アジアからヨーロッパ、そして再びアジアへ
 昨夜、ホテルに着いたのは夜の11時近く。
 深夜のイスタンブールの街をバスで走りながら、「わー、信号がある」「黄色いタクシーがピカピカの新車みたい」と、失礼なことに感激した。

f0066555_9431478.jpg 早朝、ホテルから金角湾を含め街の眺めを撮る。
 ヨーロッパ風ながら、いくつものモスクが見える。 やはりここはイスラムの国。

 国民の敬愛を集めるトルコ共和国初代大統領アタチュルクは、いくつもの改革を成し遂げた。
 ・イスラム暦から西洋暦への変更
 ・男性のトルコ帽の禁止
 ・1000年使われきたアラビア文字からアルファベットに変更
など、法律・教育・女性の地位向上・経済など多岐にわたる。

 そのアタチュルクの遺した教えにより、トルコは日本に対して大きな好感を持っている。
 日本が100年以上も前、オスマントルコの軍艦が遭難したのを救出し、トルコまで送り届けたことを忘れていない。
 イラン・イラク戦争の時、取り残された日本人をトルコの航空機で救出し、十分すぎるほどの恩返しを受けているのに、トルコに行くまでそうしたことを知らずにいた。


f0066555_10202011.jpg そうしたアタチュルクの教えも、今は揺れている。
 「学校などでの女性のスカーフの禁止」に対して「自由にして」という動きが。

 移動中のバスの窓から見たこの光景も、政府に対する抗議集会だという。



f0066555_10572725.jpg トルコ最初の観光はトプカピ宮殿。

 オスマントルコの時代の兵器や宮殿の厨房などもあるが、何と言っても歴代の王の豪華な玉座やエメラルド・ダイヤなどの装身具。
 全て撮影可だったのにあっけに取られて、気がつくとそうした財宝は1枚も取ってなかった。
 私たちにとって、目の毒とでもいうか…



f0066555_10302296.jpg トルコは国土の3%がヨーロッパ、残り97%はアジアだという。
 バスは今、そのヨーロッパを走る。

 一面のヒマワリ畑。
 ヒマワリ油も取るが、種も食用として好まれている。
 そのCMに日本の風景が使われており、「日本人の主食はヒマワリの種?」という誤解もあるそうだ。


f0066555_105523100.jpg ダータネルス海峡をフェリーで渡り、再びアジアへ。

 対岸に見える町はマグロを輸出、寿司ネタに使われるなど日本と関係が深い。
 後で知ったのだが、このフェリーは予定のより1時間遅れ。 ホテルに着くのが遅くなり、「あー、疲れた」となった。


f0066555_11213916.jpg そのホテルに着く前にもう1ヶ所、トロイ遺跡に。

 「トロイ戦争」とかで有名な割りに、何も残っていない。
 ただし、遺跡の向うに見える農地は、昔は海が迫り入り江となっていた。
 海路の要衝となっており、地震の多いトルコでは何度も崩れ、同じ場所に9度に渡り町が築かれた。
 高台にあり攻められにくく、水・食料にも恵まれ、立地条件が良かった。

f0066555_1131957.jpg 強風が吹けば避難のため停泊し、風が吹かなければ入り江に停泊する。
 こうした船から税金を取って、トロイは繁栄した。

 観光客の「ガッカリ」を緩和するためか、広場には神話にある「トロイの木馬」が作られていた。

 【チャナッカレ泊】
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by t_ichib | 2008-07-03 09:38 | 今日もまた旅の空
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