スリランカ⑦ 
 スリランカでは、大都会のホテルなどは別格として、地方へ行くとどちらかというと小さなホテルが多い。

f0066555_14152487.jpg スリランカ最後の宿は、部屋数はわずか18室。
 が、ここは特別らしい。
 イギリスの統治時代からの歴史を持ち、海に面した絶好のロケーション。

 部屋数にくらべ、ガーデン部分を含め、贅沢な広さを持っている。

 今朝も新婚カップルがカメラマンを従え、数々の写真を撮っていた。 外国人の私には、うかがい知ることのできないものがあるホテル?



 最終日は【世界遺産:ゴール旧市街】の観光

f0066555_1533386.jpg 【旧市街への入り口】

 城壁の窓の下は「東インド会社」の紋章だという。
 そんな名前を見聞きするのは、高校の教科書以来のこと。

 旧市街はこの城壁により、外敵の侵入から堅固に守られてきた。


f0066555_1624650.jpg 【ゴール旧港】

 ゴールは古代からよく知られた港、16世紀にはポルトガル、17世紀にはオランダ、18世紀末にはイギリスの統治のもと発展してきた。

 現在は大型船が入港できるよう別のところに移動しているが、昔はどんなに賑わいを見せていたことだろうか。


f0066555_1711290.jpg 【オランダ統治時代の教会と図書館】

 手前の赤い平屋が図書館

 このあたりでも赤や白のリボンの車、赤・白の衣装の花嫁に出会う。
 きれいなところなので、歴史を知らなくても撮ってみたくなる場所。


f0066555_1714641.jpg 【ゴールの要塞】

 改めてガイドブックの航空写真などを見ると、半島の先端部分が見事に城壁に囲まれている。

 残念ながらここでそんなに時間が取れず、城壁の一部を少し歩いただけだった。

 スマトラ沖の津波の時には、スリランカも大きな被害を受けた。
 新市街では4000人という大きな犠牲者を出したが、旧市街では1人の被害者も出さなかったという。


f0066555_2134327.jpg 【これは?】

 この下は牢があると聞いたので、その空気抜きの孔かと思ったが、実はここから囚人たちの食事を投げ落とす孔だという。

 あたかも動物のように、「餌を与えられている」かのような、過酷な扱いだったのだろうと…



 昨日までとうって変わったような上天気で、かなりの汗をかき昨夜のホテルに戻り、シャワーをあびて、最後のドライブと観光へ。

 昨日はコロンボ方面から高速道路を走ったが、一般道を数年前の津波の被害跡・ムーンストンの採掘の様子を見学しながら走る。



f0066555_21462011.jpg 【コロンボのホテル】

 ちょっとホテルの名前は忘れてしまったが、わざわざガイドが立ち寄ったのだから、きっと星がいくつかついたホテル、宇宙飛行士のガガーリンの胸像があった。

 むしろ印象に残ったのは、このホテルの向かい側に大きな広場があり、大勢の人がいたこと。
 こんな時期なのに凧揚げをしていた。

 ついでに聞いてみたら、スリランカではお正月のお祝いは、4月に行われるとか。


f0066555_16321196.jpg 【コロンボ歴史地区】

 植民地時代のコロニアル様式の建物が並ぶ。

 さらに左の通りにもコロニアル様式が並んでいるのに、写真左端に写る高層建築が異質。
 全体を統一して保存できなかったのか。


 このあたりにも国の重要施設があり、以前はこんな風に写真撮影ができなかった。 その写真が過激派の手に渡り、「テロの攻撃目標になるかもしれない」というのが、その理由。


 コロンボ空港を飛び立ったのは、ほとんど日付が変わる寸前。



f0066555_1658563.jpg 【スリランカ-成田間で見た富士】


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 【成田-名古屋間で再び見た富士】

 セントレアからの国際便が減り、いつもなら名古屋-成田間を、時間とエネルギーのムダと思うのに、今回はこんなすばらしい富士を見られたので。
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by t_ichib | 2013-01-26 20:35 | 今日もまた旅の空
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