ブリ街道って知っていますか?
 コンヤを出発、シルクロードをカッパドキアへ向う。
 シルクロードはトルコに入り、大きく4つに分かれる。 地理に疎いのだけど、黒海へ、エーゲ海へ、ペルシャへなどか。

 コンヤを離れるに従い、樹木が1本もない広大な地が広がる。
 小麦、砂糖大根、とうもろこしなどが栽培されている。 昨日見たような地下水の汲み上げがなければ、とても育たないように思える。
 貧しげなテントを所々に目にする。 「季節労働者たち」だそうだ。

f0066555_911306.jpg シルクロード沿いにいくつもあった隊商宿(キャラバンサライ)に立ち寄る。

 左手は一つ一つ区切られた個室、奥は大きな1つの部屋(ラクダ用)。
 右手のスペースはお店。 中央の建物は礼拝所。

 宿泊を提供するだけでなく、兵を雇い盗賊から隊商を守った。 さらに、宿泊は3泊までは無料だった。
 先ほどのお店の収益・交易の仲介などで、それらを賄えたんだろうか。


 シルクロードのおかげで、トルコ産でないのにトルコの名前が付いたものがいくつかある。
  ・トルコ石     当時はイラン、現在はアフガニスタン
  ・トルココーヒー イエメン
  ・七面鳥      ターキーという名が。 原産地は聞き漏らした。
 昔、富山湾で取れたブリが、岐阜県の飛騨地方を通って長野県まで運ばれ、飛騨ブリと呼ばれていたのと同じ。 その道筋をブリ街道とも言う。


f0066555_9554230.jpg 長い道筋をこうした話を聞きながら(あるいは昼寝タイム)、いよいよカッパドキア。

 最初の案内は「絶好の撮影ポイント」、三姉妹の谷。
 知らないというのは恐ろしいもので、「有名なキノコのような岩は3本きり…」などと書いて、娘と息子にメールした。
 すぐに訂正できる相手で良かった。


f0066555_10204270.jpg 昼食は「洞窟レストラン」
 レストランは表から見ると普通のお店、中に入ると確かに洞窟。

 代りにその向かいの住居だったらしき洞窟の写真を。
 侵食が進んできたため、そこに住んでいた人たちは、その前に普通の家を建て移り住んでいる。

 何年か前、侵食の進んだレストランが崩壊する事故があった。 幸い夜だったから死者は2名だけだったそうだが。


f0066555_10535857.jpg カイマクル地下都市
 当初はローマ帝国からの迫害を受けたキリスト教徒たちが、(ローマの改宗後も)アラブ人の襲撃から逃れるため、隠れ住んだ。

 私達が見学したのは地下4階まで。 地下8階くらいあるそうで、1万~2万の人が住んでいた。

 【カッパドキア泊】
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by t_ichib | 2008-07-06 08:51 | 今日もまた旅の空
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