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リンゴ、大きくなりました
 毎日暑い日が続き、ぐったり。 何かをする、何処かへ行く気も起こらない。 30℃以下の日などなく、時には35℃超の猛暑日も。

  暑いと言えば

 エジプトも暑かった。 そのエジプトから帰って来て庭を見てげんなり。 芝生が伸び放題。 もちろん、芝生の間の雑草も。 そして…


 その旅行のメンバーの中に広い畑をお持ちの方がおられて、「そろそろ畑のことが心配」と言っておられた。
 私が「息子さんがおられるんでしょう?」と言うと、「いやぁ、アイツらは採って持って行ってやらないと。 自分で採りに来るなんてことはない」と。

 規模が余りにも違うので口にしなかったが、私のところにも猫の額ほどの家庭菜園が…

  ヘチマか?

 旅行中、時々は雨が降ってくれたのか、枯れてはいなかった。 出かける前、小指の先ほどの大きさだったキュウリが、糸瓜かと思うほどの太さに。
 それでも、何とかサラダに使えそうな物も数本あり、(半月間、面倒を見てなかったのに)自然の恵みに感謝。


 感謝とばかりは行かない。 帰った次の日には汗だくで芝刈り。 そして半月もたっていない昨日、2回目の芝刈り。 さらに、フェンスの外の伸び放題の雑草取り…
 毎日が日曜の身なので、夕方・早朝と涼しい時を選んでチョコチョコと。 それでもシャワーに飛び込む汗だく。


  それでも、楽しみが

 リンゴがとっても大きくなった。

f0066555_8325780.jpg うれしくって定規で測る。 直径10cmほど。

 去年、2本あったリンゴの1本がダメになった。
 リンゴは1本だけでは受精しないというので、他から花を拝借してきてせっせと手で受粉。
 おかげで、今は摘果しなくてちょうどいい位の十数個が実を付けている。

 種類はフジ、9月末か10月には真っ赤に色づくんじゃないか。 台風シーズンに落ちないようにと、楽しみと心配と…。
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by t_ichib | 2008-07-24 22:47
日本の味は
 関西空港には13:10に着いた。 行きは約13時間、帰りが約11時間と2時間も早く着くのは、偏西風のおかげなんだろうか。


 中部国際空港からは直行便がないため、関空を利用となり、「面倒~」と思っていたが、一つだけ「ふーん」と認識を新たにすることが。
 バスで名古屋駅まで帰る途中の小休止のドライブイン。 皆さんほとんどの方が、うどんを召し上がっていた。
 なんともたわいもないことだが、日本の味に飢えていらしたんだと、妙に感心してしまった。


 お米はエジプトでも、トルコでも食べられた。 毎日ではなかったが。
 ただし、エジプトのご飯はバターライス風で油っぽい。 トルコでは、普通のふっくらご飯が出た。 そのせいだけではなく、私にはトルコの食事の方が合っていたと思う。


 海外の食事がどうしても合わない時、「せめてカップラーメンでも…」と思っても、ホテルに湯沸かし器など備え付けられていない。
 旅馴れた添乗員さんは、携帯できる湯沸かし器を強く勧めていた。
 持参したコーヒーが何の役にも立たなかったので、次回は…と思っている。


 エジプトでも、トルコでも遺跡や文化遺産がギリシャの物、ローマの物、エジプトの物…と、説明を受けてもごっちゃになってしまう。
 また、例えばギリシャとトルコはキュプロス紛争という火種を抱え、仲が良くない。 そんなことも知っておいた方がいいのかもしれない。

 もうチョットだけ予習しておけば、もうチョットだけ楽しめたかもしれない。 いや、訪問する国への礼儀かもしれない。

 旅行会社さんに頼り切ってしまうんでなく、チョットだけ努力すれば…と。

 以上で、13日間の旅行が本当に終わった。
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by t_ichib | 2008-07-18 00:14 | 今日もまた旅の空
年をとれば、筋肉痛はもう1日後に…
 エジプト最終日、ギザのピラミッドより古い時代のピラミッドを見に行く。

f0066555_11145335.jpg ダハシュールの赤ピラミッド
 ギザの第1ピラミッド、クフ王の父スネフェル王のピラミッド。 第1、第2に次ぎ3番目に大きいピラミッド。

 1Kmほど離れた所にある屈折ピラミッドも、同じ王の物。 その形を嫌いこの赤ピラミッドを建てたと言われる。
 この日の朝に限ってもやが立ち込め、1Km先の屈折ピラミッドは薄~くぼんやりと見えるだけ。

 入口から王の間までは70mあまり、30度近い急勾配。 ガイドが「きついので、ご希望の方だけどうぞ」と。
 ピラミッドの中は、どこも異様なにおいがする。 ここは特にひどくアンモニア臭が…
 ガイドは「アメリカのピラミッドパワーを信じる団体が、そのパワーを見に付けるため、2日間この中に籠った。 だから…」と、とんでもない話。

 そのたまらない匂いに、出口まで腰を屈めた姿勢で駆け上った。 翌日になって、ひどい筋肉痛。


f0066555_1139055.jpg メンフィス遺跡

 ラムセス2世はエジプトが多いに隆盛を誇った頃のファラオ。 そのため、王の像もたくさんある。
 それにしてもこの像はでかい。 収納のため、この大きな建物が必要なんだから。

f0066555_11562471.jpg

 ラムセス2世の像とともに埋没していたスフィンクス。

 後に見える大木はナツメヤシ。 この近くには大規模に栽培されており、最初私たちは「なんだろう?」と、目を瞠ったものだ。


f0066555_1245491.jpg サッカラにある階段ピラミッド。

 最も古いピラミッドと言われる。
 当時の王の墓は正方形だったが、離れた都からも見えるようにと、もう1段正方形を積み上げた。
 そして、もう1段、もう1段と… 6段になり、形も長方形に。 というのが、ガイドの説明。

 この頃は、ピラミッドに横穴を空ける技術がなく、王の間はピラミッドの下。

f0066555_12152845.jpgf0066555_1217963.jpg このピラミッドへは、左のような円柱が建ち並んだ通路を通って入る。
 中に入ると神殿、倉庫などの施設がある。


 午前中で観光を終え、ホテルでシャワーなどさっぱりした後、20:15カイロを離陸。
 最終日を迎えたのは、飛行機の中。 寝台車と違ってほとんど眠れない。 やはり横になって休めるのは、いいものだと思う。
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by t_ichib | 2008-07-10 11:08 | 今日もまた旅の空
反面教師
 エジプトに戻った私たち一行は、再び地中海沿岸の町アレクサンドリアへ。

f0066555_22442271.jpg カイロ、ラムセス駅。

 アレクサンドリアまでは、エジプトで一番の列車の1等車ということで期待していたのだが。
 確かに床はじゅうたん、右に2席、左に1席のユッタリシート。 ただし、それがきれいに維持されていればの話。
 じゅうたんはめくり上がり、細かいゴミが目立つ。 窓は二重ガラス、その外も内側も汚れたまま、外の景色もその汚れの向う。


 数少ない経験しかないが、外国の鉄道では日本の駅のような改札口がないことがある。
 先日のトルコでは、イスタンブールに着いた後、添乗員さんから「記念だから」と切符を渡されたくらい。
 エジプトでも改札口はない。 ただし検札には回ってきた。 日本のようにパンチ孔を空けるのではなく、ボールペンでチェック。


f0066555_23255056.jpg ポンペイの柱
 ここに有った神殿は後にキリスト教徒により破壊され、付属していた図書館の柱が1本だけ残った。 スフィンクスは近くで発掘された別時代のもの。

 遺跡全体は廃墟という印象を受ける。 これから発掘が進めば、その価値が見直されるのかもしれないが。
 と言いながらも、高さ30mの柱と2体のスフィンクスは、素人のカメラには収まりがいい。



f0066555_022292.jpg アレクサンドリア国立博物館

 博物館・寺院などでは、多くが撮影禁止となっているが、ここでは、フラッシュ撮影が禁止。
 そのため、ケースに照明が反射していたり、手ブレの写真ばかり。

 働く人々の像 エジプトのパン=アイシを作っている。


f0066555_2349698.jpg ハトシェプスト女王の像

 優しい顔なのに、髭が…
 付け髭はファラオの権威を示すもの。 男性のファラオも付け髭をしていた。

 死後、後を次いだ義理の息子(弟?)のため、その像は破壊されたりして、残っているものは少ないそうだ。


 アレクサンドリアはカイロに次ぐ、エジプト第2の都市。 そして、エジプト一美しい都と言われています。
 確かに、昼食をとったレストランからの地中海の眺めは美しく、その近くにあったアレクサンドリア図書館もきれいな建物でした。
 しかし、路地を歩くとごみ、ごみ、ごみ。
 それでもエジプト人は平気です。 国民性なのか、貧しさから脱出する過渡期では仕方がないことなのか。

f0066555_0312118.jpg アレキサンドリア駅

 撮った時は、ただ旅の記念にという気持ちだったが、見直してみると、列車の汚れ・線路に落ちているゴミの多さに、「ああ、もう少し何とかして欲しい」という気持ちになる。

 観光で持っている国とまでは言えなくとも、観光で得る収入は少なくないはず。
 観光客を気持ちよく迎え入れ、自分の国を誇りに思える美しい国に…

 ただし、他の国の批判だけでなく…
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by t_ichib | 2008-07-09 22:05 | 今日もまた旅の空
テレビにはどう映ったのか?
 実は昨夜アンカラ出発する前、添乗員さんから「地元テレビのドキュメンタリーで皆さんを写したいと言ってきている」との話が。
 と言う訳で、駅のレストランでの食事風景・寝台特急に乗り込むようすが撮影された。
 もう一つ、「誰かお1人にインタビューがしたいとも言っている。 もちろん日本語で」との話には、一同下を向いてムニャムニャ。 …でこれはなしに。
 そのドキュメンタリーを見たい気もあったが、その日にエジプトに立つ予定だったし。

 その夜はもう一つアクシデントが…
 私たちが乗ってきたバスは、大きな荷物だけを積んでイスタンブールまで先回りの予定だった。 が、同じ会社のバスがカッパドキュアで故障し、急にそちらへ回らなければならなくなった。
 身軽に列車に乗り込めるはずが、大きなスーツケースを運ばなければならない。 でも、それほどの苦痛でもないし。

 ガイド・添乗員両方から「寝台車では眠れないかもしれない」と脅されていたが、意外と快適。 グッスリとは言えなくとも、疲れを取る程度には眠れた。


f0066555_23383085.jpg 8:00にイスタンブールに着き、金角湾を横に見ながら、再びヨーロッパ側に渡る。

 トルコ最初の日もここを通り、今日が最後と思うと感慨深い。


f0066555_23524019.jpg バスはブルーモスクのすぐ近く、このオベリスクのある広場へ。
 見学後の集合場所もこの近く。

 このオベリスクはもう1本と対になっており、ともにエジプトから運ばれてきた。

 このあたりは、ブルーモスク、アヤソフィア、最初の日に見たトプカピ宮殿などが集中しており、ブルーモスクはその時にも車窓から見えた。

f0066555_025785.jpg ブルーモスクは正式にはスルタンアフメト・モスクという。
 モスクの内部が美しい青だったので、ブルーモスクと言われるようになった。

 そういわれて見ると、ドームを縁どるタイルやステンドグラスなどが青い。
 モスクに入る時、ノースリーブの女性にはスカーフを貸していた。 今までになく戒律に厳しい。


f0066555_016288.jpg モスクの近くでは全体が写らず、かなり離れてからブルーモスクを撮る。
 それでも、6本の塔全てが写らない。

 ブルーモスクは世界で唯一6本のミナレト(塔)を持つ。
 王族以外は塔が2本あるモスクを作れないという決まりがある。 それなのに、他の国に例を見ない6本の塔を建てた。

 そのためアラブの他の国から苦情が出た。
 王は、「私はのミナレットを作れと命じた。 が、家来どもが6本と聞き違えた」と答えたという。
 トルコ語の金と6本という言葉はよく似ているそうだ。


f0066555_030395.jpg 私たちは中には入らなかったが、ブルーモスクに向き合うように建っているアヤソフィア。

 ローマ帝国時代にキリスト教会として立てられたが、オスマントルコに没収され、十字架が取り払われモスクとされた。 4本のミナレットも付け加えられた。

 現在は博物館となり、長く塗りつぶされていた「聖母マリア」などのモザイク画も復元されている。


 13:00少し前には空港に着き、15:00頃イスタンブールを離陸。 17:30にカイロ着、19:15にはホテルに到着。
 トルコが毎日、ホテルが違ったのに対し、エジプトでは同じホテルに腰を据えてバスで観光地を回った。
 その同じホテルにまた帰って来た。 「ただいま~」とまでは言わないが、ほっと安心。
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by t_ichib | 2008-07-08 22:56 | 今日もまた旅の空
鳩の糞、日本では嫌がられるのに…
 今回の旅で同じ観光地に2日間をかけたのは、カッパドキアのみ。
 来る前に知っていたトルコの観光地はブルーモスクとこのカッパドキア。 それだけ人気も高く、見るところが多いからなのだろう。 もちろん、私たちにもそれに不満はない。

f0066555_20103175.jpg ギョレメ野外博物館

 昨日訪れた地下都市同様、迫害から逃れるため、キリスト教徒がここに隠れ住んだ。
 当初は、洞窟の入口も外敵に見つからないよう、巧妙に隠されていたという。


f0066555_2025260.jpg 洞窟の中にはキリスト教の壁画などが描かれていて、保存状況もかなり良い。

 天井部分の聖者と思われる男性の額の部分が剥れている。
 これは悪意やイタズラではない。 剥がして口にすることで、徳を積むことができると信じられていた。
 つまり、壁画を傷つけたのは信者たちだったという。

f0066555_2038494.jpg 写真の右下にある大きな穴は、もちろん洞窟への入口。
 その左、さらにその上にいくつも空いている小さな穴は何か。

 意外なことに、その穴に鳩を飼っていた。 人々はブドウを育てるための、鳩の糞を上質な肥料として必要だった。

 現在のカッパドキアでもブドウはよく目にするが、儲からないとカボチャなどの栽培に代りつつある。


f0066555_20532554.jpg ギョレメからゼルベに向う途中、キノコの形の巨石群を目にする。

 昨日は「3つだけ…」などと思ってしまったが、とんでもない。
 次々に形の違う大きなキノコを目にし、興味が尽きない。


f0066555_2114189.jpg ゼルベ野外博物館

 キリスト教徒が隠れ住んだのは、ギョレメと同様。
 キリスト教徒がここを去った後、トルコ人が洞窟住居としてここを使った。

 私達が見学して回った範囲では、宗教的なものを目にしなかったのは、そのことと関係あるのだろうか。


f0066555_21132683.jpg 午前中は2つの野外博物館を回った後、一度ホテルに戻りシャワーでさっぱりして、いよいよカッパドキアを離れる。

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 最後に古い洞窟住居をバックに現在の住宅が建ち並ぶカッパドキアの町と、最も面白いと思えたラクダ岩に別れを。


f0066555_21213691.jpg カッパドキアからアンカラへは310Km、途中のトゥズ湖で休憩。

 「塩分濃度30%」という説明だったのに、厚く塩が堆積しているのみで、液体の水はず~っと先まで行っても見えない。
 塩の採取場もあり、トルコで消費される塩の70%が採れる。


f0066555_21325874.jpg ようやくアンカラに到着。
 ただし、今日の旅はこれで終りではない。 夕食後、アンカラ特急の寝台車に乗る。

 せっかく首都に来たというのに、散策もショッピングもせずに行ってしまうのは残念。
 一方、日本でも一度も乗ったことのない寝台車。
 しかも1等寝台だという。 こちらも楽しみ。

 【寝台特急「アンカラエクスプレス」】
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by t_ichib | 2008-07-07 19:45 | 今日もまた旅の空
ブリ街道って知っていますか?
 コンヤを出発、シルクロードをカッパドキアへ向う。
 シルクロードはトルコに入り、大きく4つに分かれる。 地理に疎いのだけど、黒海へ、エーゲ海へ、ペルシャへなどか。

 コンヤを離れるに従い、樹木が1本もない広大な地が広がる。
 小麦、砂糖大根、とうもろこしなどが栽培されている。 昨日見たような地下水の汲み上げがなければ、とても育たないように思える。
 貧しげなテントを所々に目にする。 「季節労働者たち」だそうだ。

f0066555_911306.jpg シルクロード沿いにいくつもあった隊商宿(キャラバンサライ)に立ち寄る。

 左手は一つ一つ区切られた個室、奥は大きな1つの部屋(ラクダ用)。
 右手のスペースはお店。 中央の建物は礼拝所。

 宿泊を提供するだけでなく、兵を雇い盗賊から隊商を守った。 さらに、宿泊は3泊までは無料だった。
 先ほどのお店の収益・交易の仲介などで、それらを賄えたんだろうか。


 シルクロードのおかげで、トルコ産でないのにトルコの名前が付いたものがいくつかある。
  ・トルコ石     当時はイラン、現在はアフガニスタン
  ・トルココーヒー イエメン
  ・七面鳥      ターキーという名が。 原産地は聞き漏らした。
 昔、富山湾で取れたブリが、岐阜県の飛騨地方を通って長野県まで運ばれ、飛騨ブリと呼ばれていたのと同じ。 その道筋をブリ街道とも言う。


f0066555_9554230.jpg 長い道筋をこうした話を聞きながら(あるいは昼寝タイム)、いよいよカッパドキア。

 最初の案内は「絶好の撮影ポイント」、三姉妹の谷。
 知らないというのは恐ろしいもので、「有名なキノコのような岩は3本きり…」などと書いて、娘と息子にメールした。
 すぐに訂正できる相手で良かった。


f0066555_10204270.jpg 昼食は「洞窟レストラン」
 レストランは表から見ると普通のお店、中に入ると確かに洞窟。

 代りにその向かいの住居だったらしき洞窟の写真を。
 侵食が進んできたため、そこに住んでいた人たちは、その前に普通の家を建て移り住んでいる。

 何年か前、侵食の進んだレストランが崩壊する事故があった。 幸い夜だったから死者は2名だけだったそうだが。


f0066555_10535857.jpg カイマクル地下都市
 当初はローマ帝国からの迫害を受けたキリスト教徒たちが、(ローマの改宗後も)アラブ人の襲撃から逃れるため、隠れ住んだ。

 私達が見学したのは地下4階まで。 地下8階くらいあるそうで、1万~2万の人が住んでいた。

 【カッパドキア泊】
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by t_ichib | 2008-07-06 08:51 | 今日もまた旅の空
阿片発祥の地?
 今日は昨日より微妙にゆったりの5:45の起床。 でも予定の走行距離は410Km。

f0066555_2336122.jpg 宿からわずか15分のヒエラポリスへ。

 現在はまだ発掘中とかで、立入禁止。
 でも、大勢の観光客がそこを登っているのが写真にもはっきりと… でも、私たちはまじめに。

 山の中腹にある都市で、周囲を防御壁で囲われていた。

f0066555_23451119.jpg 遺跡に立ち入らない私たちの目的はここ。

 遺跡に隣接したこの真っ白な石灰棚に。
 この地形が下からの敵の侵入を防いでいたのだろうか。

 観光客ははだしでこの石灰棚を歩く。
 ただし、下の何層もの池のような所は危険らしく、観光客がそちらに行こうとすると、警備員に「ピーッ」と笛を鳴らされる。

 その後はひたすらコンヤを目指す。
 途中Afyonという町を過ぎる。 この近くでは薬を作るため、政府の許可を受けてケシを栽培している。
 町の名は阿片の語源だという。 薬を取るためだから、少量がしっかり管理されて栽培されているのかと思ったが、ただ1面のケシ畑。

 花の時期は少し過ぎていたが、真っ白。 ポピーのように色とりどりのきれいな花かと思っていたのに。
 もちろんケシばかりではなく、小麦・カボチャなども栽培されている。

 地中海地方は、この時期雨が少ない。 私たちは13日間、1度も雨に降られなかった。
 そのため、地下水を汲み上げ作物に散水しているのをよく見かける。 それでも広大な農地の半分以下しか作物が植え付けされていない。

 私たちの宿泊するホテルを少し行き過ぎて、コンヤ市街へ。
 コンヤはイスタンブール、首都のアンカラに次ぐ第3の都市。 街もそこを走る路面電車もきれい。
 何かお祭だったのか、ただこの日が土曜日だからなのか、風船売りが赤や青の風船を売っているなど、賑やかだった。

f0066555_0144187.jpg メヴラーナ博物館。

 イスラム教の一宗派メヴラーナ経の寺院だった所で、当時の宿坊・食堂などを見学。 (内部は撮影禁止)

 この中でトルコの花嫁花婿に出会い、写真を撮らせてもらう。 ここで式を挙げたのか、それとも挙式のすぐ後にお参りする風習があるのか。

 【コンヤ泊】 トルコの食事はおいしい。 生野菜も豊富で新鮮そう。
         私はもちろん、少し体調が×の人も「もう、開き直り…」と。
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by t_ichib | 2008-07-05 23:32 | 今日もまた旅の空
古代の人々も
 トルコの観光は1日の行程が驚異的に長い。 そのため、この日は5:30の起床、7:30の出発。 夏時間だから日本なら4:30の起床、早い。

f0066555_20143969.jpg その長い道筋に、オリーブの畑が広がる。

 実はトルコはオリーブの生産世界第3位。 国を挙げて世界1位を目指しているそうだが、「棒で叩いて落とす古い収穫法のため、枝が傷ついて…」とガイドさんも残念そう。
  「今はもしかすると第2位」とも。 2位のスペインでは大きな水害があり、トルコから輸入し加工したオリーブ油などを輸出しているとのこと。

f0066555_2050668.jpg 途中で1回の休憩をとったものの、最初の観光地「聖母マリアの家」に着いたのは12:00ちょうど。

 その間、前日のヒマワリ畑に代り、オリーブ・アンズ・桃の果樹園、スイカ・トマトなどの畑が連なっていた。


f0066555_2135346.jpg 昼食後、今日の観光のメイン、エフェソス遺跡へ。

 トルコに来る前は名前さえ知らない遺跡だったが、教科書に載っていたようなローマ帝国時代の建築物に度肝を抜かれる。

 この左右に円柱が並ぶ通りは、商店街だったという。

f0066555_215177.jpg 神殿跡の門柱などには見事な彫刻がいくつも。


 このニケ(勝利の女神)のレリーフは大人気で、私たちの一行も交代でここで記念撮影。

f0066555_22293960.jpg ローマ時代の図書館跡。
 エフェソスはトロイ同様、古代には海岸がすぐ近くにあり、歴代のローマ皇帝も訪れた豊かな地であった。 だからこそこれほどの図書館が。

 その後ニヤリとしてしまったのは、図書館の向かい側には売春宿があったと教えてもらった時。 文教地区に××があるようなもの。

f0066555_22505575.jpg 同じくエフェソスの繁栄ぶりが分かる野外劇場。
 実に24,000名の観客を収容できた。
 他に教科書でもおなじみの共同浴場後、トイレなど。

 当時の人々には人気の有った女神アルテミスの神殿は柱が残っているだけとかで、バスの窓から見ただけ。
 ただし、お土産として人気の魔よけの「目玉」が安いとかで、降りて買ってくる人も。

 【パムッカレ泊】 有名な温泉とかで、水着持参の人がわずかなのをガイドは呆れていた。
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by t_ichib | 2008-07-04 19:58 | 今日もまた旅の空
アジアからヨーロッパ、そして再びアジアへ
 昨夜、ホテルに着いたのは夜の11時近く。
 深夜のイスタンブールの街をバスで走りながら、「わー、信号がある」「黄色いタクシーがピカピカの新車みたい」と、失礼なことに感激した。

f0066555_9431478.jpg 早朝、ホテルから金角湾を含め街の眺めを撮る。
 ヨーロッパ風ながら、いくつものモスクが見える。 やはりここはイスラムの国。

 国民の敬愛を集めるトルコ共和国初代大統領アタチュルクは、いくつもの改革を成し遂げた。
 ・イスラム暦から西洋暦への変更
 ・男性のトルコ帽の禁止
 ・1000年使われきたアラビア文字からアルファベットに変更
など、法律・教育・女性の地位向上・経済など多岐にわたる。

 そのアタチュルクの遺した教えにより、トルコは日本に対して大きな好感を持っている。
 日本が100年以上も前、オスマントルコの軍艦が遭難したのを救出し、トルコまで送り届けたことを忘れていない。
 イラン・イラク戦争の時、取り残された日本人をトルコの航空機で救出し、十分すぎるほどの恩返しを受けているのに、トルコに行くまでそうしたことを知らずにいた。


f0066555_10202011.jpg そうしたアタチュルクの教えも、今は揺れている。
 「学校などでの女性のスカーフの禁止」に対して「自由にして」という動きが。

 移動中のバスの窓から見たこの光景も、政府に対する抗議集会だという。



f0066555_10572725.jpg トルコ最初の観光はトプカピ宮殿。

 オスマントルコの時代の兵器や宮殿の厨房などもあるが、何と言っても歴代の王の豪華な玉座やエメラルド・ダイヤなどの装身具。
 全て撮影可だったのにあっけに取られて、気がつくとそうした財宝は1枚も取ってなかった。
 私たちにとって、目の毒とでもいうか…



f0066555_10302296.jpg トルコは国土の3%がヨーロッパ、残り97%はアジアだという。
 バスは今、そのヨーロッパを走る。

 一面のヒマワリ畑。
 ヒマワリ油も取るが、種も食用として好まれている。
 そのCMに日本の風景が使われており、「日本人の主食はヒマワリの種?」という誤解もあるそうだ。


f0066555_105523100.jpg ダータネルス海峡をフェリーで渡り、再びアジアへ。

 対岸に見える町はマグロを輸出、寿司ネタに使われるなど日本と関係が深い。
 後で知ったのだが、このフェリーは予定のより1時間遅れ。 ホテルに着くのが遅くなり、「あー、疲れた」となった。


f0066555_11213916.jpg そのホテルに着く前にもう1ヶ所、トロイ遺跡に。

 「トロイ戦争」とかで有名な割りに、何も残っていない。
 ただし、遺跡の向うに見える農地は、昔は海が迫り入り江となっていた。
 海路の要衝となっており、地震の多いトルコでは何度も崩れ、同じ場所に9度に渡り町が築かれた。
 高台にあり攻められにくく、水・食料にも恵まれ、立地条件が良かった。

f0066555_1131957.jpg 強風が吹けば避難のため停泊し、風が吹かなければ入り江に停泊する。
 こうした船から税金を取って、トロイは繁栄した。

 観光客の「ガッカリ」を緩和するためか、広場には神話にある「トロイの木馬」が作られていた。

 【チャナッカレ泊】
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by t_ichib | 2008-07-03 09:38 | 今日もまた旅の空