シヨンの虜囚って スイス⑥
 8月25日 →モントルー→ツヴァイジンメン→インターラーケン

 今日は基本的には移動日。 モンブランを取り囲む針のような山々を見上げながら、国境を何事もなく越える。

f0066555_15153073.jpg 1時間半ほどで、シヨン城に。
 シヨン城も「シヨンの虜囚」もまったく知らず、湖畔にたたずむその景観と歴史を楽しんだ。

 レマン湖のほとり、スイスとイタリアを結ぶ(アルプス越え)街道沿いにあり、旅人から通行税を取るかたわら、その安全を確保していた。

f0066555_153075.jpg 中央の女性は、私たちを案内してくれた日本人ガイド。
 最初に案内されたのが、城の地下。 食糧貯蔵庫・船着場の他、地下牢と絞首台がある。

 12世紀にはサヴォワ伯爵の領地となっていたが、16世紀ジュネーブ独立派に加担したとされ、修道院長ポニヴァールは4年間この柱につながれた。 数世紀後、バイロンが詩にしたのが「シヨンの虜囚」。
 幸いなことに、彼はスイス人に解放されるが、それ以前の囚人のほとんどは、2度とそこを出ることはなかったそうだ。

 城の居住部分は、打って変わって豪華なもの。 代々の領主、解放後の代官の華美を極めた居館。
 礼拝堂もあるが、旧領主がカソリックだったのに対し、プロテスタントに支配が変わったため、壁の宗教画などは白く塗りつぶされた…と。

 そこから、バスで10分ほど移動したモントルーで昼食。
 食後はレマン湖のほとりを散歩。 先ほどのシヨン城もこの湖のほとりにあるし、対岸はフランス。

f0066555_16375142.jpg モントルーからはパノラマ特急で、ツヴァイジンメンを目指す。
 スイスではドイツ語が主だが、フランス語など複数の言語が公用語となっている。 ここはフランス語圏。 出発地Montoreuxと目的地Zweisimmenの対比がおもしろい。

 写真ではプラットホームがあるが、改札口はない。 線路脇からヨイショと乗り込む駅さえある。
 車掌が改札に回るのだが、それさえ省略され、パンチ穴の空いてない切符が手元に残ることに。

f0066555_16551313.jpg ツヴァイジンメンからは、再びバスでインターラーケンへ。
 写真は私達が泊った隣の5つ星ホテル。 さすが。

 私達のホテルは変哲もない高層ホテル。 スイスらしからぬとも言えるが。

f0066555_1705849.jpg とはいえ私達の部屋から、明日登るユングフラウが真正面に見える。

 バスが到着した時も、ホテルの前の広場にパラグライダーが連続して舞い降り、私達はビックリ。
 どれにも2人乗っている。 ホテルの裏側の山へロープウェイで上がり、インストラクターがパラグライダーに、観光客を乗せているようだ。
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by t_ichib | 2007-09-02 17:17 | 今日もまた旅の空
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