南米旅行
 昨日、クスコから山道を降った。 「マチュピチュに行くのに、こんなに下がっていいの?」というのが、私の疑問だった。
 ガイドの説明によれば、

 3400m      2800m       2800m          2000m
 クスコ   -  ウルバンバ  - オリャンタイタンボ  - マチュピチュ村
   バス(80Km)   バス(20Km)      列車(1時間半)

                           2400m
     -  マチュピチュ登り口  -   マチュピチュ遺跡
   シャトルバス(30分)     徒歩(?)
 ということになるようだ。 なんだか「天空都市マチュピチュ」という言葉を聞いた記憶で、もっと高地にあるような気がしていた。
 とはいえ、2400mは十分高地なのだが。


 これだけ高度が違うと栽培される作物も、大きく違う。 クスコなどではジャガイモ、ウルバンバまで下がるとトウモロコシがとれるようになる。

 どちらもペルーあるいは中南米が原産地で、栽培されている種類も200種を超えるという。


f0066555_10583575.jpg 【オリャンタイタンボ駅から乗車した列車】

 昨夜があんなに遅いホテルのチェックインだったのに、今日は朝6:30出発という過酷なスケジュール。
 それでも一夜ベッドで休んだおかげで、元気回復。

 全車指定席で、飲み物サービスが付く。
 帰りの列車ではおみやげの車内販売があり、私たち一行だけでも、飲み物代の何十倍もの収益が上がる。


f0066555_1184471.jpg 【車窓から眺められた雪山】

 車窓からの眺めには「かなり差があるので、席決めはクジひきで」と、添乗員の提案。
 列車の左側からは、ウルバンバ川の渓流が眺められる。 (私たちはいつもクジ運が悪い)

 右側シートからは、写真のような山が見えるだけ。 万年雪の山々は、ペルーでは4000m級だとか。

 ウルバンバ川は下流では、アマゾン川に合流する。 太平洋側のペルーの川が、大西洋に流れ出るとは。


f0066555_11235725.jpg 【列車の終点:マチュピチュ村】

 駅は右手前。 お土産や並ぶ通りを抜け、右奥の方からシャトルバスに乗り、左奥の方へと進む。

 ガイドからは、「おみやげは、帰りにしてくださいよ」と注意。

 写真中央の川は、ウルバンバ川の支流。



f0066555_11444746.jpg 【遺跡への登り道】

 ガイドからは「まず最初に、全景を見下ろせる所まで登りましょう」と。

 坂道は結構きつく息切れがする。
 遺跡が見下ろせるポイントで、何度かガイドが小休止してくれ、撮影タイムとなる。



f0066555_12223094.jpg 【マチュピチュへのインカ道】

 私たちが登った高台はマチュピチュの裏山ではなく入り口側だったようで、さらに背後には当時のインカ道が山肌に見える。

 ウルバンバから列車ではなく、当時のインカ道を3泊4日ほどをかけてマチュピチュに入るトレッキングコースもある。

 この背後の山の名がマチュピチュ山(3082m)、老いた峰という意味。



f0066555_1233238.jpg 【見張り小屋】

 インカの建物の屋根は石造りでなく、カヤ葺き。
 壁の部分に、屋根を支える柱を通す穴が開いているのが特徴だとか。

 見張り小屋の近くの広場には、儀式などが行われた祭壇らしき遺跡が残っている。



 【見下ろした遺跡の全景】
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 このような秘境に建設された都市、当初は「スペインの侵攻から逃れ、隠れ住んだ?」と推測された。
 現在では、太陽神を信仰していたインカの人々にとって、山の頂にあるこの地は太陽を観測するのに適しており、神々を祭る宗教都市として築かれたとされている。

 この都市が築かれ人々が住んだのは、スペイン人に滅ぼされるまでの、わずか80年だったといわれ、1911年に発見されるまで、400年間も樹木の下に隠れていたという。

 住居の数は200戸、最大で750人が住んだ。 (意外と少ない)


 写真の右奥の山はマチュピチュに対し、ワイナピチュ(若い峰:2720m)と呼ばれ、この山へのトレッキングの人気も高い。
 (1日に何人までとの制限がある。 事故も多いとか)


 高台を降り、遺跡に向かう。

f0066555_13453847.jpg 【遺跡の両側の斜面に作られた段々畑】

 かなりの急斜面に作られている。
 400年もの間、樹木の下に放置されていたわりに崩れていない。
 しっかり作られていたんだなと。

 この反対側の斜面は数段を除き、樹木に覆われている。 「樹木をはらえばきっと段々畑が現れる」とガイドの説明。


f0066555_1411683.jpg 【遺跡への入り口】

 当時のインカ道からはこの入り口から町に入る。

 現在は、これより下の方で、上り口から入る道ができている。


f0066555_1494210.jpg 【入り口の構造の説明】

 (昨日のクスコから同行している)ガイドの指差している入り口左右の窪みは、上部と同じように石が差し込まれ、扉を固定するようになっている。

 簡単に開閉できるドアではなく、しっかりと外敵の侵入を防ぐものだったようだ。


 入り口を抜けると、最初はマチュピチュの居住地区だったか。(記憶があいまい)
 王の住まいだけがトイレ付きだった。 (現在の私たちはみんな・・・)

 広い中央広場を抜け、太陽の神殿へ。

f0066555_14204091.jpg 【太陽の神殿】

 前の【全景写真】の中央下に写っているのが、この太陽の神殿。
 クスコのサント・ドミンゴ教会にも、こんな丸いカーブを持った建物があった。

 神殿には2つの窓があり(他の窪みは壁龕)、正面の東の窓からは冬至の朝に、ぴったり陽が差し込むようになっている。 (南側は夏至の朝)

 南半球だから、夏至・冬至がややこしい。 (過去に「太陽は西からあがるの?」とまで聞いた人がいるとか)


f0066555_14422412.jpg 【インティワタナ(日時計)】

 太陽の神殿から少し離れたところにあるインティワタナ。
 「太陽をつなぎとめるもの」との意味を持つ言葉で、日本語には「日時計」と訳されている。

 実際には時間を測るものではなく、冬至・夏至の日を測っていたという説も。


 太陽の神殿から少し左に行った小高い場所に、主神殿がある。

f0066555_1457852.jpg 【主神殿】

 【全景写真】の左手一段高いところにあるのが、(世界を創造したといわれるビラコチャ神を祭る)主神殿。

 主神殿だとされるのは、他の建造物に比べ数段と精巧な作りになっているから。
 三方が壁で南側が開いている。


f0066555_15483512.jpg 【3つの窓を持つ神殿】

 主神殿のすぐ右側にある神殿。
 実際にはもう少し後になって、神殿の裏側から見上げたもの。

 窓は神殿の東側に大きく開けられていて、シロウト目にも均整が取れ美しく感じられる。



f0066555_1605735.jpg 【コンドルの神殿】

 手前の石が「コンドルの石」、背後の自然の岩に石積みを組み合わせたものが「コンドルの神殿」

 「石」がコンドルの頭部、「神殿」が羽を広げたコンドルの胴体と、2つが一体となっているとの説明が。



f0066555_1684487.jpg 【石切り場】

 太陽の神殿のすぐ近く、別のグループが小休止している背後の、ごつごつした岩が並ぶあたりが「石切り場」といわれる。

 こんなに急峻な斜面なのに「どうやって大きな岩を運びあげたのか?」という疑問に、「元々ここは岩がゴロゴロしていた土地で、そのままそれを利用した」という説が有力だとか。

 その岩で、神殿や住居を築き、段々畑を作るのにも使った。


 遺跡内のその他の施設は


f0066555_1646846.jpg 【石臼】

 実はこの施設にはいろいろな説があり、たとえばここに水を張り、「天体の動きを観測した」との説も。
 (写真の石臼の中が茶色っぽいのは、毎日ここの係員が水を注ぎいれているから)

 インカ文明に思い入れの深いわがガイドさんは、「私は見た目どおりの『石臼』説を支持する」と。

 発見当時のロマンあふれる説が、次々に覆されている謎のマチュピチュ、今後どんな真実が明かされるのか楽しみ。


f0066555_170669.jpg 【水汲み場】

 遺跡内には水路が引かれ、水飲み場・水汲み場もいくつかある。
 水源は当時のものそのままではないとのことだったが、雨の多いマチュピチュでは、水源に苦労は無かったという。

 この時期のペルーは乾季だからと安心してやってきたが、雨に見舞われる危険もあった?


 以上で、ガイドツアーは終わり。
 この後は一度遺跡を降り、昼食。 その後は少しゆっくりしてから、再度遺跡を見学したりの自由行動。
 シャトルバスには各自で乗り、マチュピチュ駅の集合時間だけが指定される。


f0066555_17204491.jpg 【マチュピチュの見納め】

 自由行動は、「遺跡内散策コース」「展望コース」などに分かれたが、私たちは「展望」の方を。

 けっこう日差しが強いので木陰に入り、草の上に横になる。

 「午後からは観光客の数が減り、ゆっくりできる」とのガイドの言葉どおり、チラホラ状態なので、「グタ~」「ダラ~」も恥ずかしくない。


f0066555_17282015.jpg 【駅周辺のおみやげ屋】

 ここはおみやげ屋が並ぶ一番はずれで、写真の右手には何十軒ものお店が。
 露天ではなく、大きな屋根の下に市場のようにお店が並ぶ。

 登りには禁じられていたので、私たちも何組ものツアーメンバーに遭遇する。


 ホテルに帰り着いたのは午後9時過ぎ、自由時間をたっぷりとってもらえたのはありがたいが、も少し早くても良かったのかも。
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by t_ichib | 2013-09-02 22:00 | 今日もまた旅の空
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