中欧旅行(中)
 中欧2カ国目はチェコ共和国、歴史とか文芸作品の中ではボヘミヤの名で知られる。
 短期間の旅行で5カ国を回るので、バス移動が長い。

 5月16日(月) ドレスデン-プラハ-チェスキークルムロフ

 チェコというと真っ先に浮かぶのが作曲家スメタナの名、そしてその交響詩「わが祖国」の中のモルダウ川。 が、モルダウという名がドイツ語で、チェコ語(当然「わが祖国」の中でも)ではヴルタヴァ(Vltava)川だということが、今回の旅行で初めて知った。


f0066555_17295575.jpg そのヴルタヴァ川に面して立つプラハ城
 城の歴史は9世紀に遡るというから、なんと1000年をはるかに越える。
 その間たびたびの戦禍、火災に会い修復が繰り返された。
 ゴシック様式、ルネサンス様式とその時代ごとの修復・拡張がなされ現在の美しい城が出来上がった。

 城の中にはチェコの大統領府がおかれ、建物に国旗が上がっている時は大統領が国内にいることを示しているという。

 さらに、建築に6世紀を要したという聖ヴィート大聖堂、修道院などがあり、見学の後には城を見たというより、教会を見たという記憶の方が残ってしまった。


f0066555_183536.jpg その城から見下ろせたカレル橋
 城の中ではお城が見えないように、橋の上ではさっぱり橋らしくない写真になってしまった。

 一部はこの写真にも写っているが、橋の欄干には30体の聖人の彫刻がある。
 中に触ると「幸運が訪れる」・「再びプラハに来ることができる」などといわれる像もあり、その部分は観光客に磨かれぴかぴかに光っている。


 チェスキークルムロフの町には観光バスの乗り入れが禁止されており、各自1泊分の衣類などをつめたかばんを手に宿に向かう。
 その宿も古い宿なので、風呂も「バスタブなしのシャワーのみ」という部屋があるという。

 幸い私の部屋にはちゃんとバスタブがあった。 夕食の時に聞いてみたらほとんどの人はシャワーのみ。
 翌日のホテルも6階とかの部屋が多い中、私は最上階の14階で見晴らしが良かった。 一人参加だったので、添乗員さんが気を使ってくれた? (考えすぎ?)


 5月17日(火) チェスキークルムロフ-ウィーン

 旅行前の予習が苦手な私はチェスキークルムロフの名は、ここに来てから知った。 他の参加者の中には、ここの町歩きを一番の楽しみにしていた人が多いというのに。

f0066555_18302017.jpg 右の絵図に青く描かれた大きく迂回したヴルタヴァ川、その内側に私たちが泊まった宿のある街。
 チェスキークルムロフ城は絵図の上部、川の外側にある。
 今日の観光は絵図の範囲を、徒歩で半日散策するフリータイム。


 少し早めに宿の前の広場、そこからお城が良く見える展望テラスなどを散策した後、添乗員さんと一緒に城に向かうグループに加わる。

f0066555_18535096.jpg 写真は先ほどの展望テラスから撮ったチェスキークルムロフ城
 絵図から分かるように、当時の町(ヴルタヴァ川の内側)の規模に比べ城の規模が大きい。
 その町も19世紀には主要な鉄道路線から外れ、衰退する。

 衰退し長い間見放されていたことにより、中世の趣きを多く遺し、世界遺産に登録され多くの観光客が訪れるようになった。
 特に、ドイツ・オーストリア人などに好まれているようだ。(ついで日本人?)


f0066555_19284813.jpg 城の中を登っていくと、広い庭園に出る。
 写真は庭園の中にある美しい噴水。

 ここまで上がってくるにはけっこう勾配のきつい坂を上らなくてはならず、私たちのグループの少し足の弱い年配の女性などは登るのをあきらめたほど。


f0066555_19363851.jpg そこから少し下った展望所で、町を見下ろしたところ。
 絵図のとおり、曲がりくねった川が一望できる。

 街の名のチェスキーは「チェコの」、クルムは「曲がりくねった」というような意味にあるそうだ。

 再びスメタナが「モルダウ」で、時に激しく・時にはゆったりと曲がりくねった川の流れを表現しようとしたのを思い出す。


 午後は約4時間の道のりをウィーンを目指す。
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by t_ichib | 2011-06-07 19:59 | 今日もまた旅の空
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