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卒業式
 息子の卒業式に出席した。 正式には大学院なので、修了式あるいは学位授与式と言うのだがそうだが。

 実を言うと、今まで一度も娘・息子の入学式・卒業式に出たことが無かった。 全て妻が出席し、涙の卒業式を見守ってきた。
 息子が高校を卒業する頃には、私の方も有り余るヒマができたのだが、息子から「来るな!」と言い渡された。 私だけでなく、妻にも。
 親から自立しようともがいている時期、「来るな!」と言う言葉に子供の成長を感じていたのだが。


 それが今回「来ても良い」と言ったのは、もう少しだけ大人になったことと、引越しの荷造りを手伝って欲しいと言う魂胆も見え隠れする。
 京都の学生用ワンルームの大家も、「1日も早く退去して欲しい」と言う。 次に入居する学生のため、壁などの補修・窓のブラインドなどの取替えをする。

 そこそこに広い部屋だったので、6年間の間にパソコンデスク・書棚をはじめ家具・電化製品が増えてしまった。 かなりのものは廃棄したり、リサイクルに回したりした。 (今春から新生活を送る学生のため、大学生協が引き取ってくれる。)

 一方、就職した会社が用意してくれる独身寮はかなり狭い。 捨てるに忍びなかったものの多くはわが家に一時預かり。 姉・弟と2代に渡る預かり物で、わが家の1部屋が占領されそう。




 終了式は10時から。 京都には早く着いたので、ゆっくり喫茶店で時間調整している間に会場は父兄でいっぱいになり、2回の最後部で立って見ることになってしまった。
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 普段は体育館と使われている広いスペースに、卒業する大学院生が並ぶ。

 今日卒業するのは2,400名。 内女性は1/4、海外からの留学生が5%を占める。 さらに、博士課程に進学する人も1/4もいる。
 理科系の学生だと8、9割が学部から大学院に進学する。 私の頃は1、2割だったので、卒業式は学部・大学院合同だったものだが。

 壇上に並ぶのは、左側には前総長などの来賓。 右側は総長・学部長。
 卒業生は、各研究科ごとに縦に着席。 工学研究科は600名の大所帯、息子たち情報科は右から2列目。

 在校生の送辞、卒業生の答辞などなく、涙の…ではないが、1時間で終わった卒業式の後、別れを惜しむ卒業生達が群がり、会場の外は身動きが取れないほど。


f0066555_12561413.jpg 私たち2人はその人混みを避け、この大学の象徴?とも言える時計塔に。
 ここも卒業生を囲む親兄弟たちが記念撮影するため、かなりのラッシュ。

 大分後になって、「記念撮影しよう」と言ってここに来た時は、折悪しくカメラを持たず、携帯での写真。
 親と一緒に写真に収まるのも、息子のサービスかも?



 卒業式が終わってからが私たちの本番。 卒業式のため何年振りかで着たスーツ姿で、荷物の梱包。 細々としたものは業者に任せず、私たちの車に積んで帰る。

 おかげでホコリだらけになったが、これで「すねかじられ」の親も無事、卒業。 …と思う。
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by t_ichib | 2009-03-23 22:30 | 今日もまたジジ馬鹿・親ばか
これでも、けっこう忙しい
 海外にまで旅行に出かけるようになったのは、まだほんの数年のことだが、その度に記入する入出国カード。 その職業欄の記入。
 私などの場合、「Not Occupied」もその一例。 無職意外に自由業の人もこれかな? あるいは失業中の人も?

 字数が少ないので、もっぱら「Retired」を使うことにしている。 海外ではこの言葉がどう響くのかは分からないが、日本ではもっぱら暇をもてあましている人種と受取られるような気がする。


 毎年この時期になると近くの園芸店から、セールのお知らせが届く。 肥料や園芸用の土などが通常よりかなり安い。 その中に、芝生用の土が「通常3袋で千円が、4袋で千円」とある。
 早速出かけて行き、12袋を買い求める。 車のトランクに12袋を入れると、後輪がぐっと沈み込むような木がする。
 それでも、「本品3袋で芝生1坪分」と記載してあるから、本当ならこの10倍近く必要。 「まぁ、足りない分はまた来年」と。


 帰ってきて袋をど~んと積み上げて、芝生に土を撒く。 …その前に。
 毎年うっかりしていると、見るだけで吐き気しそうなくらい雑草がはびこるのだが、幸い今はまだそれほどではない。 沖縄から帰ってちょこちょこっとは雑草を抜いてはいたが、本腰を入れて草取りに。

 その後は、エアレーションとか言う芝生の穴あけ。 単純作業だが、結構な力仕事。 2時間もやると「暑くなったから…」と休憩。 朝と夕方は「寒いから…」と止め。
 こんな風で、毎年2日間くらいかかる。 今年はその最中に、娘が孫2二人を連れて我が家に来たものだから、通算3日間もかかった。

 しかもその間に、ご近所からネギの苗を頂いた。 こんなにたくさんの苗を「猫のひたいほどの家庭菜園のどこに植えるの?」と思いつつ、何とかそれも完了。

 「さあ、明日は芝生に土を撒くぞ」と思っていた矢先、なんだか体調が… 久々の風邪を引いたらしい。
 退職してからはバイキン一杯の人ごみに出ないものだから、あまりもらってこずにすんでいたのに。 熱はないが、鼻水・セキ、のどが痛む。
 それに昨日から雨。 ちょうどいい、ちょっと休養。



 「俺は、そんなに暇をもてあましていないぞ」と自分で思ってみても、忙しさに波があり平均してみると、やっぱりヒマ。
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by t_ichib | 2009-03-13 21:17
少し、厳粛な気持ちで
 「たまにはリアルタイムのブログを」とノートパソコンを持ってきたのに、インターネットが使えない宿があったのと、やっぱり遅筆のせいで自宅に帰ってから4日分。
 まるで夏休みの宿題の積み残しのよう。 それでもようやく今日で最終日。


f0066555_1454306.jpg 昨日の勝連城跡と対で見る予定だった中城城跡。

 修復中の石垣には、一つ一つの石に番号が貼り付けられており、きっちり原状通りに積み上げられることが分かる。
 石積みはキッチリとした布積み(豆腐積み)、亀甲積み、野面積みがある。
 この背後に見えるのは野面、正門とかの近くには布積みがされている。


f0066555_1510762.jpg 城の中の聖域、首里遥拝所(うとうし)・久高遥拝所などが設けられている。

 最後まで首里王朝に従わなかった勝連城主と異なり、王朝側の城主が住んだことが伺える。

 勝連城との戦いでは中城の方が破れるが、最後には勝連城も滅亡する。



 次の目的地は読み方が難しく、カーナビに打ち込むことができない。 すぐ近くまで来ているので、道路標識を見るだけで行き着けるが。

f0066555_15363594.jpg 行き着いてその読み方に、のけぞってしまう。
 斎場御嶽(せーふぁうたき)
 これだったら読めなくても恥ずかしくない。

 琉球最高の聖域で、少し入った所にある御門口(うじょうぐち)より先は一般の人は入れず、そこから御嶽の方を拝んだ。
 また、男子は入ることを禁じられており、国王と言えども女装して入ったという。


f0066555_1642172.jpg 御嶽の中には5つの神域があり、それぞれ首里城の施設と同じ名が付けられている。

 その中でも最も見応えのある三庫裏(さんぐーい)
 見上げるような巨岩の間を抜けると、久高(くだか)遥拝所が設けられている。

 琉球の始祖アマミキヨは当初久高島に降り立ち、そこから知念半島に渡りここに御嶽を作った。

 その久高島は周囲8Kmほどの小島、人口200名ほどで小学校がある。



f0066555_1624447.jpg 斎場御嶽からすぐ近くに、琉球神話から名前を取ったと思えるニナイ橋・カナイ橋がある。

 下の国道からも良く見えるが、私たち同様この橋を渡ってすぐ引き返していくレンタカーがたくさんいる。
 地図で見るとこの先には自衛隊の駐屯所・刑務所などがあるが、私達も引き返すことに。



f0066555_1647921.jpg 沖縄南部に来たからには、平和記念公園に立ち寄って少し厳粛な気持ちで平和を祈らなくてはと。

 前回ここに来た時は慰霊式典の前日で、手前の時計塔と平和の丘の間の式典広場にはたくさんのイスが並べられていた。
 平和の礎に刻まれたたくさんの犠牲者の名、摩文仁の丘の各県ごとの慰霊碑に戦死者の望郷の思いを感じる。



f0066555_16574482.jpg 最後に訪れた喜屋武岬
 岬へは細い曲がり道が続き、カーナビと標識だけが便り。

 平和の塔
 先の戦争の激戦地の一つで、米軍に追い詰められた住民がこの岬から身を投げた悲しみの地でもある。



 かくて9日間の沖縄・離島の旅を終え、中部空港に降り立った途端、寒い!
 沖縄では連日最低気温20℃。 空港の温度計の4℃に震えが来る。
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by t_ichib | 2009-03-03 22:47 | 今日もまた旅の空
裏道?
 西表島の3日間は用心して日焼け止めをバッチリ塗っていたが、レンタサイクルをした小浜・竹富島はうっかりしてしまった。
 その後の石垣・沖縄は強い日差しの無い天候、たった1日のうっかりが鼻の皮がむけてくる結果に。

 そんな南国の毎日だったのに、今朝などは風が吹くと寒く感じる。 たぶん20℃近くはあるんだろうけど、体が南国ボケか?


 茅うちバンダから、沖縄最北端の辺戸岬を目指す。

f0066555_9485458.jpg 沖合いに島が見える。
 「あれはなんと言う島ですか?」と聞くと、「与論島です。復帰前、あの島との間で会場大会が開かれたんです。」と、別の団体客を案内するガイドさんが答えてくれる。
 どう見ても復帰時には生まれていなかったようなガイドさんだったが。

 そして、「本土復帰闘争碑」
 復帰への島民の悲願と、復帰しても基地が残された現実。 碑は終結や勝利を宣言するものではないと書かれている。

 沖縄を走っていてとても気になった「Y」ナンバーの車、普通だったら「あ」とか「い」のはずなのに。
 調べてみると米軍関係の車らしい。 こんな特例を設けさせる所に、アメリカの傲慢さと沖縄の悲憤が伝わってくる。



 辺戸岬からは、島の東海岸・県道70号線で戻る。
 ガイドブックには何10Kmと、信号の無い道が続くとあった。 が、時々道路工事中で片側通行の信号はあった。
 反対車線の車とすれ違うことはあっても、追い越したり追い越されたりすることは無い。


f0066555_1013947.jpg こちら側を通る楽しみの一つが、このヤンバルクイナ観察小屋。

 実際には朱鷺やコウノトリを見るように肉眼ではなく、モニターカメラを通じた映像で。
 近くに他の動物から襲われたりしないよう、金網で囲われた区域があり、3ヶ所の定点カメラが置いてある。

 そんなに都合よくカメラの前には居てくれないので、DVDにおさめられた以前の映像しか見られなかった。

 意外なことに、すぐ隣には地域住民のパークゴルフ場があり、近々大会があるらしく早朝から熱の入った練習をしていた。



 今朝の朝食にはコーヒーが出なかったので、左右をきょろきょろしながら田舎道を走っていると、〇〇コーヒーファームと言う看板が。
 入ってみると、まずおいしいお菓子とハーブティーが出される。
 ドリップしたコーヒーをサーバーごと出してくれる。 ゆうに3杯分、これで500円は安い。

f0066555_10522970.jpg その上、初めてコーヒーの木を見ることができた。

 コーヒー畑は別の所にあり、少し前にオーナーらしき男性が軽トラックに乗って出かけていった。
 お店のそばには7年ものの木と4年の木があり、4年の方ももうすぐ実をつけるという。

 通りかかる車も少ない所にあるが、コーヒー豆の販売もしており、きっとシーズンになれば…



f0066555_1132599.jpg 沖縄の大事な水ガメ、福地ダム

 上流にある辺野喜ダムなど5つのダムを調整水路でつなぎ、水を有効に利用していると言うしくみが面白い。
 さらに、洪水が恐れがある時は上流で、「サイフォン式」の洪水吐で海に流すなどの工夫も興味深い。

f0066555_11182233.jpg ダムの周囲にはガジュマルなどのほかに、沖縄県の木ディゴの大木があった。

 ちょうどその夜のテレビ(県産品の特集)で、ディゴを家具に…という紹介があった。
 ディゴは成長が早いせいか、とても軽い。
 その軽さを生かして家具を作れば、持ち運びがラク。 課題は軟らかいので傷がつきやすい。


f0066555_11271137.jpg そのダムから県道に抜ける途中につつじエコパークがあった。

 先ほど立ち寄ったコーヒーファームのお勧めの観光スポット。

 つつじ祭りが6日から開催されるが、この暖かさでもう満開。
 とてつもなく広大な山の斜面に、「婦人の森」、「老人の森」そして「議会の森」と言うのまであって、競い合うように美しいつつじを咲かせている。



 信号の無い道を走ってきたせいで、思ったより早く宿の近くまで来てしまった。 もう1、2ヶ所と、本当は明日の予定だった所へと足をのばす。

f0066555_11405266.jpg 伊計島に渡る海中道路

 海中道路の真ん中には「海の駅」があり、その歩道橋から平安座島の方向。
 はるか前方には、浜比嘉島へ渡る橋がきれいに見える。

 とても走りやすい道なので、スピードは控えめに。

 灯台のある伊計島の少し手前からは、集落があり畑がありなので、本当に気をつけて走ることに。


f0066555_1222560.jpg 最後に立ち寄ったのは、勝連城跡

 世界遺産になったことで、この写真の見えない位置では石垣の修復など整備中。

 世界遺産の中でも、最も古いグスクで13~14世紀の築城と言われる。


 そんな訳でこの旅行中、最も遅い宿到着。 広い駐車場も空きスペースが残り少なくなっていた。 もっともそのわずかな残りスペースも翌朝にはふさがっていたから、私たちより遅い人も何組かいたんだ。
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by t_ichib | 2009-03-02 23:43 | 今日もまた旅の空
美(ちゅ)ら海水族館
 昨日レンタカーを借りた時に、勧められて美ら海水族館の割引券を購入した。

 沖縄に行くのなら「是非水族館に」と思っていたから、ありがたく購入した。 が、車を走らせていると、コンビニ・レストランとどこででも販売している。
 それだけ観光客にとって、水族館が人気となっているのだろう。


f0066555_20323837.jpg 水族館のある「海洋博記念公園」自体は、無料で入場できる。

 花で作られたヤンバルクイナ・石川カエル等々のある公園、ジュゴンのいる水槽、イルカのショーなどは無料で見られる。
 近くに住む子供たちにとっては、うれしいことかも知れない。


f0066555_20434020.jpg 水族館に入ると、色鮮やかなヒトデなどに触れる水槽があり、子供たちが群がっていた。
 触った後の手はきれいに洗える設備も整っているし。

 そして同じく鮮やかな色・模様の魚たち。
 思わず見とれるばかりで、気がつくとあまり良い写真は撮れていなかった。


f0066555_20542126.jpg ぐる~っと回り込んで、この大きな水槽の前に来る。

 大きなジンベエザメ・マンタ・エイなどユッタリと泳ぎ、同じ水槽には小魚たちも泳ぐ。
 「食べられたりしないの?」と心配だったが、「アクアラボ」で飼育係から、ジンベエもマンタも主食はオキアミなんだと教えていただく。


f0066555_21115113.jpg ジンベエ・マンタほど大きくは無いが、左右のヒレを大きく上下させるエイの泳ぎっぷりは、豪快で実に気持ち良さそう。

 飼育係の人に勉強させてもらい安心したせいか、大きなジンベエの背に乗り、マンタの体の下に寄り添って泳ぐ小魚たちは、「頼りになる兄貴」と思っているように見える。



 水族館を出て、ジュゴン・カメなどの水槽をめぐり、イルカの水槽へ。
 残念ながらイルカのショーは終わっており、次ぎのショーの時間までにはかなり有る。 本当に残念。

f0066555_2125188.jpg ただうれしいことにそばの小プールで、イルカにどのようにしていくつかの芸を覚えさせるかの実演があった。

 最初はボールに触れさせるだけ。 水中に輪をいれ(ジャンプなしで)くぐらせる。
 少しづつレベルを上げていく。 合図には超音波の笛を使う。 …など。

 そしていくつかの基本的なワザを見せてくれる。
 上の1枚だけはたまたまタイミングが合ったが、ひたすらジャンプの後の水しぶきを撮っていた。



f0066555_21333465.jpg その後、今帰仁城跡など数箇所を回り今日の宿へ。

 前回来たのは、世界遺産に登録される前。
 その時は周囲の色々な施設など、一つも無かった。 そして入場料も無料だった。

 整備され、一方で新たな発掘も進められている。 入場料が遺産の維持・修理・発掘に役に立てば良いと思う。



 実はこの後、ウォーキングなどが好きな妻は比地大滝まで行くのを楽しみにしていた。
 その起点になる駐車場に着くと、無情にも「工事のため、3月末まで立ち入り禁止」の看板。

 近くの「やんばる野生動物保護センター」や、比地川上流までのドライブで時間をつぶしたものの、予定より大分早く宿に入ることに。
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by t_ichib | 2009-03-01 22:09 | 今日もまた旅の空