南イタリア② パレルモからアグリジェントへ
 シチリア島は、イタリア半島のつま先で蹴られたサッカーボールの位置にある。
 島といっても日本の四国と岡山県をあわせたほどの広さを持ち、シチリア州という1つの州となっていることに納得する。

 地中海では最大の島、2番目がサルデーニャ島、3番目が今問題となっているキプロス。

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 左は州の紋章、右はどこだったかの建物に刻まれた(微妙に異なるが)同様の紋。
 中央の顔は神話のメジューサで、右の紋では髪の毛が蛇になっているのが良く分かる。
 奇妙な3本の足は、パレルモ・シラクーサ・メッシーナの3つの岬を象徴している。

 州旗もほぼ同様のデザインで、公の建物にはユーロ旗・イタリア国旗とともに、州旗が掲げられている。



f0066555_9585637.jpg 【近づいてくるパレルモ港】

 内側キャビンの私たちは、外に出て寒さに震えながら夜明けのパレルモ港を眺める。 (イタリア滞在中は、連日予想に反して寒い日が続いた。)

 昨夜8時ころに出航した船で、早朝6時に簡単な朝食をとり、7時には下船完了。


f0066555_108336.jpg 【乗船して来たフェリー】

 昨夜は暗くてよく分からなかった船を間近で見る。
 大きい…、クルーズ船といって良いほど。

 ここで現地ガイドが同行。
 イタリアでは各観光地ごとにローカルガイドがつく。 雇用確保のためだろうが、資格を持つガイドの同行なしでは、添乗員が説明することができない。

 前回のイタリア旅行では、日本人ガイドと「何にもしない」ガイドの2人がやってきた。 実は「何にも…」の方が有資格者。
 今回は、英語か日本語ができるガイドが案内し、「何にも…」はついてこなかった。
 日本語の習熟度にばらつきがあり、なかには私たちが「何にも理解できない」ガイドもいた。



f0066555_1026568.jpg 【マッシモ劇場】

 マッシモ劇場は19世紀末に、33年の期間を要して建てられた美しい劇場。
 たまたま停まっていた馬車まで、持っていたガイドブックの写真と同じよう。

 パレルモはシチリアの州都で、美しい通り・建物がいくつもあり、ガイドの説明も熱が入る。


f0066555_10373123.jpg 【ノルマン王宮】

 ノルマンというと、スカンジナビア半島のバイキングを思い浮かべるが、11世紀にはノルマン王がイタリア・シチリアを支配した。

 地中海交易の絶好の地にあるため、古くからギリシャ・ローマ・アラビア…と、支配は次々と変わったが、パレルモ港を見下ろす高台にあるため、紀元前8世紀にはここに城砦が築かれた。
 ノルマン王は大規模な改築を加え、ここを王宮とした。

 現在は州議会場、短時間で、かつ見た角度が悪かったためか、あまり王宮らしく感じなかった。


f0066555_1182987.jpg 【パレルモのカテドラル】

 王宮からは歩いて移動できる距離にある美しい大聖堂。

 パレルモの中心にあるため古くから教会があり、支配者が変わるごとにモスク・キリスト教と変遷。 その後もいくつもの改装が施されてきた。

f0066555_11311390.jpg イスラム教の支配時代は、宗教には寛容な統治がなされ、ノルマン朝にもその施策が引き継がれた。

 右の写真、モスクから改修された大聖堂の柱に残るコーランの彫刻。
 あえて削り取らずに、それを残した。
 同行のガイドはシチリア人の「寛容さ」の表れと誇らしげに…。



f0066555_1261493.jpg 【モンレアーレのドゥオモ】

 モンレアーレはパレルモから8Km、15分ほどの距離。 同じガイドが同行。

 パレルモでは中に入らなかったが、ここでは内部の豪華さに驚く。


f0066555_12261916.jpg 【中央には大きなキリストのモザイク画】

 正面のキリストばかりでなく、壁や天井さらに床にいたるまで、宗教的な絵や模様までがすべてモザイクで描かれている。

 写真の大理石の柱を除くすべてがモザイクで覆われ、その面積は6500平方メートルに及ぶ。


f0066555_1240405.jpg 【天井近くの壁面に描かれたアダムとイブ】

 低い位置から見上げたときには、絵画としか見えなかったが、これもモザイク画。

 上段に旧約聖書、下段に新約聖書のエピソードが、当時の文字が読めなかった人にもわかりやすく描かれていた。
 日本で言えばお寺などに伝わる「〇〇縁起絵巻」のようなものかと、興味深い。




 昼食後は、140Km2時間半移動して、【世界遺産:アグリジェント神殿の谷】へ。
 イタリアは世界で一番世界遺産が多い国だが、シチリアだけでも4つあり、今回はそのうち2つを回る。


f0066555_13323251.jpg 【ヘラ神殿】

 神殿の谷という名前に反して、どう見ても丘という場所にある。
 全部で5つの神殿が並び、その一番東にあるのがゼウスの妻を祀ったヘラ神殿。

 柱は大理石ではなく、石灰岩で表面には漆喰が塗られていた。 (下の方の一部に白く漆喰が残っている。)
 当時は真っ白に輝く美しい神殿だったと。


f0066555_13543992.jpg 【神殿周囲に残る城壁】

 城壁に使われていた石灰石は、神殿の修復などに転用されたりして一部が残る。
 さらに後には、キリスト教徒のお墓にも使われた。 穴一つが1人のお墓とか。

 アグリジェントのガイドは元気いっぱいで陽気な男性。
 私たちの列は縦に長くなり、うっかりすると置いていかれそうになる。


f0066555_14101575.jpg 【コンコルディア神殿】

 コンコルディアはギリシャ神話の平和・協調の女神。

 建物が二重になって見えるが、内部はモスクとして、後には教会として使われた建物。
 それが補強財となって、最も完全な形で残っている。

 ガイドの説明によれば、「ギリシャのオリンポス神殿と同じ様式」という。
 そういえば、規模は小さいが良く似ている。


f0066555_1418992.jpg 【ゼウス神殿】

 神殿といわれても、一つ手前にあった「ヘラクレス神殿」や遠くに見える「カストル・ポルクス神殿」には何本かの柱が残っているのに比べ、まったく瓦礫の山。

 ただし、ヘラ・コノコルディア神殿などに比べ広さは10倍近く、高さは2倍強の大きなものだった。

 写真の大きな岩に残る字形の溝は、運搬や吊り上げるときにロープをかけるためのものだそうだ。

 近くには大きな岩を斜面に沿って引き上げるために用いられた、石でできたレールのような遺構も残されていた。




 世界遺産も、世界遺産になっていないものも、どちらも興味深くスゴイなぁと。
 支配層が変わるため改装されたり、あるいは修復で当時のものが一部しか残っていないとしても。

 紀元前とか、〇世紀と聞くたびに隣で妻が「日本だと縄文?弥生?それとも石器時代?」と、おかげで私まで頭がごちゃごちゃに。

 交易の絶好の地にあったため、支配したり支配されたり、大変だっただろうが、その分文化の発達も早く、繁栄もしただろう。
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by t_ichib | 2013-03-11 21:36 | 今日もまた旅の空
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