沖縄離島旅行① 欠航?
 実は旅行の前日は、妻の甥っ子の結婚式だった。 本当は1日くらいは余裕を持った旅行にしたかったが。

 翌日の出発時間がやや早いため、空港内のホテルで前泊の予定。
 列席した妻は、式が終わるとすぐに列車でとんぼ返り。 その妻を出迎えて…

 駅で待つ私が何気なく聞いていたカーラジオから、「東海道線で人身事故が発生し、上下線とも運転見合わせ」とのニュース。
 しかもこんなときに限り携帯電話を持って来ず、妻と連絡が取れない。
 幸い事故は反対側だったため、30分ほどの遅れですんだ。 上り線はまだ動いていなかったようだ。



 翌日からの旅行を前に、なにやら嫌ーな…

 予感は大当たりで、中部空港-石垣-上原港(西表島)と、飛行機とフェリーを乗り継ぐ予定が、波が高いため上原便が欠航するという。

 ただ、西表島には大原港にもフェリー便があり、そちらは欠航しておらず、上原へはマイクロバスで送ってくれるという。
 今日中に予約した宿につけそうで一安心したものの、石垣で予定より3時間ほども足止め。


 考えてみると「晴れ」を空頼みして、雨やら風やらは想定してこなかった。 この後の西表島-波照間島が欠航しないかも心配になってくる。


 ともかく3時間あまりもボーっとしても居られず、フェリーターミナルに荷物を預け、石垣市内を歩いてみることにした。


f0066555_21161941.jpg 石垣は最終日にレンタカーで回る予定にしていたが、徒歩でとなると急には思いつかない。
 ガイドブックをめくり、宮良殿内を見てみることにした。

 沖縄の地名・人名の読み方は難しい。 同じ建物内の説明にも「めーらどうぬず」とあったり、「みやらどぬじぃ」としてあったり。

 その説明文によれば文政2年(1819年)に、当主が頭職(八重山最高の役職)に任命されたのを機に建てられた。


f0066555_2273440.jpg 同じ宮良殿内の庭園

 私の撮影技術がつたないため、建物・庭園とも立派さが伝わらないが、あわせて19代当主が言われるのには、「史跡の指定を受けたため、自由に改修できない」し、その費用も出ていないそうだ。

 その当主はたまたま訪れた私たちに、島の歴史などを丁寧に説明してくれる。 津波に襲われ、津波とその後の飢饉で何万もの島民がなくなったことなど。

 ただ、倭寇や琉球王朝、江戸時代の薩摩・第2次大戦後の米軍まで、話と時代が飛び回るので、こちらの頭がついていけない。


 実に恥ずかしい話だが、この2、3軒手前に同じように見える赤瓦の邸宅があり、当初そちらだと思い写真を撮った。
 史跡のホンモノの方はガラス戸には変えられず、内部もふすまではなく板戸となっていて、現代人の私には暮らしにくく思えた。
 史跡を守っていくのには、たいへんな不自由さがある。


 その後の時間は、3年前にも歩いたアーケード街などを懐かしんだ。 「ここで、お土産を買った」など、妻の記憶力に比べ私の老化は相当…



 遅くはなったもののその後のフェリー・マイクロバスは順調で、欠航「難民」を宿泊予定の宿1軒々々に配達してくれる。
 宿には3年前と同じ親切なガイドさんがいて、一緒に明日あさって2日間の予定を立ててくれる。

 さあ、いよいよ明日からは…、不安は天候のみ。
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by t_ichib | 2012-02-26 23:52 | 今日もまた旅の空
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