<   2007年 09月 ( 9 )   > この月の画像一覧
じゃんけん大会?
 なんとなく、ブログの更新から遠のいてしまっていて。
 妻は無事、旅行から帰ってきた、何日も前に。 形のあるお土産はなしだが、300枚ほどの写真と、その1枚1枚にふくまれるたくさんの土産話を持ち帰った。

 現地で一緒になったのは、全部で9人。 1組(男女)をのぞき、残った7人は全員女性。(正しくはオバサン)
 ツアー旅行にもおばさんパワーの凄さがうかがえる。 一方、しばらく前に言ったスイス旅行では、ご夫婦がほとんどだった。
 日数も長く、費用もかさむ旅行には、「ダンナに申し訳ない」という日本女性の奥ゆかしさ、やさしさが働くのか。

 格安旅行のさだめか、現地ガイドに1日1度はみやげ物屋に案内される。 たどたどしいが場数を踏んだ日本語で、店員に執拗に付きまとわれる。
 一緒に行った2人から妻は交渉役を頼まれる。
     友人 「○○ちゃん(妻の名)、アレが買いたいの」
     店員 「400バーツ(1,500円くらい?)です」
      妻 「だめ、200バーツでなきゃ、買わない」
     店員 「そんな…、300バーツで精一杯です」
     友人(小さな声で) 「もういいよ、私それで買うから」 ・・・買いたくてたまらない
      妻 「じゃぁ、2つ買うから250バーツにしなさい」
と、友人には感謝されたが、実際には店員さんに「しめた!」と思われているかもしれない。
 私自身、台湾やカンボジアで値切るどころか、迷っているそぶりを見せているだけで、最初の値段から半分以下になった経験があるから。

 というわけで妻はスッカリ頼りにされ、旅行から帰って来た今も、「わたし、旅行積み立て始めたの。また一緒に行こうね」と電話がかかる。

f0066555_16134279.jpg 私が行ったわけではないので、妻が撮ったたくさんの写真の中から1枚だけ。
 アユタヤのバンパイン宮殿。

 現在でも、国王が開くレセプションなどの会場として使われ、その時は入場できないそうです。

 妻の留守の23日には、私は地元の町民運動会に参加していた。 こんな機会でもなければ会えない友人たちも多く、おかげで1年分の情報を仕入れてきた。
 本人たちだけではなく、「息子が…」、「孫が…」と情報量も多いし。

 私の出場したのは綱引き。 会場の小学校のグランドは重大な欠陥がある。 それは、東西に微妙な傾斜があること。(前日が土砂降りでも、翌日には乾いてしまう優れた面も多いが)
 実力に大差が無い限り、1対1の引き分け(場所を替えるので)になる。 で、じゃんけん。
 今年は、すべての試合がじゃんけん勝負。 「来年から、名前を変えたら…(じゃんけん大会に)」という意見も。
[PR]
by t_ichib | 2007-09-28 16:48
るすばん
 昨日のブログにも書いたが、この2日間は遠くには行けない。
 が、暑さに耐えかね、近くの図書館へ。 もちろん携帯は片時も離さず。
 暑いはずだ、途中の陸橋の温度表示は34℃だった。 昼食に戻った今、室内も32℃なんだから。

f0066555_15263661.jpg その図書館の近くに、「りんごっこ通り」と言うのがある。
 大垣市内の通りは、ずらっとハナミズキが並んでいたり、他の木だったりするが、この南北の通りはリンゴが植えられている。

 昨年の今頃には、真っ赤に色づいたリンゴの実が鈴なりになっていたが。

f0066555_15232592.jpg 今年はこんなありさま。
 実は通りの9割がたの木には1個もついていない。

 その残りの1割も少し見上げれば、数が少ないのがすぐ分かる。
 1本の木に5個とか。 10個以上なっているものは無かった。
 街路樹として、業者さんが手入れをしているのだろうが、(専門のリンゴ農家ではないからか)たくさんなった年の次は不作なのか。

 で、わずか3年目のわが家のリンゴが、(1本は風で全部落ちたとはいえ)まだ20個以上もなっていることに、気をよくする。
 来年には、見るも無残なことになるかも知れないが。

 実は、もう1~2個、味見をしている。 小ぶりだが、サクッとしたいい味。 わが家のリンゴだからそう思うのかも。
 次に春音に会うときには、中でも大きい見た目のいいのを、2~3個持っていくことにしよう。
[PR]
by t_ichib | 2007-09-21 15:54
初めての「おるすばん」
 …ってわけでもないが。
 今年になっても、北京・オーストラリア・スイスと、どこへ行くにも一緒だった女房殿が、友人2人と「バンコク・アユタヤ5日間」の旅へと出発した。
 一緒に行くのは、しばらく前に私が入院した(たかが胆石)時の外科の婦長さんと手術室の婦長さん。 なんと…

 妻もその半年前まで同じ市民病院の婦長をしており、おかげで個室を確保してもらえるなど、お世話になった。
 と言う訳で、一緒にいくお二人の顔を思い浮かべることができる。

 タイといえば、アユタヤを中心とした世界遺産、水上マーケット、マッサージ、そしてオカマショーまで。 土産話とたくさんの写真を楽しみに待つことにする。

 私自身はその5日間、地元の行事が1回あるっきりで、その他はまったくフリー。
 いやいや、そんなことはない。 大事な用が… 孫の春音の急病に備えること。

 実は、先日のスイス旅行の時も、春音が発熱して両親が会社を休まざるを得なくなった。 私達が身近にいない時、「今病気になったら困る」という娘の気持ちが微妙に伝わるのか、そういう時に限ってよく熱を出す。
 で、妻からは「どこにいても、携帯を手離さないこと」と厳命。

 まぁ今日明日は、何時でも携帯に対応できる近さにいて、土曜日には日帰りの旅行でも…
[PR]
by t_ichib | 2007-09-20 08:58
兄弟達と、恒例の
 恒例の妻の兄弟たちとの旅行は、いつも朝が早い。 前日の夜から妻の姉の家に泊めてもらって、朝6時の出発。
 旅行の段取りは、妻の妹が宿の手配から色々な予約(観光イカダ、お寺での精進料理)まで、そしてほとんど狂いの無かったスケジュールまで。
 観光名所から名物のお土産まで、下調べも完璧。 だから朝早いのも苦情を言ってはいられない。

 時間に遅れることが大嫌いな義姉に急かされて、5時半には家を出てレンタカーに乗る。
 前回の旅行も8人乗りのワゴン車だったが、(今回9名なので)10人ののりのワゴン。 でっか~い。 普通車の免許で乗れるそうなのだが、慣れない私にはトラックを運転しているような気分。
 が、乗っている人を不安に陥らせないよう、務めて平静に…

 携帯で連絡を入れながら、次々に義兄・義妹の家族を拾い、東名・伊勢湾岸・東名阪・伊勢の高速道路を経て、国道42号で尾鷲、さらに北山村へ。

 熊野川の支流、北山川に沿って二つ和歌山県の飛び地がある。 下流の熊野川町は新宮市と合併したが、北山村は今のところどことも合併していない。
 林業を生活の手段としていた北山村は、熊野川下流の新宮市とは密接な関係があり、明治の廃藩置県の時和歌山県に入ることを望んだ。

f0066555_22525372.jpg 以前は交通が不便で、「陸の孤島」と呼ばれるほどだったが、今では大阪・名古屋からのアクセスも容易となり、私たちもこうした観光筏下りに出かけられるようになった。

 7、8月は毎日だが、6、9月は土日のみ、予約が必要。
 写真は緩やかなところだが、何ヶ所も激流があり、そこでは左右の青い手摺につかまって身体を支える。
 最初、6,000円という乗船料は高いと思ったが、この2日間で最も楽しめた体験だった。

 そこからは細くてカーブが連続する山道、運転は義妹のダンナに代ってもらう。 彼はつい先日までタクシードライバーをしていたプロ。 私も、そして皆もほっと安心。
 そしてようやくその日の宿、十津川温泉のホテルへ。

f0066555_2320594.jpg 翌日は同じような山道を、谷瀬の吊り橋・高野山を巡る。
 この吊橋は、長さ297m、高さ54m。

 口では「平気!」と言っていたのに、足がすくんで皆からず~っと遅れた姪の娘が見えるでしょうか。 分からなければクリックで、大きな画像に。
 この橋は生活道路で、観光用ではないので、通行料とかは取られません。 地元住民だけはバイクでの通行も可。

 高野山では、予約しておいた精進料理を美味しくいただいた後、荘厳なお寺を拝観。
 無事豊橋に帰りついたのは夜9時半。 疲れてその夜はグッスリ眠れました。
[PR]
by t_ichib | 2007-09-10 23:39 | 今日もまた旅の空
オメガやロレックスではなく スイス⑧
 8月27日 ルツェルン市内散策→チューリッヒ空港→名古屋

 スイス旅行最終日(9日目は飛行機の中)、13名がオプションの観光、私たちを含む18名が自由行動。
 宿泊した湖のほとりのホテルに荷物を預け、旧市街に向けゆっくり歩く。

f0066555_192634100.jpg ルツェルンは昔、首都だったこともあり、今まで通ってきた町々に比べ、立派で歴史を感じさせる建物が多い。

 なかでも、美しい外観の教会が目立つ。
 湖に沿ってに歩いてきた私達が、最初に目にした均整の取れた教会。
 2本の尖塔が特徴的な、ホーフ教会。

 この教会を過ぎると、旧市街。
 湖沿いの道は、恐いくらいに車が走っていたのに、1台の車もなく、旧市街は歩きやすい。

f0066555_19283486.jpg 今でこそ、観光立国となったスイスだが、貧しかった中世には傭兵となり、外貨を稼いでいた。
 フランス革命の際、ルイ16世を守って戦死したスイス兵を悼む「ライオン記念碑」。

 腹に刺さり折れた槍、その悲痛な表情。 ライオンとしたのは、その悲劇を悼むと同時に、勇敢さを讃えたものなのか。

f0066555_19513640.jpg このカペル橋と上のライオンは、ルツェルンでも最も有名な名所。
 屋根つきの木の橋で、1333年建造。 一度火災にあっており、少し焼け焦げた絵も掲げられていた。
 不思議なことに、この橋は直角ではなく川に対し斜めに架けられていた。

f0066555_2095124.jpg 橋を渡って対岸に渡り、「水の塔」を写す。
 この塔は橋ができる前からあり、その目的は囚人を幽閉する牢獄、周りが水では脱出不能だろう。
 ここで、外国人(?)観光客からにこやかに身振りをまじえ、「撮りましょうか?」と声をかけられた。
 恐ろしさと暖かさを味わった場所だった。

f0066555_20351676.jpg 湖から流れ出すロイス川の右岸には、ルネッサンス期に作られた旧穀物倉庫、現在は市庁舎。
 掲げられているのは、スイス国旗と州の旗。

 この少し下流には、もう一つの屋根つき橋がある。 同じように斜めに架けられ、同じように中ほどで折れ曲がっている。

f0066555_20455146.jpg ロイス川を挟んで、ハス向かいにあるイエズス教会。
 川と教会の間には広場があり、(本来の旧市街はロイス川の向うだが)この辺りまでは、車の乗り入れもなく、ノンビリと歩ける。

f0066555_2115749.jpg

 教会の内部、特に天井画は華やかだ。

 旧市街はそう広くもなく、思わぬところに噴水のある広場があったりして、何度も橋を渡る。

f0066555_2174929.jpg 旧市街には歴史の古い建物なのか、商店・小さなホテル(と思われる)などに、興味深い壁画が描かれている。

 広場、壁画、時計塔… 旧市街を歩き回っての、発見の楽しみでもある。

f0066555_21171832.jpg ホテルのフロントで受け取った市内地図の隅っこにあった、Gutsch城。

 専用のケーブルカー(3フラン)で上がってみる。
 実際はホテルのようだったが、そこからの展望は素晴らしかった。

f0066555_21241138.jpg 右のルツェルン湖から、ロイス川が左に流れる。
 少し左に白く棒状に見えるもの。 ムーゼック城壁の一部で、白く見えるのはその部分の修復がおこなわれているため。

 城壁はもう少し先まで連なっており、いくつかの塔が並ぶ。

f0066555_21383165.jpg そのムーゼック城壁のいくつかの塔の一つ、時計塔Zytturn。
 近寄りすぎで、全体が見えないのが残念。

 前日添乗員さんから聞いた話では、市内で最も古いこの時計塔に敬意を表して、他の時計塔の鐘は1分遅れで、鳴らされるそうだ。

 ルツェルンには、大手宝飾店の本社の大きなビルもある。
 そこに並ぶオメガやロレックスの時計よりも、この時計台の話がお勧めです。
[PR]
by t_ichib | 2007-09-03 21:59 | 今日もまた旅の空
乙女の頂(いただき) スイス⑦
 8月27日 →グリンデルワルド→ユングフラウヨッホ→ラウターブルネン→ルツェルン

f0066555_921574.jpg インターラーケンから、バスでグリンデルワルド(1,034m)で下車。
 ここからユングフラウ鉄道で、クライネシャイデック(2,064m)で乗り換え、ユングフラウヨッホ(3,454m)と向う。

 左手前に小さな駅舎・バスの駐車場、右側にはお土産屋が並ぶ。

f0066555_9214629.jpg 駅からはアイガー北壁が目の前に。

 登山にさして関心のない私にも、この山の名とここに挑んだ数々の冒険を耳にしている。
 これが、山男達を惹きつけて止まない山なのか…

 クライネシャイデックで一度列車を降りると、目の前にオーバーラント3山が目の前に。
 一番左がアイガー(3,970m)、右にメンヒ(4,107m)、ユングフラウ(4,158m)は写真の右端に小さく白く写っている。
f0066555_9301791.jpg
 ここから、列車は一度左に向い大きく右に旋回、アイガーの中のトンネルを抜ける。 終着のユングフラウヨッホは、写真のメンヒとユングフラウの間。
 最初の5分ほどを過ぎると、残りはず~っとトンネルの中。 途中2度停車しトンネルの窓から、氷河などをのぞき見ることができる。

 終着駅も当然、トンネルの中。 そこから少し外が見渡せるレストランなどが並ぶ空間に出る。
 私達の一行の誰かが、「モンブラン(の展望台)の方が高いのに、『TOP OF EUROPE』なの?」とつぶやいていたが、鉄道駅としてヨーロッパ一高いそうだ。

f0066555_1034210.jpg その片隅にこんな物が。 間違いなく日本の郵便ポスト。
 スイスのポストは、黄色、それも別の所に設置されてはいるが。 何人もが、事前の添乗員の勧めでここで葉書を投函。

 ユングフラウを見渡せる展望台へは、ここからトンネルの中をずんずん歩いていかなければならない。

f0066555_10911100.jpg 展望台の外へ出ると、強い風に帽子を吹き飛ばされそうになる。
 必死に帽子を押さえながら、ユングフラウや他の山々を撮る。

 ここからはアイガーは、(少し上の写真で、ユングフラウヨッホの位置が分かるはず)当然見えない。


f0066555_10204767.jpg 代って見下ろせるのが、アレッチ氷河。

 スイスで初めて世界遺産に登録されたアレッチ氷河は、全長24Km。
 氷河は、(波長の短い光が吸収され)もう少し青っぽく見えるのだが…、天候や見る角度に影響されるのかも。
 たしかに、下から見上げた氷河は少し青みがかっていた。

f0066555_10392938.jpg トンネルから、「氷河出口」という標識に進んで外へ出てみる。
 雪の積もった斜面がきつく、写真の右と左に張ってあるロープにつかまって、おそるおそる滑り降りる。

 近くの子供たちは、そり遊び。 手に持っているのが青いプラスティックのそり(と言うより、丸いお盆)。
 遠くに見えるのは、氷河の近くまで行こうとしている人たち。
 かなり時間がかかりそうなので、私達は断念。

 再びクライネシャイデックまで降り、昼食をとった後、ラウターブルネンからバスでルツェルンに向う。
 2日目から昨日までの移動は、同じバス同じ運転手さん。 フルカ峠では、マーモットのことを教えてくれるなど、気さくで親切だった。

f0066555_1059581.jpg 今日の運転手さんは、「歌う運転手」として有名。
 素晴らしいヨーデルの歌声を聞かせてくれた。

 さらに、写真のようにアルプホルンの演奏まで。 ホルンは3つに分解でき、手に持たしてくれたのだが、見かけとは違いすごく軽い。

f0066555_1164175.jpg 演奏してくれた場所は、父親の物だと言う小さな牧場(と言っても牛が100頭)のそば。
 その牧場の片隅に、リンゴの木があった。

 リンゴの木は、果樹園風な物も見たが、今まで「ハイジの村」など随所で、大木となったリンゴの木を見かけてきた。
 日本のリンゴと違い、パイなど加工用に使われ、ずっと小さく甘みもない。 (日本のリンゴは高級品)
 小さいのでこの写真の物よりはもっと、(例えばバナナの房のように)ゴテゴテっと重なってぶら下がっている。
[PR]
by t_ichib | 2007-09-03 11:26 | 今日もまた旅の空
シヨンの虜囚って スイス⑥
 8月25日 →モントルー→ツヴァイジンメン→インターラーケン

 今日は基本的には移動日。 モンブランを取り囲む針のような山々を見上げながら、国境を何事もなく越える。

f0066555_15153073.jpg 1時間半ほどで、シヨン城に。
 シヨン城も「シヨンの虜囚」もまったく知らず、湖畔にたたずむその景観と歴史を楽しんだ。

 レマン湖のほとり、スイスとイタリアを結ぶ(アルプス越え)街道沿いにあり、旅人から通行税を取るかたわら、その安全を確保していた。

f0066555_153075.jpg 中央の女性は、私たちを案内してくれた日本人ガイド。
 最初に案内されたのが、城の地下。 食糧貯蔵庫・船着場の他、地下牢と絞首台がある。

 12世紀にはサヴォワ伯爵の領地となっていたが、16世紀ジュネーブ独立派に加担したとされ、修道院長ポニヴァールは4年間この柱につながれた。 数世紀後、バイロンが詩にしたのが「シヨンの虜囚」。
 幸いなことに、彼はスイス人に解放されるが、それ以前の囚人のほとんどは、2度とそこを出ることはなかったそうだ。

 城の居住部分は、打って変わって豪華なもの。 代々の領主、解放後の代官の華美を極めた居館。
 礼拝堂もあるが、旧領主がカソリックだったのに対し、プロテスタントに支配が変わったため、壁の宗教画などは白く塗りつぶされた…と。

 そこから、バスで10分ほど移動したモントルーで昼食。
 食後はレマン湖のほとりを散歩。 先ほどのシヨン城もこの湖のほとりにあるし、対岸はフランス。

f0066555_16375142.jpg モントルーからはパノラマ特急で、ツヴァイジンメンを目指す。
 スイスではドイツ語が主だが、フランス語など複数の言語が公用語となっている。 ここはフランス語圏。 出発地Montoreuxと目的地Zweisimmenの対比がおもしろい。

 写真ではプラットホームがあるが、改札口はない。 線路脇からヨイショと乗り込む駅さえある。
 車掌が改札に回るのだが、それさえ省略され、パンチ穴の空いてない切符が手元に残ることに。

f0066555_16551313.jpg ツヴァイジンメンからは、再びバスでインターラーケンへ。
 写真は私達が泊った隣の5つ星ホテル。 さすが。

 私達のホテルは変哲もない高層ホテル。 スイスらしからぬとも言えるが。

f0066555_1705849.jpg とはいえ私達の部屋から、明日登るユングフラウが真正面に見える。

 バスが到着した時も、ホテルの前の広場にパラグライダーが連続して舞い降り、私達はビックリ。
 どれにも2人乗っている。 ホテルの裏側の山へロープウェイで上がり、インストラクターがパラグライダーに、観光客を乗せているようだ。
[PR]
by t_ichib | 2007-09-02 17:17 | 今日もまた旅の空
突然ですが、ジジ馬鹿
 スイスの旅行の記録も後3日分残っているが、何があったか思い出しながらなので、すごく遅い。 たくさん撮った写真を見ながら、思い出しているが…
 実は、何の写真だったのか、思い出すのに苦労もしている。 そして記事にした後、「あっ、書き洩らした」と思うこともたくさん。

 たとえば、24日の「ツール ド モンブラン」。 旅行から帰って調べたのだが、完走するのに、トップランナーで20時間、大半の人は40~50時間とあった。
 夕方6時出走、標高1,000mを超える地での昼夜を徹してのレースなので、私達が町で出会ったランナーたちのいでたちも、それなりの服装。 手にストックのような物を持ち、背中にきっと防寒着を入れたナップザックを背負っていた。


 旅行中、海外から3度携帯メールを娘、息子に送ったが、娘からの返信には
  「テレビで線香花火をしているのを見て、春音が『○○ちゃん(私のこと)と
  やった』と言いました」

と、あった。 「よく覚えているなぁ」と、旅行先でのジジ馬鹿。

 金曜日、娘へのお土産(賞味期限もあり)を持って行くことにした。 その日、春音のお父さんが、飲み会(お盆休み返上で取り組んだ仕事が完了)で、「帰宅がすごく遅くなる」と、逆に母子がわが家に泊ることに。

f0066555_1054549.jpg ずいぶん大きくなり、収穫が楽しみなリンゴと一緒に記念写真。
 朝早くなので、表情が今ひとつにこやかでないのが残念。

 保育園では、字の読めない2才児のために、動物や乗り物のシールで持ち物や机を区別させている。
 春音のシールは「クマ」。 今、着ているT-シャツはクマなので、お気に入り。

 一方、息子へのお土産は腐る心配のないもの。 千葉での「インターンシップ」も8月31日で終了、「夜行バスで帰るので、家には寄らない」と。 まぁ、いいか。

 息子がやっていた「鳥人間」サークル。 そのコンテストが9月6日(木)、読売テレビ系で放映される。
 主力は3年生だが、手薄なのでOBになった4年生、大学院生も応援に駆けつける。
 息子が3年生の時は2,000mを越え、5位だった。 今年はそれより少し記録は劣るが、強豪チームの思わぬ不振で、なんと3位になったとか。
 一瞬でも、豆粒のようにでも「息子が写ってないか」と見てみるつもり。
[PR]
by t_ichib | 2007-09-02 11:23 | 今日もまたジジ馬鹿・親ばか
えっ、フランスなの スイス⑤
 8月24日 →国境→シャモニー→エギュ・ドゥ・ミディ展望台→シャモニー散策

 再び1駅区間のみ電車に乗り、サンモリッツを離れモンブランへ。
f0066555_21215347.jpg 恥ずかしいことに、モンブランにはフランスに入るってことを知らなかった。 妻はもちろん知っていたらしいが。

 写真はバスの窓から撮った国境。 その直後、添乗員から「写真を撮らないように」との注意が…
 運転手が係員に話に行くだけで、全員のパスポートを提示することもなく通過、団体ツアーの慣例らしい。 実は、スイス入出国の際もチャーター便だったせいか、パスポートを提示するだけ。 残念なことに、スタンプも押されていない。

f0066555_2222775.jpg 標高1,036mのシャモニーから、ロープウェイ2台を乗り継いで展望台に上がる。

 特に最初のロープウェイは、長い距離を中間は鉄塔1本のみ。
 長く垂れ下がったケーブルを、最初は水平に滑り出し、後半は垂直に吊り上げられる。

f0066555_2244464.jpg 展望台は2段になっており、上へはエレベータで上がる。 その高さは3,842m。
 私達は、2,800mの高低差を一気に登ったことになる。

f0066555_22381253.jpg 写真は左からMont Blanc du Tacul、Mont Maudit(先端が尖っている)、Mont Blanc(すぐ後にあり見にくい、写真のほぼ中央)

 3つとも4,000mを超えているが、モンブランは4,807m。
 残念ながらなかなか雲が切れず、くっきりとした写真が撮れない。

f0066555_2352891.jpg 上の展望台から、下の展望台と中腹の村を見下ろしたところ。
 是非、モンブランの写真と合わせて、クリックして大きく表示していただきたい。

 あまりの高さに足がすくむ思いがする。
 この展望台からは、イタリア側に降りるロープウェイもあるそうで、「決して間違えないで…」と念を押された。

f0066555_23141875.jpg ロープウェイを降りて、シャモニーの町を散策。
 魔の山と恐れられていたモンブランが征服されて以来、リゾート地となったシャモニーだが、この人出はスゴイ。
 「The North Face Ultra-Tarail Tour du Mont Blanc」という催しだそうで、距離163km、高低差8,900mという過酷なレースに2,200名が挑む。 出走は午後6時、取材のヘリコプターが頭上を旋回していた。

f0066555_23343121.jpg 私達はこの旅行中、ここで初めて日本料理の夕食。
 レストランはホテルの外。 懐かしさもあり美味しかった。

 前にも触れたが、現地時間8時というのにこの明るさ。
 私達の一行のほとんどは、思い思いに食後の散歩を楽しんだ。

 シャモニーの通貨はもちろんユーロ。 が、スイスフランも使えると言うことで、フランスのお土産を買った人もいる。 ただし、高い。
[PR]
by t_ichib | 2007-09-01 23:46 | 今日もまた旅の空