エジプト旅行③ ようやく出航
 昨夜から停泊していたクルーズ船を降り、バスで移動後、さらに小さな船に乗り換える。


f0066555_1043317.jpg 向かったのはフィラエ島

 フィラエ島は、イシス神がホルス神を産んだ聖地。
 その島の神殿が、アスワンダムの建設により半水没状態となった。
 そこで、ユネスコの支援で神殿は別の島に移築された。

 現在では、元の名がアギルキア島だった島が、フィラエ島と呼ばれている。


f0066555_10181586.jpg 島に上陸して最初に目に付いたのが、この列柱

 古い時代のエジプトの神殿の柱は、すべて単一のデザインだが、ギリシャ・ローマの支配時代には1本1本が異なるようになった。

 この列柱はデザインが異なるので、神殿の建設はギリシャ・ローマの支配時代。


f0066555_10363517.jpg この列柱の先に、イシス神殿がある。

 左右の壁には、わが子ホルス神を心配そうに見守るイシス神が、レリーフで描かれている。

 イシスは異母兄であるオシリス神と結婚し、ホルスを生む。
 こうした結婚は日本の神話にも見られ、驚くほどのことではない。


f0066555_1133688.jpg さらに神殿内部には「ホルスに乳を与えるイシス」のレリーフがある。

 またこの神殿にはローマに迫害されたキリスト教徒たちが隠れ住んだ。
 当時のキリスト教では「偶像崇拝」が禁じられており、またレリーフが彼らを迫害した側のものだったので、故意に傷つけられた。

 当時は、(迫害した側の)魂が口や鼻、手足の指の間から像に入り、復活すると信じられていた。
 それを妨げるため、破壊は顔や手足に集中している。


f0066555_1530319.jpg 昨日のアブ・シンベル宮殿以来、さまざまな神の名を聞いたが、その姿はほとんど同じ、頭の上の冠に違いがあるらしいが分かりにくい。

 このベス神は、私たちにも分かり易く描かれている。
 あらゆる悪から人々を守ってくれる、ライオンの顔をした神。 (最初は猿?に見えた)



 イシス神殿の観光を終え、再びバスに戻る。
 クルーズ線が停泊するアスワンの少し上流にアスワンダムがあり、さらに上流にアスワンハイダムが位置する。

 昨日のアブ・シンベルはアスワンハイダムのさらに上流にあり、イシス神殿は2つのダムの中間にある。
 そのため、フィラエ島にはクルーズ船からではなく、バス-別の船で渡らねばならなかった。


f0066555_15553814.jpg 帆掛け舟のセーリング

 アスワンダムの下流に戻り、帆船に乗り換えセーリングを楽しむ。
 私たちが乗った船を写真に撮れないので、これは隣の船。

 クルーズ船よりはずっと岸近くに、低い視線で両岸の景色を楽しめた。 もっともこの時点では、クルーズ船は1cmも動いていなかったが。



 再びバスに乗り込み、アスワンハイダムの観光に出かける。

f0066555_1684641.jpg 古くはナイルの氾濫が流域に豊作をもたらしたが、流域に多くの人が住むようになると、それをコントロールする必要が出てきた。

 その目的でアスワンダムが築かれたが、効果が不十分でさらに上流にアスワンハイダムが必要となった。

 もちろん発電の目的も大きく、エジプトの近代化のためにもハイダムの建設は不可欠とされた。

 想定される巨額の費用はエジプトだけでまかなえるものでなく、当時のナセル大統領は各国に支援を求めた。
 アメリカからはイスラエルとの関係で断られ、英仏からも支援を得られず、結局ソ連からの支援を受けられたが、半分はエジプトで負担せざるを得なかった。

 その費用の調達のため、(当時まったく未盗掘だったツタンカーメンの墓が発見されたこともあり)観光事業に力を入れることとした。

 もう一つはスエズ運河の国有化、しかしこれは英仏を怒らせスエズ動乱の元となった。
 結果は知っての通り敗北に終わったが、アラブ諸国の支持を集め、政治的には勝利したと言われる。
 ...と、ガイドの説明の受け売り。

 現在では、火力など他の発電施設も発展し、ダムの発電割合は30%となっている。

 さらに、この時に進められた観光事業は、国の収益の30%を占め第1位となっている。



 クルーズ船に戻り、昼食。 その間にようやく船は出航
 船の屋上に上がると、船のスピードが速いせいがかなりの風が吹く。
 それが涼風でなく、熱風。 多分気温は40℃前後。


f0066555_17251396.jpg コム・オンボ神殿

 船はやがてコム・オンボの町に到着。

 この神殿は2つの神を同時に祭った珍しいもの。
 門をはじめ、左右対称に建物が配置されている。


f0066555_17344222.jpg 神殿のレリーフ

 どの神殿にも王が神に捧げものをし、エジプトの王のシンボル「命の鍵」を受け取る場面が描かれることが多い。

 このレリーフでは受け取った鍵を右手に持っているが、口に鍵を飲み込むように描かれているものもある。


f0066555_17463466.jpg もう一つ王の権威を示すために描かれるのが、エジプトの敵と戦う場面や、戦いに勝利し捕虜を連れて凱旋する場面。
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 捕虜たちの片腕がないのは、左のレリーフのようにライオンに腕を食べさせるという、残酷な拷問を受けたため。

 捕虜たちには、名前らしき文字が刻まれているが、個人名ではなく従えた地方の名だと言う。



f0066555_17561412.jpg ナイルメータ

 いくつかの神殿には、ナイルメータと呼ばれるものが残されている。
 このようならせん状の階段や、まっすぐな溝に刻まれた階段など、形状はさまざま。

 ナイル川の水位を測り、その年の収穫量を予測しを決めたと言う。

 ナイルメータは、ナイルからはずいぶん離れた「砂漠の中?」と思うような神殿にも残されており、当時のナイル川の流域の広さを感じた。



 クルーズ船はその日のうちに、翌日の観光地エドフに到着
 今夜も眠っている間は、船は停泊したまま。
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by t_ichib | 2012-07-07 22:00 | 今日もまた旅の空
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