沖縄離島旅行⑥ 予定外の?
 この旅行の当初の計画では、西表に3泊している間に「鳩間島へも日帰りで…」と思っていた。
 が、天候が悪く「多分欠航する」のと、宿の人の「何もない所だよ」との言葉で、やめにした。

 一方、波照間の後は「石垣で2日間」の予定が、波照間の同宿者の勧めで、急遽黒島へ寄ることにした。
 今度も宿の人からは「何もない所だよ」と一言。 どの島の人も「自分の島が一番」と、思っているのかもしれない。

 「寄る」といっても、離島間を縦横無尽に船便があるわけではなく、一度石垣へ戻りそこから往復する。



f0066555_11505125.jpg 西の浜

 西の浜は海亀の産卵地としても有名。
 ただ、波打ち際から岩場までの砂浜部分の幅は、思っていたよりずいぶんと狭い。

 砂浜は狭かったが、透きとおった水の色は本当にきれい。

 フェリーターミナルからここまで、そしてその先のビジターセンターまでの道は悪路だったが、ここに来て良かったと思う美しさ。



f0066555_13471368.jpg 黒島ビジターセンター

 中に入ると自然や生物の紹介より、島の歌や踊りなど伝統芸能の紹介の方が多い。

 「〇〇村の乙女は貝を採るのがうまい、若者は漁が得意」など、各村々の男女を褒め称える歌に感激。

 次々に上げられる村の数も多く、現在の島民(200名あまり)より「ずっと賑やかな活気に満ちた島だったろうな」と思った。


 ビジターセンターの館長さんは、私たちが行きそびれた鳩間島のことを「むこうの人はこの島を『親島』と言うこともある」と説明。
 昔この島からたくさんの人が、鳩間島に移住したからだと。


 離島間の親子・親戚のような感情も、有力者同士が争い支配・被支配の関係にあった過去もあるだろう。
 波照間では「このあたりでは最も古くから、人が住んでいた」、「この島にはハブがいない」などと、ライバル心なのか島のPRなのか区別のつかない自慢を聞いた。

 そうした島の歴史をほんの少しでも分かれば、もう少し面白いのかもしれない。



f0066555_1461710.jpg フズマリ

 ビジターセンターからは少し海岸に入ったところにある。

 島のもっとも高いところに、見張り台を設け異国船などを監視していたという。

 「本当にここが一番高い?」と疑問にも思ったが、島の標高が14mだと言うから、こんな風に岩を積み上げれば、ちゃんと見張り台になりそう。



f0066555_141584.jpg 南風保多御嶽(ばいふたわん)

 御嶽は沖縄本島では「うたき」と読むが、この島では「わん」と読むらしい。

 島民の神聖な場所だから、あまり立ち入らず離れて写真を撮るのみ。

 資料によると、その数は10を超える。 以前は集落の数も、今よりずっと多かったことだろうし…



 今朝の天気予報では今日は曇り、午後からは雨も降る。
 という訳で、「傘を差して自転車には乗れない」と徒歩で回ることにした。 失礼ながら、「小さな島だから…」とも。

 それなのに雨どころか、かなりきつい日差しさえ。
 先ほどのビジターセンターから見渡した、次の目的地の灯台ははるか先。 予定外の天気とあわせて、「やはり自転車にした方がラクだった?」とボヤキもでる。



f0066555_14415192.jpg 黒島灯台

 ようやく灯台に着く。
 日差しは変わらないものの、海風は心地よい。

 こんな天気になるとは思っていなかったので、小さなペットボトルのお茶しか持ってきていない。

 「喫茶店にでも入って、冷た~いコーヒーが呑みたい!」 でも、お店がある辺りは、ここから歩いて1時間くらいも先。



f0066555_15483692.jpg 「人より牛の方が数が多い」

 と言われる黒島だが、灯台から島の真ん中を通るこの道の両側には、牧場が多い。

 道の両側にはフェンスや石垣で囲われているのだが、どうやって乗り越えたのか道の真ん中に、大きな牛が1頭いた。

 「おとなしい牛だろう」とは思うものの、その巨体が恐くて石垣によじ登り、牛をよけて通る。

 どういう訳か、その先でもまた1頭。 今度は牛の方がよけてくれたが。



f0066555_1613584.jpg 黒島展望台

 この向こう側は黒島小中学校、島のほぼ中央にあるが、回りの牧場だけでなく海まで見渡せた。

 この展望台では確認しなかったが、西の浜・仲里海岸などからは西表島、新城島が間近に眺められた。
 これらの島々に強い風からブロックされているので、「台風でも来ない限り、石垣-黒島のフェリーは欠航しない」と言われている。



f0066555_16204228.jpg 水道記念碑

 黒島には西表島から海底パイプで、飲料水が送られてきている。
 ただ、それが実現したのは1975年、旱魃のたび石垣や西表から水を運搬したと言う苦労を思うと、長~い悲願だっただろうと思う。



 蛇足だが、海水淡水化設備を持つ波照間島でも、西表島からの送水を検討したことがあると言う。
 送水パイプの建設には巨額の費用が必要だが、10年20年の長い期間で見ると、何億もの経費が安くなる。
 が、住民の大半は海底パイプの破損→修復までの断水、 ということを懸念し、現行の淡水化設備継続を選んだ。
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by t_ichib | 2012-03-02 22:39 | 今日もまた旅の空
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