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山陰旅行⑧ 最終日の朝は
 11月20日(木) 帝釈峡-尾道・千光寺公園-自宅

f0066555_8295565.jpg 翌朝の駐車場のようすです。
 実際には私たちが宿に着いた頃がピークで、1時間ほど遅く着いた修学旅行の小学生達のバスには、あまり雪が積もってなかった。

 昨日、到着後すぐに入った露天風呂は雪がチラチラしていて、風情を感じられたが。

f0066555_855386.jpg 道の雪が、そして車の雪が溶けるのを待って、出発はチェックアウトぎりぎりの10時にして、宿の周りを散策。

 神龍湖は紅葉ではなく、冬景色。

 散策の後は朝風呂で体を温めてから出発。


f0066555_91494.jpg 10時を過ぎていたせいか、神龍湖の船着場周辺の散策路には雪はほとんど残っていない。

 奥のほうに見える橋は神龍橋。

 上帝釈方面は前日に行った(一部)ので、湖を1周。 ゆっくり歩いて1時間ほどだった。


 後は尾道を目指して南下。 カーナビが教えてくれた道は県道〇〇号線、国道だとずいぶん回り道に思えるし… えぃっと。
 はじめの2~30分は良かったのに、だんだんとなんだか淋しい山道に。 カーナビ頼りのドライブ旅行だと、毎回1度はこんな道を走る。

 それにしても、ドンドン山道を下る。 どこまで行っても下り坂、改めて帝釈峡が高地にあったと実感。


f0066555_9505816.jpg 尾道の千光寺公園からしまなみ海道を見下ろす。

 ここでようやく遅めの昼食。 レストランからの眺望も良かった。
 それにしても雲が多いものの、今朝の帝釈峡の雪が信じられないくらいの暖かさ。


 この眺めが今回の旅行の最後の観光。 後はノンビリと高速を走るのみ。
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by t_ichib | 2008-11-27 10:06 | 今日もまた旅の空
山陰旅行⑦ 晴れ女、最大のピンチ
 11月19日(水) 縮景園-みよし風土記-帝釈峡

 昨夜、テレビを見ていると、山陰や同じ広島でも帝釈峡などは雪が降っていると。

 旅行前の天気予報で、日曜日に雨が降ることを予期していたが、今日・明日の雪は想定外。 翌日の宿、帝釈峡に電話をいれ「夏タイヤでも走れる?」と問合せ。
 「大丈夫」との返事をもらいながらも、一抹の不安。


 そんな心配ばかりしていてもしょうがない。 広島を楽しんで、降った雪が溶けるのを期待して、ゆっくり遅めの出発にしよう。

 ホテルに車を預け、歩いていける範囲の観光を。

f0066555_1420826.jpg 広島駅のすぐ近くに幟町中学校がある。
 そこに「折鶴の碑」と言うのがあった。

 早朝の学校の周囲を、落ち葉などを掃いておられる数人の先生がいた。 「ここは、あの佐々木禎子さんがいた中学校ですか?」と訊くと、「実際には病気のため、1日も通えなかったんですよ」との答え。
 病気が治ると信じて、折鶴を折り続けた禎子さん。 その遺志を継いだ同級生・後輩達。
 偶然とはいえ、いい所を通りいいものを見た。


f0066555_14341629.jpg 目指す施設が開くまでには少し時間が有り、広島城まで歩く。

 「広島城は別名、鯉(り)城ともいう」と言うと、妻はお堀を覗き、「それにしては鯉がいないね?」と言う。 その場では笑ってしまったが、1説には「鯉がたくさんいたから」というのが、鯉城の謂れらしい。
 「それで、球団名も広島カープって言うのね」とも。 それまで考えもしなかったが、これも正解らしい。


f0066555_14482681.jpg 宿を出る前から行こうとしていたのが、縮景園。
 最初の幟町中学校からは、お隣くらいに近い。

 昨夜ガイドブックを開くまで知らなかったが、江戸時代の藩主、浅野氏の別邸で、原爆で壊滅・その後再建。
 年間20万人もの観光客が訪れる名園。


f0066555_1457652.jpg 濯櫻池の中央に架かる跨虹橋。

 原爆にも破壊されなかった堅牢な橋。
 池を取り囲むように、松の緑と紅葉がきれいでユッタリとした気分を味わえた。

 ユッタリしながらも、行く先の雪の不安が頭をよぎる。


f0066555_1518364.jpg 雪の心配から、「高速道路にしようか」とも思いながらも、時間はタップリ、広島市内は好天気。
 一般道を選んだのだが、三次市に差し掛かる頃には雪もチラチラ。

 スピードをぐ~っと押さえて走りながら、車の中からその雪景色をパチリ。



f0066555_15245027.jpg それでもようやく帝釈峡に着く。
 雄(おん)橋までの道も、ぬかるみ状態。 紅葉を楽しむはずが、雪景色。

 雄橋の写真もよく見ると、雪の白い筋が流れている。

 今回の旅行中、ここで始めて傘をさす。
 晴れ女の実力は宿に無事着けたので、(おおまけにして)ぎりぎりセーフ。
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by t_ichib | 2008-11-26 15:49 | 今日もまた旅の空
山陰旅行⑥ あれっ? 山陽?
 11月18日(火) 仁摩-石見銀山-厳島神社

 当初は後2日くらい旅行に時間を取り、山口から1歩だけでも関門トンネルの向うまでと考えていたのだが、石見銀山から先は引き返すことに。

f0066555_11412686.jpg その石見銀山の前に、仁摩町のサンドミュージアムへ。

 実はこの施設のことを知ったのは、NHKの「家族に乾杯」で取り上げられたから。
 この大きな砂時計はレプリカで、実際には砂は流れていない。

 本物の1年計は頭上にそびえ、実に1トンもの砂を利用している。
 仁摩町には鳴き砂で有名な琴が浜あり、それが巨大砂時計を作るきっかけに。
 ただ、残念なことに琴が浜の砂は粒が大きく、1年計を作るには巨大になり過ぎて断念。 秋田県産の砂だとか。
 巨大なガラスの器は日本で作れず、ドイツ製とか。 ただし心臓部、砂の流れる部分には日本の技術が使われている。


f0066555_1285642.jpg いよいよ世界遺産、石見銀山。

 銀山公園の駐車場から1時間ほど山道を登り、ようやく龍源寺間歩に着く。
 16世紀世界で流通した銀の1/3は日本産で、それもここ石見銀山産と言われる。
 ここに来るまで、いくつか公開されていない間歩を見た。

 他に金、土、日曜に公開されている大久保間歩。 ←予約が必要。

 トンネルは銀の鉱脈とは直角に掘り、そこから鉱脈に沿って枝葉を伸ばすように掘る。 そのほうが効率が良いそうだ。

f0066555_14172679.jpg 少し下った所にある清水谷精錬所跡。

 江戸幕府が倒れた後、藤田組によりここに精錬所が建設された。
 ただそれだけの説明書きでは、今目の前にある施設跡でどのように精錬がおこなわれていたのかピンとこない。

 そこが図解でもしてあれば、もう少し興味を持てたのに。


f0066555_14283926.jpg 銀山公園まで下り、さらに少しなだらかな坂に沿って街並みが続く。

 やはり1時間近くも下った所に、石見銀山代官所跡がある。
 ここまで下る街並みには、いくつかの宿・代官所の地役人宅などがあり、実際に採掘に当った鉱夫の暮らしぶりはともかく、銀山により町は潤っていたのかも知れない。


 銀山を後にして、一部高速道路を利用して広島へ。 その一般道を走る間に、急にアラレがふり、その後雪もチラチラ。
 運の強いことに、銀山を歩く時も傘を手にしていたが、1度も開くことなくここまで来られた。


 そして、広島に入るとなんと青空が。

f0066555_14423488.jpg 先日、平和公園などは見たばかりなので、宮島へ。

 厳島神社を通り越し、まずロープウェーへ。

 ロープウェーの後方には、先ほどフェリーで渡ってきた瀬戸内海が見える。


f0066555_14501250.jpg ロープウェーで上がった反対側には、もちろん瀬戸内海の島々。

 獅子岩駅から弥山(みせん)頂上をめぐるハイキングコースがあるのだが、約1時間のコース。
 ロープウェーの最終便にとても間に合いそうも無い。
 しばらくこの獅子岩展望台で瀬戸内海を眺めてから、厳島神社へ。

f0066555_1458372.jpg 厳島神社の拝観は一方通行。

 でもこの神社と五重の塔を見渡せる場所に抜けてから、見落とした所があり引き返しました。
 大勢を引率してくるガイドさんに、じろっと睨まれながら…

 ちょうど干潮で、手前は海でなくドロです。 海の中という雰囲気だったら、もっと良かったのに。

 宮島から広島まで引き返し、新幹線近くに宿泊。
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by t_ichib | 2008-11-25 12:16 | 今日もまた旅の空
山陰旅行⑤ 日本一高い
 11月17日(月) 風土記の丘-出雲大社-日御碕-三瓶山

 風土記の丘と呼ばれる所は全国で17もあり、この「八雲立つ風土記の丘」は6番目のものだそうだ。
 古事記・日本書記が編纂された時代に、各地でも作られた風土記の中でも出雲の国風土記は最も有名。 …だと思う。
 そして「八雲立つ」の枕詞にも惹かれ、立ち寄ってみることに。

f0066555_8563490.jpg 資料館に入る前に少し周囲の古墳を見て回る。

 周囲は古墳と思われるこんもりとした丘、そして真っ赤な紅葉がきれいだ。
 資料館内部は撮影禁止。 出雲の国に国司が着任した時代、その饗応の様子などが展示されていた。
 饗応の食卓はモチロン豪華、庶民の食卓も海の物・山の物で想像よりは豊か。


 風土記の丘というのは資料館のある所だけでなく、半径2Kmほどにある古墳全体が含まれている。
 ここに来る途中で見かけた二子山古墳と言うのが、島根県最大の古墳だと言うので行ってみる。

f0066555_9272372.jpg この古墳のそばにも小さな資料館があり、映像で古墳のことなどを教えてくれる。

 古墳を築くとき、黄色の土と黒い土とを交互に積むと崩れにくいということを、当時の人は知っていた。
 この古墳は中に入れるようになっており、黄色と黒の地層を見ることができる。

 「国引き神話」の紹介もあり、この出雲の国が狭いと思った神が今の島根半島を引き寄せたと言う。
 その最初に引き寄せたのが日御碕のあたり、つなぎとめた綱を結んだのが三瓶山。 偶然とはいえ、今日これからの行き先と同じなのが面白い。


 今朝出発前にホテルのフロントで道を聞くと、市内は渋滞する時間なので「山陰道を走ると良い」と、教えてくれた。
 山陰道はまだ全線完成されておらず、「無料開放されているから」と。
 で、山陰道をしばらく走り、松江市内を過ぎたあたりで料金所が… フロント嬢の情報が古かったのか、でも渋滞を避けられたのはラッキー。

f0066555_9535719.jpg さすがに出雲大社と思ったのが、この巨大なしめ縄。

 昨年、地元の神社のしめ縄を自分達で手作りしたが、「とてもこれほどの物は」と思う。

 本殿前のしめ縄には、その藁の間に投げ付けられ上手く挟まったお賽銭がたくさんあった。 まわりには挑戦する人がいたが、なかなか上手くはいかないようだ。


f0066555_1084963.jpg 少し観光客の人並みも途切れ、出雲大社らしい雰囲気を感じたのがお社の横。

 屋根や塀の檜皮葺きが苔むしている。
 神話時代には及びもつかないだろうが、何十年と言う年輪を感じる。

 妻はここで、「せっかくここまで来たのだから」と出雲そば。


 その食堂で道を聞いた日御碕へは、あっという間。

f0066555_10244964.jpg 灯台はちょっとだけ後回し。
 経島(ふみしま)へ。

 残念ながら、ウミネコの飛来するシーズには少し早すぎたようで、見えるのはカワウのようだった? ←とにかく色が違う。
 風が強く、写真よりずっと波も高かった。

f0066555_10502697.jpg 日御碕付近の地形は柱状節理という、不思議な形の岩で覆われています。

 噴出した溶岩が冷やされてできた、割れ目(摂理)なんだそうです。
 一つ一つは6角形で、私など柱の方向に溶岩が噴出したのかと思っていたら大違い。 表面から冷やされ、暖かい中央に向って伸びているんだそうです。

f0066555_1155781.jpg いよいよ、日御碕灯台。

 日本一高い灯台。
 観光灯台なので、中を登ることができる。 らせん状にグルグル回り、最上階は6.5階。
 その最後の0.5階分は急な階段。

 展望部分からは日本海が一望できるが、風が強くとても長くはいられない。

 使われているレンズも全国で6箇所しかない、第1等レンズ。 光の到達距離は39Kmとかで、白と赤の灯火がきれいだろう。

 近くで宿泊するならそれを見られただろうけど、今夜の宿泊は三瓶山。
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by t_ichib | 2008-11-25 11:28 | 今日もまた旅の空
山陰旅行④ 晴れ女の実力?発揮
 11月16日(日) 日野オシドリの里-米子水鳥公園-境港-美保関灯台-松江

 出発前からこの日曜日は雨の予報。 できればはれて欲しい。 昨夜の天気予報では、しばらく前よりは降水確率の数字が下がってきたようだが。
 大山から日野に向う道は雨は降っていないものの、雲は低く立ち込めている。


 昨夜の宿で頂いた地図によれば、日野町の根雨駅のすぐ近く。 やや狭い駅前の通りを過ぎ、駐車場に車を停める。

f0066555_1634266.jpg オシドリたちを脅かさないよう、観察小屋ののぞき窓から静かに眺める。

 オシドリはすぐ分かるが、青い頭はマガモ。 オシドリもマガモも雄はきれいな色をしている。
 メスはともに地味。 一緒にいるとカモのほうが体が大きいのですぐ分かるが、一番の特徴はメスも目の後に白い線が入っている。


f0066555_16413041.jpg 実は、オシドリはこんなにゴチャゴチャに。

 観察小屋のボランティアの人によると、天気が良い日は別の場所に行ってしまう。 観光客からは「オシドリってどこにいるんですか?」と訊かれるほどとか。
 だから、この天気はラッキーということらしい。

 私が岐阜の池に住むオシドリのこと-ドングリを餌として撒いている-の話をしたら、ドングリが一番の好物だとか。
 右上の写真は何がなんだか分かりにくいが、昨夜のうちに撒いたドングリ・古米・くず米・古豆をせっせと食べている。

 その餌は、私たちがいる間にも何処かから寄付された物が運び込まれる。 観察小屋でも寄付金の受付、絵葉書の販売がされている。
 誰もが、「オシドリ夫婦」と言うようなオス・メス2羽の写真を撮りたいもの。 こんなにゴチャゴチャでは、それも無理。 買った絵葉書にはバッチリ、ご夫婦が写っている。


 親切に色々教えていただいた観察小屋のボランティアに感謝しながら、次ぎの目的地、米子の水鳥公園に向う。


 水鳥公園での一番の目的はコハクチョウ。

f0066555_1712816.jpg 受付で、「いますか?」と訊くと、「飛び立った後で、数羽しか残っていない。 早朝には100羽を超えるコハクチョウがいたんですが」との返事。

 一緒にいるのは、オナガガモ。
 他に名前が分かる鳥では、アオサギ・カワウなど。 水に潜っている鳥の名を、係の人に訊くと「ハジロカイツブリじゃないか」と。

 水鳥の棲む池は広く、観察ホールの性能の良い望遠鏡で覗いていると時間を忘れ、じきに1時間を超えてしまう。



 次ぎもお楽しみの境港水木しげるロード。

f0066555_1733036.jpg 境港駅近くの駐車場に車を停めると、鬼太郎とネズミ男のぬいぐるみ姿の2人を発見。
 さっそく記念撮影をお願いする。 ←モチロン私ではなく、妻が。

 駅に停まっている列車にも、鬼太郎たちの絵が。


f0066555_17415070.jpg わずか数体から始まり、当初は年配の人たちからは眉をひそめられた妖怪のブロンズ。
 今や、鉄道も郵便局も交番も一役かっている。

 私は気づかずに通り過ぎてしまったが、郵便局の協力で、鬼太郎の消印が押してもらえる妖怪ポストも、何ヶ所かに設置されている。


f0066555_17573766.jpg 一度客足の遠のきかけた商店街に、再び観光客を呼び戻した立役者、水木しげるさんの執筆風景のブロンズ。

 水木さんは戦争で左腕を失くされた。 片腕での執筆は不自由だと思うのだが、「命を失うより、片腕をなくしても生きていることに価値がある」とおっしゃられているとか。


f0066555_1874462.jpgf0066555_1884612.jpg 妖怪のブロンズ像は130体を超えるそうで、始めは手当たり次第に撮っていた妻も、「これって有名?」と聞いて、撮る。
 聞かれても、私も麻生総理ほどマンガに詳しくないし。 子泣きジジィや砂かけババァなら、ユーモラスでいいか。


 そろそろお腹もすいてきたし、水産物直売センターに行けば「何か食べられるかも」と、車を走らせる。
 でも、そこには食べ物屋は無く、娘夫婦へカニを送っただけ。 あぁ、腹へった。


f0066555_18184234.jpg 空腹のまま、この水道大橋を越える。
 この橋は「おさかな大橋」の愛称を持つ。

 鳥取県境港市と水木しげるロードに別れを告げ、ここから先は島根県美保関町。

 橋を渡り、美保関灯台を目指す。


 岬の先端に目指す灯台が見えてきた。

f0066555_19582334.jpg ありがたいことに灯台と並んで、観光ビュッフェまである。
 天気が好ければ、食事をしながら隠岐の島を見ることができたのに。

 灯台からは先ほどの境水道大橋まで、同じ道を引き返さねばならない。

 来る時には通り過ぎた関の五本松公園に上る。 もう長いこと運行していないリフトが、廃棄物のように残されていた。
 きっと予想していたほどには観光客が来てくれなかったんだろう。

 その関の五本松からの下り道、「晴れ女の力で、雨の予報を撥ね退けた」と妻が自慢する。 その直後、5分もしないうちにザーッとかなりの雨が。
 せっかくそれまでは、雨には降られずにすんでいたのに… 突然の雨に見舞われた美保関町の皆さん、ゴメンナサイ。


 その後一路松江市に。 ホテルへのチェックインには少し早すぎる時間に着いてしまった。 ならば... 松江城にと。

f0066555_20471315.jpg 大急ぎでガイドブックを開いてみたのだが、急には他に近くで観光できそうなところが見つからなかった。

 大山など高いところの紅葉はほとんど終わっていたが、お城のモミジなどは目に焼きつくような、鮮やかな赤。
 肝心のお城の方は閉館時間にせかされ、駆け足状態。

 松江泊
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by t_ichib | 2008-11-23 18:24 | 今日もまた旅の空
山陰旅行③ はきなれた靴よりも
 11月15日(土) 三徳山投入堂-大山

 いよいよ今回の旅行で一番の難所、三徳山へ。 投入(なげいれ)堂は往復2時間、断崖のような所をよじ登るんだそうだ。
 私はもちろん、こんな所は知らなかった。 1ヶ月も前から数冊のガイドブックを調べていた妻が見つけ出し、「行ってみたい」と。


 倉吉から車で30分で三徳山に到着。

f0066555_929276.jpg そこで第1の難関、履物チェックに引っ掛かった。 妻が旅行前に買った靴は、軽くて履き心地良いのだが、「滑りやすく危険だ」と。
 さらに、「ここは修験の場でもあり、足元も失礼のないように。」

 というわけで、わらじに履き替え。 (ついでながら、スカートで来た女性は入山を断られていた。)
 よく見ると、何人かに1人はわらじ履き。 すれ違うたびに「わらじは岩場でも滑らなくて、とっても良い」と、声を掛け合う。 ← 負け惜しみの強いこと


 投入堂に至るまで、大小いくつものお堂がある。 投入堂は国宝、他も国や県の重要文化財となっている。

 最初の文殊堂に行き着くまでに、かなり急な断崖を登る。 実は1組だけ「ここから、皆さんを応援しています」と、登るのを諦めるご夫婦もあった。
 文殊堂横の坂は「鎖をつかんで、お1人づつお登り下さい」とある、くさり坂。 馬の背、牛の背と呼ばれる難所も。


f0066555_9562435.jpg 2番目のお堂、地蔵堂。

 よくもこんな断崖の岩の上にお堂を建てたものだ。 わらじどころか、裸足になってお堂を回り始めた妻が引き返してくる。
 反対側から来る人がいて、「恐くてすれ違えない」と。 確かに踏み外したら…


f0066555_10205962.jpg 鐘楼堂をすぎ、納経堂、観音堂・元結掛堂・不動堂と続く。

 いずれも岩のくぼみ、崖の上に建てられており、お堂の後ろは通れても前は通れなかったりする。
 そして…


f0066555_102922100.jpg 国宝、投入堂が目の前に。

 奥の院と言うのが正式な名称か?
 役の行者が法力で岩屋に投入れたというのが、投入堂の謂れ。

 「舞台造り」と言うのだそうだが、その舞台どころか手前の岩場にさえ登れない。
 途中のお堂はともかく、さすがにあそこにお賽銭をあげられる人はいないだろう。

 下り道も、わらじを自慢しながら…

 投入堂遥拝所(登れない人のため?)から、上を見上げ「よくもあんな所に!」と、もう一度感嘆する。



 再び倉吉の市街を通り、大山へ。

f0066555_10515337.jpg 大山の紅葉は途中立ち寄ったお店で、「それはそれは綺麗だったんですよ」と、1週間以上遅かったようだ。

 それでも、山の低い所では十分「紅葉に間に合った」とも思える。



f0066555_11111328.jpg 鬼女台展望所からの大山。

 ここに来るまでにいくつも展望所に立ち寄ったが、ここは大人気。 駐車場に入る車が列を作っている。

 手前に広がる草原の黒い点は、牛の放牧。


 さらにその先、大広原はさすがにたくさんの観光客。
 妻はせっかく大山に来たんだからと、おいしい牛乳で作ったソフトクリーム、コーヒーを頼んだ私も一口だけ味見。


f0066555_12333945.jpg 自然な車の流れに乗って、大山寺へ。

 下の駐車場からほぼ一直線に坂を上り山門に着き、さらに石段を上がり本堂へ。
 本堂横の鐘楼は「幸運の鐘」と言って、(乱打とかをしない限り)誰でも自由に撞くことができる。


 今日の宿は大山の中のペンション。 主な観光が2ヶ所だったこともあり、今回の旅行中最も短い走行距離、104Km。
 明日の天気はどうかな。
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by t_ichib | 2008-11-23 12:51 | 今日もまた旅の空
山陰旅行② 鶴は松に留まらない
 11月14日(金) 城崎-豊岡こうのとり公園-餘部鉄橋-鳥取砂丘-倉吉

 昨日、宿を目指して城崎の温泉街を通り抜けた時、宿泊客がカランカランと下駄の音を響かせながら歩いているのを見た。
 たしか城崎では泊った宿以外の外湯が楽しめる。 温泉めぐりの人たちと城崎の街並みとがなんとも風情があった。

f0066555_1943817.jpg 次ぎの目的地に向かう前に、「是非とも街並みを歩きたい」と城崎に車を停める。

 さすがに、昨夜のような大勢の人は歩いていなかったが、浴衣姿の若いご夫婦の後姿を失礼して、パチリ。
 川べりのやなぎと浴衣がよくマッチする。


f0066555_19524044.jpg こうのとり公園に着いたのは9:30。
 朝早いので観光客の数は少なかったが、私たちがいる間に観光バスが着くなどして、だんだん大勢の人たちが。

 こうのとりと鶴はよく似ている。 江戸時代、各地でこうのとりは乱獲されたが、豊岡では鶴と間違えられ獲られずにすんだ。 (当時鶴は大切にされていた)

 こうのとりが5Kgくらいなのに対し、鶴は10Kgと大型。 そのため鶴は助走をつけないと飛び発てない。 (こうのとりはフワりと)
 こうのとりは松ノ木の上などに巣を作る。 だから「花札の松に鶴は間違い」と、職員の方に教えていただく。



 豊岡から再び山陰の海岸線に戻る。 車を進めながら、「もうそろそろ?」と気にしていたのが餘部鉄橋。

f0066555_2020271.jpg と、前方に道路わきに駐車してカメラを構える人がいる。

 「あっ有った!」 目の前に鉄橋が。
 残念ながら、鉄橋の架け替え工事が進められており、クレーンが林立し絶景とは言いがたい。
 その古い鉄橋を惜しむように、「さよなら餘部鉄橋」の横断幕も。



 餘部を過ぎると、但馬海岸・浦富海岸など美しい海岸線が続く。 餘部崎灯台を目指し迷い込んだのが、三尾の漁村。

f0066555_20381091.jpg 漁村をつなぐ道はカーブ・坂の連続。
 三尾大島を望む高台に御火の浦(みほのうら)の碑と、この後鳥羽上皇の歌碑が。
 隠岐に流されてからの歌なんだろうか?

 この漁村から先の道は、少し不安になるほどの狭さなので、ここから引き返す。



 車を走らせながら風景を楽しむと同時に、もう一つ興味を惹かれたもの。 それは、マンホールのデザイン。

f0066555_20524414.jpgf0066555_20531139.jpgf0066555_20533629.jpg
 左は城崎の街並みで見かけたもの。 温泉街を流れる川に架かる橋と桜が描かれる。
 今日のブログの最初の写真は柳だが、川の上流は桜並木になっていた。

 2番目は香住町。 餘部の少し先で見つけた。
 「かすみ」の文字とエビの絵が。 香住町はエビやカニ、イカなどの漁業も盛ん。

 3番目は浜坂町。 松葉ガニの水揚げ日本一の町とかで、さすがにカニの絵が。



 そうして、時々風景以外のものも楽しみながら鳥取砂丘に。

f0066555_21191517.jpg ここにはやはり20代の頃に来た。

 こんなに海岸沿いにあったのか? もう少し大きく、広かったんじゃなかった?
 あいかわらず、記憶の不確かさに私たちは2人で笑いあう。

 急な斜面を若い人たちがつけた足跡が並ぶ。 まっすぐ縦についた模様が面白い。



f0066555_21293377.jpg 今日の宿は倉吉。
 ホテルに荷物を降ろし、白壁土蔵群を。

 土蔵群の一部は近代的なショップに生まれ変わったものもあるとか。 残念ながら着いた時間が遅く、そうしたお店はすでに閉まっていた。


 昨日の宿はインターネットが使えず、パソコンを開きデジカメとつなぐケーブルを忘れたことに気がついたのはここのホテル。 ガックリ。
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by t_ichib | 2008-11-22 21:43 | 今日もまた旅の空
山陰旅行① 出足は快調
 本来なら1週間前に旅立つはずだった山陰旅行。 同じ時期に妻の兄弟たちとの旅行が入ってしまい、急遽13日からの出発に変更。
 今回は飛行機を利用せず車で。 いっぱい荷物を積んで行けるので、ノートパソコンも持ち込んで「旅行中にブログを更新するぞ」と意気込んで出発。

 と、万全のはずが、デジカメとパソコンをつなぐケーブルを忘れてしまった…残念。 この際、旅先でのブログ更新はあきらめ、旅を楽しむことに。


 11月13日(木) 天の橋立-舟屋の里-丹後松島-玄武洞

 自宅出発は早朝6:30。 先週ほど過酷ではない。 敦賀ICで北陸自動車道を降り、後は一般道でゆっくり。
 福井・京都の海岸線を、尼崎に住んでいた若い頃に海水浴に来たのもこんな所だったかなぁと、懐かしく思い出しながら車を走らせる。

 10時ごろに天の橋立の文殊地区に到着。

 うろ覚えだが以前観光バスで来た記憶があり、その時はほんの少し歩き回っただけという気がする。
 だから、砂州が海に突き出た所くらいと軽い気持ちで歩き出す。

f0066555_15195313.jpg きれいな松林と砂浜が続く。 2~30分も来た頃、磯清水という所に着く。

 そこの道しるべで、今まで歩いた距離が1.5Km、この先さらに2Km続いていることを知る。
 レンタサイクルに乗っている人が多いのも、そこで始めて納得。

 分かっても、今さら引き返せない。 そのまま歩き続けることに。 とはいえ、景色もよく気持ちのよいウォーキングだった。

f0066555_1545025.jpg 傘松公園のリフトから、改めて今まで歩いてきた天の橋立を見下ろす。

 今までの大きな思い違い-天の橋立はこちら(府中地区)からむこう(文殊地区)へ伸びている-ことに気づく。
 道理で、少し前に道を訊いた地元の人は「股のぞきの本場はこちらですよ」と、ちょっと憤慨したような声音だった。


f0066555_1692167.jpg 歩いてきた道は歩いて戻らなければならない。 昼食休憩を入れ、約3時間。 思いのほか時間を費やした。

 そのご褒美にか、(たぶん)めったにお目にかかれない物を見られた。
 天の橋立の先端に架かる回旋橋。 90度橋を回転させ、船を通していた。



f0066555_1633781.jpg そこから30分ほどで、京都府伊根の「舟屋の里」に着く。

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 左下が道の駅から見下ろした海辺全体。
 右が望遠で撮ったもの。 漁業の盛んだったこの地区は、1階から直接船で出られる。

 以前に確かテレビで見たことがあり、「2階から釣りができる」とか思った。
 年間を通して海水の高低差が50cm程だそうで、「波が高いときはどうするの?」という私の不安も解消。

 道の駅ではおいしそうな魚が並んでおり、「逆周りのコースだったら」と、思わず悔やむことに。


f0066555_17112860.jpg 引き続き、山陰の風光明媚な海岸沿いを走る。

 経ケ岬灯台、この大小いくつもの島々の浮かぶ丹後松島と呼ばれる所などで、何度か車を停めて休憩兼観光。

 気ままな旅行は観光ツアーなどに比べ、集合時間などの時間に制約されないのがいい。 もちろんガイドさんの説明を聞き、「え~っ」という目からウロコ体験も好きだけれど。


f0066555_17342847.jpg 1日目最後の観光は玄武洞。(写真は青龍洞)

 ここも、雪の降り積もった頃に来たような記憶がうろ覚えながらあったのだが。

 160万年前に噴出した溶岩が、青龍・玄武・白虎・南朱雀・北朱雀の5つの洞を作った。
 そのため、玄武洞一帯の地質はかなり崩れやすく、玄武洞に至る道も重機が入って一部修理中だった。


 そこから城崎を通り過ぎ、今日の宿は竹野海岸。
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by t_ichib | 2008-11-22 17:55 | 今日もまた旅の空
祖父母参観日
 春音の保育園の「祖父母参観」に出席した。
 春音は1才の時から保育園に行っているが、1才児の「ももぐみ」2才児の「さくらぐみ」はそういう行事はなし、3才児の「すみれぐみ」になってから…
 先日は何日も前から楽しみにしていた「芋ほり遠足」にも行ってきたようだし。

 その「参観日」も、去年まではいつもどおりの保育の様子を参観するものだったが、今年から子供たちの「お楽しみ会」風。
 3つのゲームをし、スタンプラリーのようにはんこを押してもらう。

 1つ目のゲームは玉入れ、穴の大きさで得点が違う。 終わると保育士さん手作りのお人形がもらえる。

f0066555_19302025.jpg 2つ目のゲームはただ列に並び綿菓子をもらうだけ。
 もらった綿菓子を完食すればスタンプ。

 妻が横から「チョットだけ、なめさせて…」と言ってもダメ。 全部一人で食べた。

 以前保護者参観日の時には、給食が遅く娘にしかられて号泣しながら食べていたと言うのに。 おやつばかりでなく給食もちゃんと、全部食べられるといいのだが。


f0066555_1948937.jpg 3つ目のゲームはチョット難しい。
 ウサギ・ゾウ・クマなど人形を、耳を貼り付け顔を描く。 見本や作り方の略図を見ながら、はさみ・のりづけ・色塗りをする。

 さすがに、大きい組の「きく」「ゆり」さん達は可愛らしいものができあがる。
 目や鼻が曲がってしまっていても、それはそれで可愛いし。


 翌日春音は病院の予約があり、娘と2人が病院に行っている間私たちは彩乃の子守を頼まれる。 で、今日はこのまま娘たち2人が我が家に泊まることに。
 今まで、楽しみに大事にしてきたリンゴもこの機会にと全部収穫(3個)
 1個は皆で食べ、残り2個はお土産に持たせる。
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by t_ichib | 2008-11-11 21:21 | 今日もまたジジ馬鹿・親ばか
兄弟会旅行② 少し厳かな気持ちに
 2日目、再び高速道路を走り岩国へ。
 錦帯橋のところで、橋の通行券とセットで岩国城へロープウェーの券が売られていたので、それを買うことに。

 錦帯橋を越えると、吉香公園。 日曜日だったため小学生達が、そこにある史跡の説明をしてくれる。
 B紙に絵などを交え簡潔にまとめられており、説明も分かりやすかったよ。 ありがとう。

 吉川家の門の説明では、幕府の「一国一城」制で岩国城は取り壊されることになり、その木材を利用して門が作られたとか。 特徴のある瓦とか。

 子供たちはいくつかの小グループごとに、調べたことを発表しているようで、説明を聞くとスタンプを押してくれる。
 全部集まると何かいいことがあったのか。 2グループほど聞いたが、残念ながら先を急ぐので。


f0066555_0345279.jpg これから登る岩国城は、そんな訳で一度取り壊され、360年ぶりに市民の願いで復活された。

 その岩国城の天守閣から岩国市街と、渡ってきた錦帯橋を望む。
 間近に瀬戸内海の島々も見ることができる。
 この眺望の城を取り壊さざるを得なかった侍達はさぞ残念だったことだろう。


f0066555_046929.jpg 再び、下界に降り錦帯橋を見返す。
 背後の山の頂上に、さっき登ったばかりの岩国城が小さく見える。

 岩国城主の吉川家は、「3本の矢」の教えで有名な毛利元就の次男。
 兄弟の中で歴史好きという一人がそういう話を教えてくれる。


 妻の妹の旅行計画には、岩国城に登ることは入っておらず、大幅な予定オーバー。 本当はもっとジックリ見聞きしたかったのだが。
 で、後の予定の大幅削減に。 「原爆資料館と宮島のどちらを見たい?」と。 ⇒原爆資料館


 昼食は有名な?「広島焼き」。 1枚で、ゲップが出そうなくらいの満腹に。 そこから歩いて平和公園へ。

f0066555_102234.jpg と、こんな町の中に広島市民球場が。
 確か、今シーズン限りでその役目を終え、来シーズンからは新球場に。

 実は私は、密かに広島ファン。 一度はここへ来てみたかったのに、こんなに遠いのでは…。
 思わず、2度3度とシャッターを押す。


f0066555_191729.jpg その市民球場と平和公園は、ホンのはす向かい。

 最初に目に入ったのはあの原爆ドーム。 続いてこの「原爆の子」の像。
 60年を過ぎた今も、絶えることなく折鶴が捧げられ続けている。

 修学旅行の高校生が、私たちの世代の老人達が「禎子の像」を見上げる。
 思わず、厳粛な気持ちになる。


f0066555_1213478.jpg 原爆死没者慰霊碑。

 毎年しめやかに慰霊祭が催されるこの慰霊碑からは、一直線に先ほど見た「原爆の子」の像や「平和の灯」が並ぶ。

 そのことに感動と、再び厳かな気持ちに。

 原爆資料館には、修学旅行で来て以来2度目。
 入館料が50円と言う安さに驚き、それなら、もっと多くの人にきてほしいと。

 そして、私が願うまでもなく、(日曜日だったこともあり)実にたくさんの人が展示物に見入っていた。
 外国人の姿も多く、平和への願いは全世界共通なんだなとも。


 帰り道は再び、強行軍。 養老サービスエリアで再び運転を譲ったのは夜中の11時。 兄弟たちが家に着くのは深夜1時に近いことだろう。

 すでに、「今度はもう少し近場で…」「伊豆だったら…」と、次回の計画もでき上がりつつある。
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by t_ichib | 2008-11-09 20:18 | 今日もまた旅の空