馬籠・妻籠
 昨日、馬籠・妻籠に出かけた。
 朝6時半の出発、高速を走り8時半には妻籠着。 車を町営駐車場に預け、ここから馬籠まで、旧中山道を歩く予定。

f0066555_9315730.jpg まだ朝が早いせいか観光客の姿はチラホラ、お土産やさんも開いていない所が多い。
 町並みは馬籠に比べ、より昔の姿をとどめているような気がする。
 写真の奥のほう、江戸に向かう道はなだらかに下り。 馬籠峠を越えてきた旅人は、いっときホッとするだろうが、この先まだまだ急峻な道が続く。

f0066555_9504635.jpg 江戸時代、敵の侵入を防ぐため、宿場の道は直角に2度曲げられており、それを枡形と言うそうだ。
 城下町などで、道が迷路になっているアレと同じなのかと思う。
 現在では生活に不便なためか、斜めにバイパスが設けられているようだ。

f0066555_100433.jpg 歴史資料館に入った。
 脇本陣(林家)は、本陣がイッパイの時の宿泊施設ですが、妻籠ではめったにそういうことはなかったそうで、別に家業(造り酒屋)を持つことが許されていた。
 そしてこの林家は、藤村の「まだあげそめし前髪の…人恋い初めし」でしられる「初恋」の相手、ゆうが馬籠から嫁いだ先でもある。
 妻籠の本陣も馬籠と同じ、島崎家。 藤村の母はここから馬籠の島崎家へ。
 そして、藤村の次兄広助が養子に入っている。 資料館の説明では、妻籠の観光地としての現在には、藤村の功績が大とのこと。

f0066555_10184913.jpg 妻籠から馬籠へは8Km弱、馬籠峠に向け上り道が続く。
 いかにも中山道らしき林の中の石畳の道。 実は帰りに乗ったタクシーの運転手さんの話では、一部は30年ほど前に新しく石畳を敷いたとのこと。
 いたるところに道標があり、歌碑や道祖神があったりで、思いのほか歩きやすい道だった。
 登りきった馬籠峠では、地元養老の「ふるさと探訪」の一行と出会い、「まぁこんな所で…」と奇遇にビックリした。

 馬籠は、私達が着いた時間がお昼過ぎだったこともあり、妻籠よりずっと観光客で賑やかだった。
f0066555_1034185.jpg 宿場全体が坂になっており、落合宿に向かう外れに、妻籠と同様「枡形」が設けられている。
 左側の旧道は正面のお店の前で直角に曲がり、右側にやや緩やかにカーブする坂道が新しくできているのも同じ。

 少し手前にあった藤村記念館にも入る。 2、3年前にも入ったのだが、所々しか記憶に残っていない。
 が、藤村が現在の馬籠・妻籠に残した功績の大きいことを改めて知った。
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by t_ichib | 2006-11-02 11:13 | 今日もまた留守にしています
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