「10分ほどですよ」といわれ、少し登ってみる。

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 わずか10分でも息が切れる。 この道を12才になったばかりの少女たちも通ったのだろうか。
 飛騨から岡谷までは少女たちの足では、4泊5日かかる。
 2月末に出かけ、12月に帰る。 いずれも雪深い中。


f0066555_11513092.jpg 「お助け小屋」を少し下った所に「資料館」がある。
 ビデオや展示物を、私たちが他の人より念入りに見ていたとかで、係りの人が追加の説明を加えてくれる。

 それによると、映画で描かれた時代が「糸引き工女」たちにとって最も過酷な時代で、それまでは雪が消えかかる4月から、そして労働時間も短かった。
 国の富国強兵政策により製糸産業に力が注がれ、3月1日から12月20日までの期間、そして労働時間も12時間となったそうだ。

 彼女たちの細い腕が国を支えた。 現金収入の少ない農家をも。


 野麦峠のこのあたりは、以前は大野郡高根村だった。 今は平成の大合併のおかげで、ず~っと高山市。
 高山市の広さは四国の香川県より広い。 高山市長は県知事並み?
 野麦峠の向こうは、長野県松本市。 こちらも?
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by t_ichib | 2010-09-02 22:02 | 今日もまた留守にしています
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