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4月の陽気
 暖か~い。 夕方のお天気キャスターによれば、しばらく「4月なみの陽気」が続くそうだ。
 で、久しぶりにオニギリとお茶、お菓子を持って出かけることに。 お弁当持参でのお出かけは去年の秋以来。

 出かけたのは、お隣の三重県員弁市の農業公園。
 3月8日~30日まで「梅まつり」が開催されており、そのホームページでも「見頃を迎えました」との案内が。

f0066555_1327725.jpg ここにはじめて来たのは2年前。 通りすがりの看板を見て立ち寄った。
 市とはいっても、町村合併で新しくできた市で、山の中の広々とした公園。

 昨年来た時はまだ土木機械が入り、新しい梅の木を追加していた。
 今年は、ようやく公園として完成したよう。 後は年毎に若い木が成長し、賑やかになっていくことだろう。

 この高台にあるあずま屋で小休止していたところ、「昨日は人がいっぱいで賑やかでしたよ」と声を掛けられた。 (昨日はお休みで、しかも暖かかった。)
 近くにお住まいの私たちよりは少し年配の女性で、毎日このあたりを散歩されておられるとのこと。

 この近くには梅の木だけでなく、桜をはじめ色々な花の咲く樹木がある。 きっと季節季節の花を楽しみながらの散歩をされているのだろう。

f0066555_13515113.jpg 高台の反対側には観賞用の梅でなく、この写真のような実を収穫する梅畑がある。

 先ほどの女性の話では、梅の取れる季節には一般の人にも販売する。
 ただ、収穫した梅を袋詰めにして売るのではなく、直接梅畑に入らせて自分で収穫する。
 りんご狩り、なし狩りなどはポピュラーだが、その場で食べられる果物ではないだけに、(余分な人件費節約の)素晴らしい発想に思えたのだが…

f0066555_1442935.jpg この2~3年の間に整備された梅林なので、若い木が多いのだが、メインの通りに面して古木も植えられている。

 若い木に比べて花のつき方が少ないのだが、それ以上の趣きがあるように思える。
 今はまだ若い木が、年毎に良い枝ぶりになっていくのも、また楽しみ。
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by t_ichib | 2008-03-17 21:22 | 今日もまた留守にしています
ちょっと散々でした
 久しぶりにぽかぽかの暖かい陽射しに誘われて、岐阜百年公園に。 このところ、すっかり冬ごもり状態。 反省の思い出のお出かけです。

f0066555_16254970.jpg 公園に着くと、チッチッと騒がしいくらいの小鳥達のお出迎え。
 少しいい気分で歩き始めることができた。

 数日前、地元ニュースで「マンサクの花が咲いている」と知り出かけてきた。
 公園に駐車場の係員に咲いている場所を聞くと、「ああ、テレビで見てきたの?」と地図に印をつけて教えてくれる。

f0066555_16342269.jpg 百年公園の観賞池に来るたび、ここの鯉たちにパンの耳を投げ与えている。

 この池の写真をよくみて下さい。 なんと氷が張っていた。 その氷の下を鯉が泳いでいる。
 私の後方で、池の氷を足で割って餌をやろうとしていた妻が、バランスを崩してずるずると池に落ちてしまった。

 氷が張るほどの冷たい池、「すぐ帰ろうか?」と言ったが、せっかくここまで来たんだから、マンサクの花を見てからと、ぬれたズボンのすそを絞ってもう少し先まで。

f0066555_1656716.jpg テレビで紹介され来る人が増えたせいか、近くまで来ると案内板が出ていた。
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 テレビで紹介されていたのも、駐車場の係員が「こんな花ですよ」と見せてくれた写真も、左のような黄色い花だったが、右のような赤い花も咲いていた。

 マンサクを見た帰り道、観賞池のそばを通る。
 先ほどは、(妻が)冷たい思いをしてまで与えた餌を、寒さのせいかいつものようには食いつきが悪かった。
 その鯉たちの食べ残し、池に浮かんだパンをカラスとトビが争って食べていた。
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by t_ichib | 2008-02-08 20:13 | 今日もまた留守にしています
今頃、紅葉なんて
 今年はどういうわけか、北海道や九州、屋久島などで紅葉を見て来たが、地元での紅葉を見に行ってなかった。
 九州に出かける前に一度出かけてみたのだが、その時は紅葉にはまだ早かった。

 ちょっとした外出のたび、ようやく近くの山々も紅葉していることに気がつき、暖かそうな日を選び近くの養老公園に。
 養老公園は岐阜県内では、(もしかすると近くの他県でも)桜や紅葉の名所として知られている。 が、最近ではシーズンというのに、戸を締め切ったお店を見るなど、そのさびれ具合に少し寂しい気もする。

f0066555_933143.jpg とはいえ、この日は駐車場には観光バスが何台もとまり、他県ナンバーの乗用車も多い。

 そのどちらかできた数名のグループの1人が、「紅葉はこのあたりまでで、高いところにはない」と、話しながら歩いていく。
 ここまでやってきたのに、滝までの坂道を登るのが、よほどイヤなのだろうか。
 見渡してみると、山の中腹まで全体が紅葉しているように見えるのだが。

f0066555_9451641.jpg 私たちも、この日は滝まで昇らなかったのだから、他人を笑えない。
 それでも、いつもの道とはちがう少し回り道を選ぶ。

 おかげで、普段だと気がつかないところにお寺を見つけた。 妙見堂とある。
 その参道から見下ろした紅葉がイイ感じだった。

 それにしても、今頃紅葉を見に来るなんて。
 例年だと今頃は、「初雪がチラホラ…」などと記録している頃なのに。
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by t_ichib | 2007-12-01 20:08 | 今日もまた留守にしています
松尾ヶ池
f0066555_1063099.jpg 地元テレビの映像コーナーで紹介されていた松尾ヶ池に出かけてみた。

 場所は例によってインターネットで検索。 行き着いたのはうれしいことに、「岐阜市観光案内」
 退職後、一時通った東海能開大で一緒だった女性が岐阜市役所に就職し、手がけたのがこのホームページ。
 岐阜市内からそんなに離れていないところに、静かな落ち着いたたたずまいの池。 紅葉にはまだ少し早い。

f0066555_10355991.jpg ここにやってきたのは、実はこのオシドリが目的。
 映像コーナーでの紹介では、池に潜ってドングリを食べるんだそうだ。

 地元の写真愛好家らしき2人の男性が、拾ってきたドングリを池に撒いている。
 オシドリだけでなく、カモまでが本当に潜って、ドングリを飲み込む。

 もう一つ興味深かったのが、カワセミ。
 元からいた1羽と後から来た1羽で、縄張り争いの最中だとか。 餌を求めて美しい青い羽根が水面をかすめる。 するともう1羽が妨害する。
 動きが早すぎて、カメラに収めることができなかったが、この決着はどうなるんだろうか。

f0066555_10525574.jpg 松尾ヶ池は百百(どど)ヶ峰へのハイキングコースの出発点になっていた。

 先日から続けている足慣らしため少し歩いてみた。 下調べも何もしてこなかったので、3~40分登ったところで引き返したが…
 写真はコース途中にあった「岩舟渓谷・萩の滝」。

 帰ってから調べてみると、なんと百百ヶ峰は岐阜を代表する山金華山よりも高く、市内を一望できるそうだ。
 機会があれば、もう少し紅葉が深まった時期に登ってみようか。
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by t_ichib | 2007-11-09 20:02 | 今日もまた留守にしています
伊那路② でも木曽路も
 伊那路の旅から帰った翌朝、寝ぼけ眼で携帯を探す。 いつものように別の携帯から、私の携帯を呼び出す。 トイレからも洗面所からも着信音が聞こえない。 …と、「もしもし」と聞きなれない女性の声が?? えーっ、あの道の駅で忘れてきたぁ!

 【伊那路】

 すぐにも取りに行かねばならないが、遠い長野。 預かっていただいている道の駅の人には申し訳ないが、せっかく出かけるなら天気のいい日にと、今日になって出かけることに。
 まず、御礼を言って携帯を受け取る。

f0066555_9184197.jpg ここまで、やってきてこれで帰るわけには行かない。
 前回、目を奪われ続けたリンゴの果樹園。 車を止め、写真を撮る。

 気がかりは、通り過ぎる車のドライバーたちからの目。
 「李下に冠を正さず」、「果樹園で車を停めず」

f0066555_9285229.jpg 道の駅で頂いた長野観光ガイド、近くの観光名所を探す。
 箕輪ダム。 別名が「もみじ湖」とある。 ならば、行かなくては。

 15年前に完成した伊那谷の上水道用のダム。
 1万本ものもみじが植えられているそうだが、紅葉には少し早く、行き違う車も少なかった。


 【木曽路】

f0066555_9424156.jpg そこから権兵衛トンネルを越え、木曽路・奈良井宿へ。

 道の駅で車を停めると、すぐ目の前に大きな「木曽の大橋」が。

 総ヒノキ造りという豪華さ、橋脚の無い橋として日本一ということのほかに、橋の裏側の木組みにも目をひかれる。

f0066555_952736.jpg 木曽路の宿場では最も栄華を誇った奈良井宿の街並み。
 たまたま入った食堂の主人が、「1.1kmあります」と誇らしげに教えてくれる。

 現在は商売をしてなさそうな民家も、街並みに調和の取れたたたずまい。
 そして、そうした家々にも通常の表札以外に、「○○屋」という昔の屋号が。

f0066555_10123134.jpg 宿場の南のはずれ。 右側は、高札場。

 そして左側には、馬籠・妻籠では気がつかなかったもの。 鳥居峠を越えてきた旅人が喉をうるおした水場。

 沢の水を引いてきたものだろう。 宿場の地図で確認すると、6箇所もある。 そして現在もよく管理されている。

f0066555_10263572.jpg 奈良井の「鍵の手」、馬籠などでは「枡形」と言われるものと同じらしい。

 たしか、西国大名などが馬で江戸に攻め入らないように設けられたと、何かで読んだ。
 時代劇などでは、「鍵の辻」という名前も聞くこともある。

f0066555_10475931.jpg やはり、この宿場で始めて見た「猿頭」と呼ばれる庇を支える桟。

 盗人が2階から忍び込もうとすると、庇板が抜け落ちてしまう。
 防犯用の知恵らしい、思わずナットク。
 この支えの桟が、猿の頭に見えるってことか。

f0066555_1056172.jpg 長野には道祖神が多いとよく聞く。
 奈良井宿には、その道祖神や庚申塚を集めた場所があった。

 これはそれとは別で、実に立派な庚申塚。
 60日後との「庚申待ち」を3年関した人たちが、こうした塚を建てたとか。

 道祖神にしろ、庚申塚、あるいは「南無阿弥陀仏」と彫られた塚など。
 当時の信仰にこめられた旅の困難さを、少し分かるような気がする。
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by t_ichib | 2007-10-21 20:02 | 今日もまた留守にしています
伊那の旅 ①
 「あれっ、携帯どこへやったっけ」と、捜し回ることが多い。 そんな時便利なのが、別の携帯から呼び出すこと。 寝室で、シャツのポケットで、車の中などから呼び出し音が聞こえる。
 いつも思うことは、メガネ、車のキーなど、同じようにボタンを押せば、所在が分かるようになれば、便利だろうな…と。


 近くの紅葉が楽しめるのには、まだまだ1ヶ月ほど早い。 それじゃあと、駒ケ岳まで出かけることに。
 駒ヶ根インターで中央高速を降り、黒川平まで。 ここから先はマイカーの乗り入れ禁止。 バスに乗り換え、しらび平のロープウェー乗り場へ。

f0066555_20582766.jpg 2,600mの千畳敷駅まで、950mの高度差をわずか7分で登る。

 駅周辺の散策コース剣ヶ池へは、なんと一度急な勾配の坂を下らなければならない。
 そして散策コースの沿って、ロープウェー駅と同じ高さに戻るには、かなり息が切れる。
 期待の紅葉は、上がってきたロープウェーの中腹あたり。 駅周辺は元々森林限界で樹木も少ない。

f0066555_2128976.jpg ロープウェーを降りたのは、山登りが目的と分かる服装の人、バスツアーで来た軽装の人。
 私達はその中間というか、中途半端な服装。

 軽装の人たちが来ない八丁坂あたりまで登るのには、もう少し暖かな服装と手袋が必要と思う。
 先ほど降りたロープウェー駅が小さく見える。

f0066555_21574460.jpg 私達はどうあっても、駒ケ岳や中岳に登るという目的も無ければ、覚悟も無い。
 ただ、せっかく持ってきたお弁当を少しでも美味しい場所で食べたいと登ってきた。

 やっと宝剣山荘の近くまで来た。
 駒ヶ岳へ、宝剣、中岳への道しるべ。
 チョット負け惜しみだが、この先は今まで登ってきたより、いくぶんなだらかな道が続いているように見える。

 この写真を撮った直後、この付近には雪がちらつき始める。 それを口実にロープウェー駅まで下り始める。
 その後から、ガスというか濃い霧が追いかけてくる。

 駒ヶ根まで戻ると、山の天気とは違って快晴。 まだまだ時間も余っている。
 一度来たことがあるが、「早太郎伝説」の光前寺や妻籠宿を経て、中津川から中央高速で帰ることに。

 その途中で、真っ赤に色づいたリンゴの果樹園などを楽しみながら走る。
 で、そのリンゴを買いたさに道の駅に立ち寄ったのが、間違いだったとは。
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by t_ichib | 2007-10-18 19:58 | 今日もまた留守にしています
北海道1 釧路~襟裳岬
 今回出かけたのは、ようやく航空会社のマイルがたまったのがきっかけ。
 往復のチケットを取り、友人たちと旅行に出かけている妻の帰りを待つ。 コースについて二人で考える。 というか、実際には9割方妻におんぶ。

f0066555_19591285.jpg 今回は、今まで行ってない襟裳岬に是非とも行きたいと。
 写真中央に小さく白い灯台が写っているのが見えるだろうか。

 釧路空港に着き、レンタカーを借り、少し釧路市内で遊んだので、襟裳に着いたのは暗くなってから。

f0066555_206187.jpg だから本当は翌朝撮った写真。
 岬の沖の岩の間を望遠鏡で覗くと、ゼニガタアザラシの群れが寝そべっている。
 肉眼でははっきり見えない。 デジカメでも良く見えないのが残念。

 本当のことを言うと、森真一さんの歌にあるように「何もない」って印象。 そして、閉口するくらい風が強い。

 今回の旅は、こんな風に始まった。
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by t_ichib | 2007-10-05 19:26 | 今日もまた留守にしています
彼岸花
 今年は彼岸花の咲くのが遅かった。 9月の異常なくらいの暑さが原因だったのか。
 月末になってようやく、家の近くの田んぼの畦道にも真っ赤な花が咲き始めた。 ならばと近くの群生地、津屋川まで出かけた。

f0066555_853397.jpg 今年、津屋川の護岸工事がおこなわれており、少し心配もしたが彼岸花の球根は大事に守られていたようだ。

 出かける時、すでに低く雲に覆われていたが、津屋川の堤を歩き始めた頃には霧のような雨が少し降り始めていた。

 この雨と平日のため、ここを訪れる人は少なかったのだが、雨でぬかるんだ駐車場には他県ナンバーの車が多かった。 地元でも、ここを知っている人は少ないと思われるのに。

 立派なカメラを携えた一群から、「広島の人が…」という声が聞こえてきた。
 ここだけが目的で来たのではないだろうが、そんな遠くの人がここを知っていることへの驚き。

f0066555_9281440.jpg そんなカメラマンへのサービスなのか、地元の人が船を漕ぎ出す。
 時々網を投げ入れる。 あまり漁獲はなさそう。

 少しはなれた所にアオサギがいて、水面を滑るように鴨が飛ぶ。
 こちらの方は少なくとも、生きていくだけの餌は取っているようだ。
 そういえば、今日はカイツブリを見なかったなぁ。
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by t_ichib | 2007-10-02 09:43 | 今日もまた留守にしています
希望をいえるなら、バイオ燃料に
 例年見に行っている、大垣市の休耕田を利用した「ヒマワリ畑」
f0066555_12101397.jpg
 先だって、NHKの地元のニュース映像で紹介されたばかり。 35万本のヒマワリだそうだ。
 これ以上となると、どこかで40万本のヒマワリで巨大な迷路が作られているそうだが、背の高いヒマワリなら、たしかに子供だけでなく大人にとっても迷路を楽しめそう。

 写真の奥の建物の左手は、美濃の国分寺跡として整備されている。 ヒマワリの向きから、その国分寺跡から東側だと分かると思う。
 その国分寺の南側にも、ヒマワリ畑は広がっており、ここ数年見てきたどのヒマワリ畑に比べても、数倍の広さ。

f0066555_12214582.jpg 先ほどの40万本の方は、ヒマワリオイルがを採ることになっているそうだが、多分こちらの35万本もそんな予定が有ることだろうと、貧乏人の感想。

 それにしても暑い。
 …が、7月始めの長雨がなければもっとすごかったのか。
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by t_ichib | 2007-08-10 12:31 | 今日もまた留守にしています
近江八幡水郷めぐり
 時々近くを通りかかるのに、一度も行った事のない水郷。 チラシを見てバスツアーに申し込んでみたが、(参加者が少なく)中止になった。
 ならば、そう遠くもないし直接出かけてみるか…と。

 国道8号線は混むかもしれないと、信号の少ない「さざなみ街道」で。 途中、彦根でちょっとしたオドロキ。 毎年恒例の「鳥人間コンテスト」が開催されていた。
 幸い、早い時間だったので渋滞に巻き込まれずにすんだ。
 今年から「タイムトライアル部門」と「ディスタンス部門」に分かれたので、息子の大学は明日の出場のはず。 昨年は散々の成績だったのに、分かれたおかげで今年もシード校。
 昨年からすでにOBなのだが、今晩辺りから応援に駆けつけるはず。 もしかすると、すでにどこかに。

f0066555_12524563.jpg 30分ほどの余裕を持って、10時からの乗合船に乗る。
 上天気ですでに30℃はあると思われるが、アシの間から吹きぬける風は実に爽快。

 アシの向うは水田。 耕地整理される前は道が無く、農作業するにもこうした船で乗りつけたそうだ。
 このアシは秋には刈り取られ、6尺、8尺と仕分けされ利用される。 屋根を葺くことは少なくなったそうだが。

f0066555_1372470.jpg 水郷めぐりから帰って来る船とすれ違う。
 観光船は4社ほどあるが、いずれも乗合船は10時以降の出発。
 ということは、この船は貸しきり船。 私達が1時間の乗船を終えて、船着場に戻った頃、大阪方面の観光バスが2台も停まっていた。
 水郷のベストシーズンは春と秋だそうだが、この時期も涼しくて人気なのかも。

f0066555_13141447.jpg 近江八幡は名高い「近江商人」の町。

 伴家もそうした豪商の1人。 残された建物は一時、小学校→役場→図書館として、現在は私立資料館として利用されている。


f0066555_13344015.jpg 近江八幡の発展は、豊臣秀次によるところが大きいと言われる。
 一度は関白にまでなったが、秀吉に実子秀頼が生まれると切腹に追い込まれ、八幡山城主としてはわずか5年。
 信長同様「楽市楽座」の政策と、この八幡堀と呼ばれる運河を築き、琵琶湖の海運の要として、近江八幡の反映をもたらした。

 帰り道、その信長の安土城跡に登る。 その石段と、猛暑に音を上げる。
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by t_ichib | 2007-07-29 13:48 | 今日もまた留守にしています