ギリシャ旅行④ オリンピア~ミケーネ-ハードな日程
 今日は3番目と4番目の世界遺産オリンピアとミケーネを回る。 後のミケーネは3時に遺跡の拝観が終了してしまうということで、前2日とは30分早い出発。
 それでも、昨夜の内にマーケットで買い物を楽しめたし、朝の散策もできた。

 オリンピアの町は今までより少し大きく、ホテルも私たちだけでほぼ満室という前2日の宿より大きい。 部屋もゆったりで、何よりも浴室で足を伸ばして風呂に浸かれるのがうれしい。
 少しづつ宿が良くなっていくのは、旅行社の作戦? 2日間連泊のアテネのホテルは5つ星だそうだ。


f0066555_11102374.jpg 古代オリンピック発祥の地、オリンピア。

 「ここが競技場、そしてレスリング等の練習場、あちらは貴族たちの宿泊施設…」などと説明を受ける。
 選手たちはテントに寝泊り、暖かい季節に開催されるので、それで十分だったらしい。


 競技は不思議なことに、歌のような芸術の分野もあったという。
 格闘技は苛酷で選手のなり手が少なかったというが、一方観客はその熾烈さに熱狂した。


f0066555_11192930.jpg 競技が行われるスタジアムへはここを通って入る。

 アーチの部分が一部しか残ってなくて門のように見えるが、ず~っと覆われておりトンネルだったという。
 (写真は入場後に背後を振り返って撮ったもの)


f0066555_11425413.jpg スタジアムの内部。

 写真の奥の方へと、ずいぶん細長い。 ここでは短距離走や、投擲競技が行われたのだろうか? 左右の芝生部分が観客席。
 手前のブロックのようなものは反響板で、「只今の勝者は~」などと審判の声がよく響くようにしていた。
 そのためには壁のようだったのでは? 基礎の部分だけが残った? それとも下に埋まってしまった?


f0066555_1152084.jpg 遺跡の中のフィリペイオン。
 一部の柱しか残っていないが、復元図によるとぐる~っとつながった美しい円形の建物。

 マケドニア王が戦争勝利を記念して奉納した。
 この近くには、給水施設やゼウスや妻ヘラの神殿などもある。

 ゼウス神殿の方が規模が大きいが、不思議なことに作られたのはヘラ神殿の方が数百年も古い。
 オリンピックの聖火がヘラ神殿で採火されるのは、そのためだろうか?


 遺跡から、オリンピア博物館に入る。

f0066555_1262578.jpg ゼウス神殿の破風を飾った数々の彫刻群。

 昨日は「東に掲げられたものは、東に…」と書いたが、ここのことだっただろうか?
 上半身が人で下半身は獣のケンタウロスとの戦いなど、いくつもの神話を題材にした彫刻だとか、いくつもの説明を受けたが、今ではそのすべてがゴチャゴチャ。


f0066555_121738.jpg 勝利の女神ニケ。

 翼や顔の一部・腕の部分が欠けているが、十分美しさがうかがえる。
 ニケは「nike」と綴られ、スポーツ用品のメーカー「ナイキ」はその社名とロゴマークをニケの翼から採っている。
 知らなかった…。 同行の多くの人は知っていたのだろうが。


f0066555_12253812.jpg ヘラ神殿から発掘された「赤子のディオニソスをあやすヘルメス」

 ゼウスの使者ヘルメスが、嫉妬に狂った妻ヘラから赤子を守るため、ニンフに届けようとしている。 (何度も繰り返すが、神々の身勝手さ・人間臭さ…)

 ディオニソスはローマ神話での名前、酒の神バッカスなら私には分かる。 飲めないんだが…


 そこから再びバスに乗車し、ミケーネ遺跡へ向かう。

 今度の旅行中何度も、例の「ギリシャ危機」に関連する「ユーロ圏最貧国」ギリシャの状況を添乗員から、現地ガイドの口からも聞く。
 給料が9万円位しかない人もいるとか。 この後、アテネに向かう道筋でデモ(頻発しているらしい)があるから、別のルートを通って市内に入るとか…

 その雇用対策のため、日本からの添乗員以外に現地ガイドを付けなければならない。 (イタリア・スペインなどでもそうだったが)

 ただし、せっかく経験豊富な添乗員さんが一緒なのに、英語⇒日本語と倍の時間を取られるのは、私たちにとって苦痛。
 もちろん今までには、にこやかに冗談などを言い私たちを笑わせてくれる、素敵なガイドさんともたくさん会ってはいるが。

 なのに…、ミケーネのガイドは約束の時間に遅れてきた。
 同じ会社なのだろうが、バスの運転手から厳しく苦言を呈されていた。
 その運転手は、前日まではにこやかですごく丁寧な運転振りだったのに、今日は食事・休憩のたび「時間がない」と添乗員を急かすほど。 運転振りも少し「地をむき出し」気味…?
 「俺がこんなにがんばって来たのに!」と言ったところ。

f0066555_13421333.jpg ガイドを待つ間に添乗員から遺跡の概略を聞き、ミケーネの権威を示す「獅子の門」をくぐる。

 私は世界史に疎いのだが、クレタ文明を受け継ぎ地中海一帯を支配していたという。
 平和的だったクレタとは異なり、かなり武力的で貿易も海賊的だったという。

 王アガメムノンは、先ほどのトロイ戦争の勝者。 トロイの王女を戦利品として連れ帰る。
 嫉妬した妻は愛人とともに王を殺し、権力の座につく。
 さらに何年かを経て、王の娘と息子が母と愛人に復讐を遂げる… なんともギリシャ神話の伝えるところは…


f0066555_14143632.jpg 獅子の門から小高い岡に登ったところ。

 王宮の跡だったり、王が殺された浴室の跡だったりと、説明されなければ区別のつかない岩だらけの場所。
 正直な感想を言えば、繁栄を極めた王城にしては意外に小さいなと。
 そして、やや勾配のきつい不便な土地だなとも。 周囲と戦争をしていた時代だから、当然こんなところに城壁を築いて住んでいたのかも。


 今日のブログのタイトルに「ハードな」と書いたが、遺跡をめぐっている間は興味深いことが多く、ハードとは思わなかった。
 ハードだったのは、この日の昼食がミケーネの観光が終わった午後3時になったことくらい。 あるいはバスの運転手だけがハードだった?


f0066555_1444592.jpg アテネへは半島を陸続きのコースで向かう。
 ぺロポネソス半島の付け根はわずか6Kmあまり、古くからここに運河を通す計画があったが、コリントス運河が完成したのは1893年。

 湾とエーゲ海を結ぶコースは、半島を迂回するのと比べ400Kmも短縮された。
 しかし貨物船が大型化したため、現在は観光船が通過するのみ。 それでも年間11,000隻の船が通過する。

 水面部の幅は25m、最も高いところでは水面まで80m。
 見るからに、崩れ落ちないのが不思議な位の急勾配。 これでは誰も幅を広げようとは思わないはず。


 アテネへは別ルートを取ったのか、心配したデモに遭遇することもなくホテルに到着。
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by t_ichib | 2011-02-16 22:50 | 今日もまた旅の空
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