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イタリア⑧ 帰国
   4月21日(火) 最後のフリータイム-成田 ~ 22日(水) 成田-中部


 私は、旅行中に宿泊するホテルの設備などはあまり気にならない。
 以前のカナダ旅行では、確かに広くベッドルームとリビングが別だった。 でも、今回よりツアー代金が大分お高め、しかも夜9時近くにホテルに着き、早朝に出発するんでは、リビングを使う時間もない。
 食事だって、「昨日は何を食べたんだっけ?」と思い出せないくらいだし…


 「ヨーロッパのホテルはこんなもの」という添乗員の言葉にも、スイス・トルコくらいしか来てない私達は、「そうだろうな」と思うくらい。

 それでもイタリア最後のホテルはややゆったりの部屋、お湯が途中でぬるくなることもない。
 今朝、他の部屋の人が「良かったよ。 湯沸しがついていて、飲み物が用意されていて…」と。 「えっ、そんなの無かったよ!」
 この辺が、イタリアのいい加減さ? きっとメイドさんが置き忘れたんだろう?


f0066555_857743.jpg でもその代わり、私たちの部屋は表側に面し、朝から週2回催されている市場の賑わいを見られた。

 今朝は11時にホテルをチェックアウトするまではフリータイム。
 ゆっくり起きて、ゆっくりの朝食。 その後は市場をひやかして歩く。
 野菜・果物・お肉… みんな安そう。 でも、持っては帰れない。


 歩いて10分くらいのCO-OPのスーパーまで添乗員に案内してもらい、最後のおみやげを。
 途中のおみやげ屋で買った同じ品物の安さを目にし、唇をかみしめる人も。


f0066555_9243184.jpg そしてようやくイタリアを後に。

 行き帰りとも運よく窓側に座れ、窓の外のイタリアを眺めながら「また来たい。 でも、その前にスペインにも…」と、隣の妻は気が多い。

 最初にも書いたように、当面の1年間くらいは子守。
 今度はいつ出かけられるか?


 偏西風のおかげで、帰りはいくらか早く着く。 それでも12時間。 飛行機の中で旅行9日目を迎える。
 成田には日本時間で9:15に到着。


 私たちの一行はここから鉄道・高速バスなどで帰路に。 北海道・福岡の人もそれぞれ、11時・13時頃には成田を後にする。

 なのに私たちは18時にしか便がない!
 旅行中親しくなった人たち全てを見送った後、食事1回分長く成田に滞在することに。

 待ちくたびれたが、それに勝るくらい楽しかった。 また、成田から出発することになるかもしれない。
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by t_ichib | 2009-04-28 09:56 | 今日もまた旅の空
イタリア⑦ 高いところが好き?
   4月20日(月) ベローナ-ミラノ

 今日最初に訪れるのは、ヴェローナ。 聞いたような地名と思ったら、ロミオとジュリエットの舞台となった所なんだと。

 シェークスピアの創作した架空の話のはずなのに、ジュリエットの家というのまである。
 ガイドの説明によれば、ヴェローナの貴族の中にそうした話があり、イタリアの作家が小説にした。 それを目にしたシェークスピアが戯曲にした。

f0066555_1161049.jpg で、これがジュリエットが立ち、愛を語らったバルコニー。

 この下に金ぴかのジュリエットの像まである。 その像の豊かな胸に触れると、「永遠の愛が得られる?」とかで、次々に胸に触って記念撮影する人たちが。

 この庭に入る入口の壁は、落書きOK。 世界中の言葉でぎっしり、愛の言葉が?



f0066555_11144334.jpg シニョーリ広場

 近くのエルベ広場が市場で賑わうのと異なり、いくらか静かな雰囲気の広場。
 左が議会が開かれた建物、右は当時の貴族の邸宅。
 広場に立つのはダンテの像。

 ダンテの像はこれまでも各地で、「なんで?」と思うほどたくさん目にした。
 小国に分かれていたイタリアは言語も統一されていなくて、現在の公用語はダンテの「神曲」がベースになっている。
 イタリアの子供は、小学生になると「神曲」を暗誦させられる。

 イタリアを統一したエマヌエーラ2世と共に、国民の敬愛を集める存在なんだろう。


f0066555_12215518.jpg ローマのコロッセオより規模は小さいが、作られたのはこちらの方が古いというアレーナ。

 しかも現役。 毎年ここで野外オペラが開かれ、特に初日は世界中のセレブが、目の飛び出るような価格のチケットを買い求めるんだとか。
 毎日演目が異なるが、必ず「アイーダ」は毎年演じられる。

 右側にちらりと見えるのが、新市役所。 「新」といっても、200年だという。

f0066555_134110.jpg アレーナ・市役所の前は大きな広場になっている。 (なんと中央に緑の公園がある広さ)

 市役所の反対側にある舗装されたきれいな道は、昔は貴族しか通れなかった。 庶民は左側、当時は未舗装で牛馬の売買がされていた広場を歩いた。
 今はどちらを歩いても、爽快な気分でいられるが。



 ヴェローナを後にしてミラノへと向う。 途中、一面の菜の花畑などを車窓から眺めながら。
 ミラノのあたりだと、日本なら札幌と同じ緯度。 春が早いんだなぁと思う。


f0066555_13211273.jpg ミラノの最初はスフォルツェスコ城。 騎馬警官のお出迎え。

 城壁に囲まれた中庭は、当時練兵場として使われていた。
 城は美術館として無料公開されているが、私たちが訪れた月曜は閉館日。

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 まるでサイロのような丸い建物は牢獄。

 中庭に入って撮ったが、城の正面側にある。
 左右に2つもあるのは城のデザイン上のことだろうが、そんなにたくさんの囚人がいたのだろうか。


f0066555_1358954.jpg スフォルツェスコ城を通り抜けると、センピオーネ公園、その向うに見えるのが「平和の門」
 残念ながら、修復中で櫓が組まれ美しさ見えてこないが。

 ナポレオンの侵攻時、凱旋門として建てられたが、敗走後は碑文も改められ平和の門とされた。
 門上の戦車の像も、パリを向いていたのをミラノに向くよう変えられた。


f0066555_1417279.jpg バスはドゥオモの近くのスカラ広場で降りる。
 広場の中央にはイタリアが生んだ天才、レオナルド・ダ・ヴィンチの像が。

 ダ・ヴィンチの最後の晩餐の絵は、サンタ・マリア・デッレ・グラッツェ教会に掲げられているが、予約がないと入れないという。
 ガイドも当日券は「0とは言えないけど…」と、可能性の低さを匂わす。


f0066555_1434457.jpg ドゥオモに移動する前に、少々写真タイム。

 ダ・ヴィンチの像のほか、演劇好きな人には見逃せない「スカラ座」が目の前にあるんだから。
 お休みなのか、時間が早いからなのか、行列は出来ていなかった。


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 スカラ広場から、美しいアーチ天井(ガッデリア)の通りを抜けると、そこにはミラノ大聖堂。

 この大聖堂は実に500年の歳月をかけて完成した。 (そういえば各地で見た聖堂など、まだ建設中というものがあった)


f0066555_17333997.jpg ミラノ周辺は、1943年に連合軍の爆撃で4割が全壊、2割が半壊という被害を受けた。

 大聖堂も取り外せるもの(=このステンドグラス)は土の中に埋めて、破壊から守ろうとした。
 実際には連合軍側の配慮で、大聖堂は被害を免れた。



 ここで、夕食までの2時間ほど自由時間。

f0066555_17433799.jpg 有料だが、大聖堂の屋根に上る(エレベータ)ことが出来る。

 またもや、妻〇 私×
 〇〇と煙は、高いところに上がりたがる?

 私は上がらなかったが、中央の通路はすれ違うのにギリギリ。

 大聖堂には134本もの尖塔があり、中央にみえる最も高い塔に金のマリア像が位置し、残りの塔には聖人たちがマリアを守るように立つ。

 昔は、このマリア像より高い建物を建ててはいけないことになっていた。


f0066555_17535482.jpg おっちょこちょいな勇敢な妻が上から撮ったドゥオモ広場。

 この写真を見るだけで登った高さが分かり、想像するだけで足がすくむ。

 夕食の時間が近づいているせいか、広場の人の数もずいぶん少なくなっている。



 その夕食(イタリア最後の)は、ゆったりしたレストランでミラノ風カツレツ。 生野菜などもついていておいしかった。

 レストランに「ゆったり」と書いたのは、イタリアでは大勢のツアー客対象のレストランは少ない。(=添乗員の説明では) かろうじて席数だけ確保できるレストランのため、イスの背と背がくっつき、一度座るとトイレにも立てない。
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by t_ichib | 2009-04-27 12:23 | 今日もまた旅の空
イタリア⑥ 水の都
   4月19日(日) ベネツィア

 昨日のフィレンツェ、今日これから行くベネツィアは共にイタリア半島の付け根近くだが、半島の反対側。
 アペニン山脈越えなので、朝は7:40の出発。

 はるか向うに白く光る雪山がうっすらと見える。 懐かしいスイスの山々だ。 残念なことに近づくと、近くの山に遮られて見えなくなる。

 そして、少し雨模様。 この旅行中、時々雨に見舞われた。 幸いにも、バスの移動中、あるいは夕食中とかで、傘を広げたのはほんのわずかの間だったが。


f0066555_10261974.jpg バスを降り、ベネツィア本島にはこの船で渡る。

 ベネツィアは潟に杭を打ち、その上に土を積み上げた人工の島。
 海面に突き出した杭は、浅瀬に乗り上げないよう船を導く標識だという。

 その昔、外敵との戦争の時にはその杭を抜いて、敵を座礁させた。


 島で私たちを待ち受けていたガイドは、日本語が達者なイタリア男性。 シエナのガイド同様、少々口も悪い。

 例えば、何かの話のついでに「イタリア人にとって、フランスなんて泥棒みたいなもの」と言う。 イタリアの芸術品を持ち帰ってしまったナポレオンのことらしい。

 一方で、「他人のことは言えないで~す。 イタリアもエジプトから、聖マルコの遺骸を盗みました」とも。
 これも何百年前のこと。 小国に分かれていたイタリアは、それぞれの国ごとに守護聖人を必要としていた。
 エジプトに有った聖マルコの遺骸が、イスラム勢力に奪われそうな状況にあり、先回りしてベネツィアが奪い取り、守護聖人とした。



f0066555_113058.jpg ベネツィア本島は、自動車はおろか自転車さえ禁止。
 輸送・移動手段は手押し車と運河を利用した船に頼る。

 写真の手前は船着場そして海。 大きな船で運ばれてきた物資はここで、手押し車・小船に積み直される。
 輸送費がかかっている分、物価は高い。 昼食時に買った水は4.5ユーロもした。 (ローマなどでは2ユーロ、スーパーなら0.34ユーロが普通)


f0066555_11414255.jpg ベネツィア共和国の政庁だったドゥカーレ宮殿。

 議会場などのほか裁判所がある。 宮殿と牢獄は運河を挟んだ反対側に有り、「ため息橋」でつながる。
 囚人はそこで、最後の見納めにベネツィアを眺めたという。

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 私達もそのため息橋を渡り、牢獄の見学。

 実際にため息橋が出来たころには、ここに収監されたのは短期刑の囚人ばかりで、この世の見納めで渡った人はいなかったという。


 名高いベネツィアグラスの工房を見学。
 火災のおそれから大きな工房は他の島に移され、この島にはお店と観光用の小さな炉だけ。
 その炉でガラスを溶かし、見る間に美しい透明な馬を作ってくれる。

 そして、お店へ。 小物はともかく、ほとんどは目の飛び出るような価格。
 …と思うのは、私のような貧乏人。 私たちの一行の中にも、花瓶か置物かを包んでもらっている人もいた。



f0066555_12493746.jpg いよいよゴンドラに乗船。

 島には大運河・小運河があり、私たちは小運河を一回りするだけ。

 船の左右はこのように住居が立て込んでいて、美しい風景など見えない。

 テレビ映像で目にしていたほどの優雅さはない。
 船頭と歌い手は別々の組合があり、お互いの権益が保障されいる。 だから、船頭さんは「オーソーレミーヨ」とか歌ってくれない。
 川ではなく運河なので自然の流れは無く、周囲の住居から生活排水が流れ出る。 …だから匂いが鼻につく。


 ゴンドラの乗船(30分)が終わると、2時間近くのフリータイム。 私達もここで、ベネツィアングラスのほんの小物・ペンダントトップくらいをお土産に買い、後はサン・マルコ広場へ。

f0066555_17565210.jpg エジプトから運ばれたサン・マルコを安置したサ・ンマルコ寺院

 去年の秋、ベネツィアがアクア・アルタ(高潮)で水浸しになったのを日本でも見た。
 ガイドさんによれば、水は海からではなく下から湧き出るんだそうだ。 …干拓地だから。

 湧き出てくる水で浮き上がらないよう、敷き詰めた石の所々に穴があけられている。


 サン・マルコ広場の周囲は建物に囲まれており、1階部分はお店。
 右側の2、3階は美術館があり、先ほど入ったドゥ・カーレ宮殿との共通券。

 2階はオーソドックなものが展示してあったが、面白いのが3階。 ほとんどパロディ画ばかり。
 聖母マリアに抱かれたキリストが、くそガキのように描かれていたり、さらには乳房にむしゃぶりついていたり…
 他にも聖書のエピソードを茶化したようなものばかり。

 敬虔なカソリックがほとんどのイタリアで、「こんなことしていいの?」と思うほど。
 そのためか、3階への入口は分かりにくくなっている。 妻を含め、私たち1行の他の人は誰も上がった形跡は無かった。
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by t_ichib | 2009-04-26 12:51 | 今日もまた旅の空
イタリア⑤ 傾いた塔を支える観光客の群れ
   4月18日(土) ピサ-フィレンツェ

 ピサに向う車内で、添乗員が「斜塔に登りたい人?」 妻〇 私×
 希望者の人数を確認し、1.斜塔に登る人数が制限されている 2.事前予約(インターネット含む)者が多い 3.今日は土曜日なので、当日券も売り切れになる ことを断りつつ、現地ガイドに携帯で購入を依頼する。


f0066555_22272561.jpg ピサに入るとやってるやってる、斜塔を支えるポーズで記念撮影をする人たち。
 私たちの一行も全員がさっそく。

 その人たちの邪魔をしない位置で撮った斜塔。
 その前のちゃんとした大聖堂と比べて、傾いているのが良く分かる。


 待ち受けていた英語ガイドの女性と対面、幸いなことに希望者全員のチケットが購入できていた。

 チケットを配りながら、「あれ、だんなさんは?」と訊ねられる。 私は…荷物番。
 斜塔に登るには階段が急なためか、カメラを除き持ち物の制限がある。 もちろん、受付で預かってもらえるが。


f0066555_22354820.jpg 斜塔とは別に、洗礼堂・ドゥモの共通入場券も購入する。 こちらは全員が希望。

 前の写真のさらに手前に、このサン・ジョバンニ洗礼堂がある。
 古くは、きちんと洗礼を受けてから教会に入ったので、屋外の施設またはこうした洗礼堂が必要となった。


f0066555_2241052.jpg 建物内部に入り天井を見上げる。

 天井が高く、まん丸な形なので1~2秒もエコーが残る。
 060.gif ド~ ミ~ ソ~ とやると、一人でハーモニーを作ることが出来る。

 先ほどチケットをもぎっていた係員がおもむろに入ってきて、それをやってくれる。
 惜しいかな、ちょっと音程が…の声も。 もちろん後で、ナイショで。


f0066555_22525827.jpg 大聖堂の内部

 ピサは海運都市として発展し、11世紀中ごろに大聖堂の建設が始められた。
 斜塔はこの大聖堂付属の鐘楼で、12世紀に建設開始。 当初の計画でははるかに高いものになるはずだった。



f0066555_23291488.jpg フィレンツェに入る前に、ミケランジェロの丘に立ち寄り、市内を見下ろしながら小休止。

 中央やや左にサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂(ドゥモ)、白い鐘楼も見える。
 大聖堂だけでなく、街全体がいつまでも見飽きることのない美しさ。


f0066555_23444296.jpg フィレンツェ市内で昼食後、大聖堂へ

 大きな建物が多く、なかなか全体像が見えない。
 正面(=ファサード)には、彫刻・絵画が施され実に美しい。
 無料かつ土曜日だったからか、入場を待つ列は実に長かった。


f0066555_034762.jpg 内部には実にたくさんの絵画・彫刻があったのだが、暗いせいで手ブレ・ピンボケばかり。
 唯一このステンドグラスだけが少しマシ?

f0066555_074593.jpg 右は、大聖堂の真向かいにある洗礼堂の東扉

 ミケランジェロが「天国の門」と激賞したもの。
 実物は博物館に収蔵され、これはレプリカ。



f0066555_0143973.jpg 大聖堂のすぐ近くにあるシニョリーア広場。

 英雄ペルセウスがメデューサの首を切り落としたという神話の彫刻。

 この広場にはたくさんの彫刻が並べられ、有名なダビデ像だけがレプリカ。


 さらに、隣のウフィッツィ美術館に入る。 この日は「芸術の日」とかで、入場無料。
 同じ無料でも私たちは事前予約がしてあり、たくさん並んだ人たちより先に優先入場できた。

 大聖堂から私たちを案内してくれている日本人ガイドは、年配の女性で歯切れの良い言葉で、テキパキ説明してくれる。
 つまらない(彼女の基準で?)作品の前はすたすた通り過ぎ、優れた作品の前ではジックリと。

 修復のために持ち出された絵の変わりに置かれ絵などは、「あっ、それは見なくていいですよ!」とも。

 遠近法など美術史的なことも教えてくれ、いつもなら美術館などでは退屈してしまう私にも面白かった。


f0066555_037259.jpg 残念ながら美術館なので、撮影は禁止。
 唯一カメラを出しても良かったのは、ベランダのような所から外のアルノ川を撮る時。

 写真は雨の日でも傘を差さずに渡れる、屋根つきのベッキオ橋。

 美術館を出てからこの橋を渡ってみたが、屋根の下にはお店が並ぶ。
 それもほとんどが装飾品。 女性には目の毒になる橋だ…と。
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by t_ichib | 2009-04-26 01:06 | 今日もまた旅の空
イタリア④ 美しい塔の村
   4月17日(金) シエナ-サンジミニヤーノ-プラート

 イタリアは世界遺産の登録件数が世界一の国、昨日までいたローマはもちろん、今日訪れるトスカーナの古都シエナ・サンジミニヤーノは共に世界遺産。

 長距離を移動しながらの観光なので、ガイドはそれぞれの地区で私たちを待っている。
 シエナのガイドは日本語が堪能なイタリア男性。

 そのガイドの説明によると、シエナ建国の言われは「ローマ建国の神話をパクった」という。
 ローマ建国は狼に育てられた双子の兄弟による。 神話では弟は兄に殺されたことになっている。
 シエナでは、その弟の子供が黒馬・白馬に乗ってシエナに逃れ建国したことになる。


f0066555_13294720.jpg 世界遺産「シエナ歴史地区」の中心は、何と言ってもドゥモ

 ルネサンス期までは商業・芸術の面で、フィレツェと覇を争いこのドゥモもフィレンツェのものより大きく・高くを目指した。
 フィレンツェ・フランスの連合軍に破れ、シエナの繁栄は終わったが、その結果中世のたたずまいを残す美しい町が残った。


f0066555_13543666.jpg 教会の内部のステンドグラス・壁画なども美しい。

 左手には図書館があり、陳列されている当時の楽譜のような大判の本もすごいが、その天井の装飾も息をのむほどの華やかさ。


f0066555_13555392.jpg 床面には、色の違う大理石を組み合わせたモザイク画がいくつもある。

 右は、聖書を題材にしたモチーフ「ヘロデ王の幼児殺し」
 ベツレヘムで救世主が誕生したという話が伝わり、王の命令で幼児が皆殺しにされたというもの。
 他の床面の画も、聖書を題材にしたものなのだろう。



f0066555_14313799.jpg 世界遺産登録のもう一つの大事な要素がカンポ広場

 中世を思わせる建物に囲まれた、レンガで敷き詰められた緩やかな傾斜のある広場。

 年2回、広場の周囲に砂が敷かれ、パリオという裸馬の競馬が行われる。
 町の17地区の対抗で、騎手は落ちても馬さえゴールすれば優勝というから、きっと激しいレースなのだろう。

 わずか何分かで終わるパリオを見るために、世界中から集まった観光客が、この広場を埋め尽くす。


 ゴシック様式の美しい街並みを散策中に、建物の壁に取り付けられた輪っかに気がつき、ガイドに聞くと「昔の駐車場で~す」との答え。
 馬の手綱を結ぶものだったという。 一つ余分の知識、得した気分。



 サンジミニヤーノは美しいたくさんの塔で有名な村。
 ここのガイドは英語を話す女性、添乗員さんが日本語に約し私たちに伝える。

f0066555_14563321.jpg 村に入る5つの門の一つ、サン・ジョバンニ(=聖ヨハネ)門
 もちろん、この門もドゥモ・ドゥモ広場などと共に世界遺産の重要な要素。

 通行許可証の無い車は、この先には入れない。


f0066555_15165191.jpg サフランの栽培で繁栄したこの村には対立する2派があり、お互いに高い塔の上から相手を監視しあい、やがて塔の高さの競いあいに。

 現在は14の塔が残されているが、最盛期には72の塔があった。
 1番左の塔には窓が無い、高さだけの競いあいから実用性のない塔まで生まれた。


f0066555_15262035.jpg 世界遺産とは関係ないが、この村の重要な要素が世界コンクールで優勝した、このジェラート屋さん。

 店の前には長い行列が出来ていた。
 世界一だというのに、1.7ユーロとやすい! ローマや他の都市では2.5ユーロはしてた。



 復活祭が終わったこの時期、たくさんの小学生が遠足などでここに来ていた。
 思わずガイドさんが「バンビーノ、うるさい!」と言った。 バンビーノはイタリアでは子供のことで、複数だとバンビーニ。

 その夜、天気予報が知りたくてまったく分からないイタリア語のテレビを見ていて、「バンビーノ」という言葉だけが聞き分けられた。
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by t_ichib | 2009-04-25 16:01 | 今日もまた旅の空
イタリア③ 終日フリータイム
    4月16日(木) 市バス-地下鉄-街歩き-市バス

 ローマのホテルには3連泊、今日は終日フリータイム。
 半数強の人がオプションの「青の洞窟めぐり」に出かけた。 事前に海が荒れて、洞窟に入れないことが多いと聞いていたので、パス。

f0066555_22572059.jpg 海外で公共交通機関に乗るのは始めて。
 添乗員さんの懇切丁寧なアドバイスを受け、バス・地下鉄を乗り継ぎテルミニ駅へ。

 先月イタリアに来た息子たちが遭遇したようなトラブルに見舞われること無く、テルミニ駅に着く。

 テルミニ駅は乗降客数48万人のローマの玄関口。 日本のような改札口はなく、ホームまで入って列車を撮影できた。
 通勤時間を過ぎたこの時間帯も、観光客などで賑わっていた。


 駅からはコロッセオ方面に、道を下る。

f0066555_23124813.jpg 少し行くと、サンタ・マリア・マッジョーレ教会。

 姿の美しい教会で、教会前の広場にはたくさんの人が。
 この広場も、他の広場と同様オベリスクが建っているが、1枚の写真に収まらなかった。
 教会の後ろにも少し傾斜した広場があり、駅からは先にそちらに着く。


 日本のお寺と違い、イタリアの教会ではほとんど撮影可。 一部に絵をいためるからとフラッシュ撮影はだめな所もある。

f0066555_2330292.jpg さらに道を少し下った所にあるサン・ピエトロ・イン・ビンコリ教会にあるモーゼの彫刻。
 なんとこれもミケランジェロ作。

 教会名のビンコリは鎖の意味で、聖ペトロが牢獄に繋がれていた時の鎖が、祭壇に祀られている。



f0066555_23415653.jpg 行く手に昨日も周辺を歩き回ったコロッセオが見えてくる。

 イタリアも日本ほどではないが、地震が多い国。 地震で家屋が壊れた時、ローマ市民がこの遺跡に使われていた石材を持ち帰り、修復したとかで無くなっている石も多いとか。

 写真の写っている側は、その中でも多く原型をとどめている。


 コロッセオ・パラティーノの丘・フォロロマーノの3ヶ所共通入場券の購入は、「パラティーノで買った方が行列が少ない」と添乗員さんのアドバイス。

f0066555_23524728.jpg それでもチケットを買うまでに、かなりの時間を並んで待った。

 パラティーノは古代ローマの時代、皇帝や貴族の住居が有った。
 丘の上にあるので、古代の貴族たちも今私たちがしているように、ローマの眺望を楽しんだのか。


f0066555_033938.jpg 人の流れと、時々ある標識に従ってパラティーノからフォロ・ロマーノに出る。

 フォロ・ロマーノは古代ローマの政治・経済の中心地。

 実際に歩いて見ると、周囲からは一段と低いくぼ地。 「なんでこんな所が?」という疑問。

 古代周辺の集落が集まって会議をするのに、住む人のいない中立の原野が選ばれ、その後発展したとか。
 さらに、西ローマ滅亡後は土砂に埋まって見捨てられ、現在は発掘が進められている。


f0066555_0184690.jpg コロッセオに入場。
 コロッセオはローマ皇帝による、ローマ市民の人気取りの施設。

 当初、異教徒だったキリスト教徒を猛獣と戦わせたり、奴隷である剣闘士同士を戦わせた。

 地方にある同じような施設にはアレーナ(日本ではアリーナ)と呼ばれ、競技場の意味ではなく砂を意味する。

 猛獣? 人間? の血が流れると滑るので、滑り止めに砂がまかれることから、その施設をアレーナと呼ぶようになった。



f0066555_8592398.jpg 昨日はバスの車窓から眺めただけのエマヌエーレ2世記念堂。

 ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世は1870年、イタリアを統一した英雄。
 建物自体はイタリア人の好みに合わず、タイプライターとか軽蔑を込めて呼ばれる。
 もう一つ、設計がアメリカ人だということも気に入らない理由なのかも。


f0066555_0363110.jpg 記念堂から見たベネツィア広場

 広場の名は左側に建つベネツィア宮殿から。
 ベネツィア出身のローマ教皇が住んだことからベネツィア宮殿と呼ばれる。
 宮殿のバルコニーからは、ムソリーニが演説したこともあり、ローマの中心地。


 昨日、添乗員さんから頂いたローマの地図を片手にここまではちゃんと来られたが、次に目指したパンテオンには、途中で左に曲がる所をまっすく来すぎてしまったよう。

 気がつくと、また別のオベリスクのある広場。 どうやらココロ広場まで来てしまった。 歩き回って少々疲れてもいたので、引き返さずそのままテベレ川方面へ。


f0066555_9194279.jpg そのテベレ川沿いに建つサンタンジェロ(=聖天使)城

 当初は霊廟であったが、ローマが外敵に攻撃にさらされると、要塞・牢獄・避難所としても用いられた。
 城の名の言われは、6世紀末にペストが大流行した時、大天使ミカエルが城の頂上に立ち、ペスト終焉を告げたというもの。 城の上には青銅の天使の像。

 城の内部は、イタリアでは数少ない撮影禁止の場所。 屋上から市内の眺望を楽しむ。


 サンタンジェロ城からバチカン・サン・ピエトロ広場、リゾルジメント広場へと進み、そこでホテルへ戻るバスに乗車。

f0066555_9521036.jpg ローマ市内の交通機関は、4ユーロで何度でも乗降できる1日券と、1ユーロで最初の刻印から75分以内なら乗り換え可能なチケットがある。 バス・地下鉄共通。

 見ていると乗車時に刻印していない乗客もあり、「もしや無賃乗車?」
 時々、抜き打ちに検札すると言うことだが、善意で成り立っている?


 ホテルへの帰り道、スーパーマーケットでの買物体験。 チョコレート・チーズ・パスタ… お土産屋で買うより格段に安い。

 イタリアでの3食には、生野菜・果物があまりついてない。 果物が食べたい!
 見るとキロ単価、近くには秤が置いてある。 「どうやればいいの?」 店員を呼ぶと、全てやってくれた。
 1.果物・野菜が置いてある棚の番号を押す。 2.果物・野菜を秤に載せる。 3.単価・キロ数・価格が印刷された紙が出てくる。 4.その紙と品物を一緒にレジに出して購入する。

 この秤のシステムは、路上で商っている朝市でも見られた。
 私たちの一行の中には、そのまま品物だけを持ってレジに並び、レジの流れを止めてしまい恥ずかしかったという人もいた。



 私たちの失敗談というと、待ち歩きの途中に良い香りに惹かれコーヒーを注文し、砂糖を入れなければとても飲めない、濃く苦いエスプレッソを出されたこと。
 イタリアでは単にコーヒーというとこれが出てくる。 次からはカプチーノにすることにした。
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by t_ichib | 2009-04-25 09:01 | 今日もまた旅の空
イタリア② ローマの休日
    4月15日(水) バチカン教国-コロッセオ-トレビの泉-サンピエトロ大聖堂-スペイン広場


 1晩グッスリ休んで、いよいよローマの観光スタート。
 イタリアのことに大変詳しい添乗員さんがついているのだが、観光客は日本人ガイド、あるいは日本語が堪能なイタリア人ガイドが案内する。
 さらに、日本語が話せないローカルガイドがついて、ガイドのサポートをする。 これは多分イタリアの雇用対策のようだ。


f0066555_17534911.jpg イタリアの中の独立国、バチカン教国に入る。
 パスポートは提示しなかったが、荷物検査があった。
 館内の美術品を傷つけないよう、ナイフなどは持ち込めない。 (たしか、水も?)

 豪華な天井の装飾、通路の両側を飾る数々の美術品を見るため、目と首が忙しい。

 ラファエロ・ミケランジェロ・ダビンチくらいの名前しか知らないのだが、この一つ一つが大変な美術的価値のあるものなのだろう。


f0066555_188343.jpg システィーナ礼拝堂の壁画「最後の審判」
 天井画「天地創造」と共にミケランジェロの作。

 製作中から儀典長などから裸体が多いことを非難され、後年他の画家により着衣が書き加えられた。
 芸術を理解しない儀典長を恨んだミケランジェロは、その人物の顔を地獄に描いた。
 …など、逸話の多い絵でもある。 (あれっ、礼拝堂内は撮影禁止ってガイドさんが言ってなかった?)


 システィーナ礼拝堂は、次の教皇を決めるコンクラーヴェの会場。 日本でも報道されたあの黒い煙・白い煙を出す煙突はその時にだけ設置される。


f0066555_2021394.jpg サンピエトロ大聖堂は午前中はミサが催されており、実際には昼食後に再度バチカンへ戻り入場。

 いつものことなのか、あるいは午前中ミサで入れなかったせいなのか、入場を待つ人はサンピエトロ広場を半周以上連なる。

 普通なら待ちくたびれるのに、周りの建物をバックに記念撮影するなど、退屈することが無い。

f0066555_2020386.jpg ここでも驚かされるのが、ミケランジェロの天才ぶり。

 ピエタ(=慈悲) 磔台から降ろされたキリストを抱く聖母。
 まだ名声を得る前の若い頃の作で、この作品が話題になった後(当時は教会の彫刻には入れなかった)署名を入れた。
 ピエタを作ったのが他の作家と誤って伝わったのを、悔しがったからとも言われる。



 ローマ市内は、映画「ローマの休日」の舞台になった名所は私たちが回っただけでも数え切れないほど。
 「ローマの休日」は実際には見ていない。 でも「真実の口」に手をかまれたグレゴリーペックを見たような?

 不思議なことに、私よりはるかに若いのに、映画を知っている? 見ている?らしき人(特に女性)が多い。

f0066555_20455026.jpg コインを投げをしたらもう一度ローマに来られると、大人気のトレビの泉
 妻も、やってました。

 後で「3回投げたら、恋人(亭主)と上手く別れられる」という、俗説があると聞いた。 …何回投げてた?


f0066555_2057622.jpg スペイン広場は、近くに古くからスペイン大使館があるため名づけられた。

 ヘップバーンがジェラードをなめたのは、このスペイン階段だったっけ?
 この日もたくさんの人が階段に腰を下ろす。 写真を見る限り、ジェラードは写ってないが。


f0066555_21153550.jpg スペイン広場から程近いポポロ(=市民)広場

 中央にオベリスクが立ち、噴水がある… という広場(piazza)がローマにも何ヶ所も、フィレツェ・ミラノ・その他の地方都市にもあり、だんだんごっちゃになって来る。

 が、ここは特別、古くからの交通の要所であり、ローマの入口に当る。 市内に向け放射状に3本の道が広がっている。


 ローマで目に付いたことを、一つ。
 駐車場が少なく、道路の端にラインを引いた有料の駐車スペースが設けられている。
 その中でも異彩を放っているのが、「スマート」という2人乗りの小型車。 日本でも良く見かけるが、ローマではすごく多い。
 他の車が道路に平行に停めているのに、スマートは直角に停められる。

 日本車は少ない。 しばらく前まで日本車に高い関税をかけていたと、ガイドが言っていた。
 最近では、トヨタのハイブリッド車のタクシーも増えている。
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by t_ichib | 2009-04-24 18:40 | 今日もまた旅の空
イタリア① 遠~い
 この春は卒業、新しい職場。 めまぐるしい環境の変化に戸惑い気味だった息子の生活にも、ようやく落ち着きが。

 一方5月の連休明けには、1年間の育児休暇をとっていた娘が職場復帰する。
 もうすぐ1才になる彩乃は保育園に。 小さな子はいつ体調を崩し保育園を休むかもしれないので、半年あるいはもうしばらくの期間は、旅行などには出かけられない。

 「出かけるんなら今しかない。」 …と。


    4月14日(火) 中部空港-成田空港-ローマ空港

 3月くらいから、「イタリアか、スペイン方面で?」と旅行社に相談。 こちらのツアーは満杯、あちらのツアーは希望者が集まらない…。

f0066555_21351079.jpg そんな中、勧められたのが成田発のツアー。
 どっちみち中部空港からだと、ヨーロッパのどこかで乗り継ぎ。 成田からだと直行便がある。
 同じ乗り継ぐのなら、国内での乗り継ぎの方が分かりやすいか?

 成田空港は始めての利用。 もしかすると、今後はこの空港を利用することが増えるかも。


 割安のせいか、大人気で44名×2グループ。 ちょっと大勢で、添乗員さんは苦労するかもしれない。

 あとで分かったのだが私たちのグループ44名には、北海道から8名、青森2名、福岡2名、私たち名古屋2名が他の空港からの乗り継ぎ、福島からの4名は高速バスで前日空港近くのホテルに宿泊。
 長野からの参加者もあり、およそ半数は首都圏以外から。


 うれしいことに新婚さんが3組。 初々しい姿を見るたび、ちょっと頬が緩む。


 そういえば、娘夫婦の新婚旅行もこうしたツアーに参加し、同じイタリア。 同じように周囲から温かい目で見られ、同じように色々と詮索されたことだろう。

 息子が卒業旅行にと、3月に5人の友人と旅行したのもイタリア。
 この次に家族が揃った時には、写真を見ながら共通の話題に出来るだろう。


f0066555_2159519.jpg それにしても、イタリアは遠い。
 朝5時に自宅を出発、セントレア7:50発-成田9:00着。
 成田13:20発-ローマ現地時間18:30着(時差7時間)。
 ホテルに着いたのは20:15、自宅を出てから通算すると、なんと22時間。

 疲れと明日のために、すぐに就寝。
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by t_ichib | 2009-04-23 22:09 | 今日もまた旅の空
ボケ防止?
 私はよく図書館を利用する。 そのことで近頃、よくくあること。
 面白そうなタイトルに引かれ借りてきた本を2~30ページも読んで、ようやく以前に読んだ本であることに気づく。
 子供の頃読んだ本などはしっかりあらすじを覚えているし、子供たちに毎夜読み聞かせた絵本など、語呂がいいので登場人物のセリフまで口をついて出てくる。

 それなのに、2~30ページも読み進まないと気が付かないなんて…
 例えば推理小説。 枝葉末節のスジはともかく、情けないことにメインの「誰が犯人なのか?」が最後まで思い出せない。
 最初に読んだ時と同じように楽しめ、それはそれでいいのかもしれないが。

 やっぱり年のせい そして〇〇の兆候?

 妻は退職後、〇〇防止のため子供たちが残していったピアノの練習を始めた。 始めはたどたどしかったが、近頃では少しサマになってきた。
 指先を使うことが防止につながるとか…


 最近、私がやり始めたこと。 Visual C#と言うプログラム。 Microsoftのホームページから無償でダウンロードできる。
 Basicなみのやさしい言語ながら、いろいろなことができ楽しんでいる。
 そこそこに頭を使うし、指先を使うし… きっとボケ防止にもつながるはず。


 会社勤務の時と違い、仕事でパソコンを使うことも、ましてプログラムを組むこともない。 それでも、参考書を片手にいろいろ動かしてみると、なかなか面白い。

 覚えることより、忘れることのほうが得意になってきたが、いろいろやっているうちに新しい発見もあり、時間を忘れて楽しめる。


 先日、「毎日、何してるの?」と聞かれたが、子守・旅行にコレも付け加えておこうかな。
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by t_ichib | 2009-04-12 15:33 | 今日もまた老年プログラマー
懐かしい顔ぶれに
 以前勤務していた会社の「OB会」に出席してきた。
 毎年1回開催されており、京都・上高地等々へのバス旅行などに出かけてきた。 今年はごく近場の温泉施設で、懐石料理のランチと入浴を楽しむことに。
 幹事さんご苦労様。

 毎年のことでもあり、近くに住んでいる人たちとは地域行事で出会うこともある。
 それでも離れた所に住む人とは、久しぶりの再会。 「どうしてる?」という会話があちらこちらで。

 会社全体のOB会ではなく、近くの工場に在籍した人たちが対象。 80名ほどに案内状を出したが、集まったのは20名ほど。
 当然高齢者が多く、一方若い人は再就職されている人も有り、20名と言うのは良く集まったというべきか?



 毎年、(もともと知ってはいるが)新しい顔ぶれを迎える。
 その中に、定年はまだ1、2年先のはずの顔を見つける。 聞くと「希望退職に応じた」と。

 私自身も数年前、希望退職で辞めた。 そのときに比べ、今は数段深刻な不況に見舞われている。 だから「希望退職」を募集するのも当然か…



 私がいた会社はある企業の子会社で、親会社から社長や、取締役等が派遣されてくる。
 長くて数年でトップが替わり煩わしくはあるが、月に1回ほど本社に出かけ時には的外れのお小言を聞いてくる位で済んでいた。

 それが、最近になって課長クラスまで派遣されてくる。 そうした人たちのポストを開けるためか、私がいた頃に将来を嘱望されていた若い人たちが、閑職に追いやられている。
 わずか2年前に定年になった人も、「へぇ~、そんな風になっているの?」と驚きを隠さない。 あるいは怒りか?



 家に帰ってから、一抹の淋しさとともにそのことを妻に話すと、「親会社のほうも、人を減らしたいんだね!」と一言。
 子会社と言う受け皿がなければ、その人たちもリストラにあっていた。

 とはいえ、その人たちを受け入れ、一方で「希望退職」をする。 …やはり腹がたつ。



 そんな話をしていたのは、ごくわずかな時間。 大半は、都合で出席できなかった人の近況を含め、楽しい話題ばかり。
 中には介護施設でボランティアをされている人も。 少し先輩の元部長で、すっかり入所者たちから顔を覚えてもらい、頼りにされている。

 私自身は「毎日、何をしてる?」と聞かれ、困った。 孫の子守、旅行、あとはタダぶらぶら…
 楽しかったが、ちょっと反省させられるOB会でもあった。
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by t_ichib | 2009-04-12 10:09