クロアチア旅行⑤前 ドブロヴニク
 昨夜おそく、大きな雷鳴とともに激しい雨が。 悪い予感が当たるのは2日続けて...
 ホテルは旧市街ではないものの、同じドブロヴニク市内なので、バス移動も15分ほど。


 【世界遺産】ドブルヴニク

 ロープウェー山頂駅から見下ろした旧市街
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 写真中央の城壁に囲まれた部分が、旧市街。

 私たちが入ったピレ門(西)は右端あたり、反対側の港が旧港、右下の城壁に沿った丸い建物がミンチェタ要塞。

 実際にロープウェーに乗ったのは、現地ガイドに旧市街を案内された後のこと。
 それなのに旧市街は同じような赤い屋根がびっしりで、どれがどれなのか区別できない。


f0066555_17502715.jpg ピレ門

 ドブロヴニクは、中世にはラグーサ共和国という都市国家だったそうで、海洋貿易などで栄え、また他民族の脅威などから、独立を保ってきたようである。

 この高い城壁と堀で堅固に守られていても、何度も脅威にさらされたことだろう。


f0066555_804126.jpg オノフリオの大噴水 

 ピレ門を入ったすぐの広場にある。
 この後のフリータイムの後の集合場所が、ここ。 ここなら迷うこともないようだ。


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 噴水というと、「盛大に水を噴き上げている」さまを思い浮かべてしまうが、16面のレリーフの人の顔の口が蛇口になっており、そこから水が流れ出ている。

 噴水以外に適当な日本語がみつからない、ということなのだそうだが。


f0066555_832484.jpg プラツァ通り

 旧市街のメイン通り、 左右はカフェ・商店が軒を並べ、クロアチアでもっとも古い薬局も健在。

 私たちが入った時間が早いので人通りも少なく、ピレ門からルジャ広場方面へ向かう人ばかり。

 フリータイムのころには、西側にある新港に大型観光船が着き、その観光客でいっぱいに。


f0066555_8451399.jpg ルジャ広場

 上の写真の突き当たりにあるのがルジャ広場。
 時計塔の左がスポンザ宮殿、右に市庁舎、旧総督府が並ぶ。

 その総督は1ヶ月交代で任命され、任期中は一歩も外出できない慣わしだったとか。 さぞ一日千秋の思いで、任期の明けるの待ったことだろう。



f0066555_11453898.jpg オルランドの像

 ルジャ広場の中央に、小噴水と並んで建つ柱の下部にこの像がある。
 像の右腕から肘までの長さ、51.2cmが織物の商取引の単位となった。

 実際には計りにくいため、同じ長さが台座に直線で刻まれている。
 背後の建物は、聖ヴラホ教会。


f0066555_12334858.jpg 教会の屋根に立つ聖ヴラホ

 ヴラホは、ベネチア軍が攻め込むのをいち早く人々に知らせ、町の危難を救った。
 ドブロヴニクを手にしているのは、町の守護聖人であることを表し、ピレ門をはじめすべての門に同じような彫刻がある。



f0066555_13515123.jpg 大聖堂

 プラツァ通りはルジャ広場で右に折れ、大聖堂に突き当たる。
 正式名は聖母被昇天大聖堂で、主祭壇にイタリアの巨匠ティツィアーノが描いた「聖母被昇天」が飾られている。

 ラグーサ共和国時代には、カトリック以外の教会の建設が禁じられていたが、その後はモスク・シナゴーク・セルビア正教会などが立てられている。

 さまざまな民族・宗派の人がここを訪れ、居住したこと、それだけ交易が盛んだったことが分かる。


f0066555_14103173.jpg 外から見る城壁

 プロチェ門からいったん外へ出てロープウェー乗り場に向かう。

 背の高い方が城壁、右端がミンチェタ要塞。
 この高さなら、攻め込まれる心配はかなり低いと。



f0066555_14323195.jpg 城壁の上の遊歩道

 遊歩道は1周約2キロ、左回りの一方通行になっている。
 写真は、ミンチェタ要塞から旧港方面を望む。

 聖ルカ要塞で入り、大半の人がピレ門で降りる中、私たちはそこを通り過ぎた。
 入り口が3箇所しかなく一方通行なので、次の聖イヴァン要塞まで少し急ぎ足で進むことになった。
 一周でも2Kmしかないから、急ぐこともなかったのだが。


 最初にも書いたが、ちょうどこの頃に入場した観光船からの大集団に巻き込まれ、集合場所のオノフリオの大噴水までたどり着くのに、少々難儀した。
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by t_ichib | 2012-05-14 12:16 | 今日もまた旅の空
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