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親ばかの旅② ⇒突然中止
 今度の旅に出発する直前、下の孫娘あやのが胃腸カゼのためダウン、木曜から金曜日にかけて我が家で面倒を見ていた。
 嘔吐と下痢、心配だったが、息子との約束・宿の予約等もあり、土・日での回復を期待して出発。

 が、昨夜の宿から電話した結果は、嘔吐こそ治まったものの下痢はまだ続いている。 今日の月曜は両親のいずれかが会社を休む。 火曜日以後は旅行を中止して、私たちが面倒を見る。


 それでも今日1日はフリー。 せっかくここまで来たのだから、房総半島の半分くらいは回りたい。

f0066555_11133652.jpg 鋸山・館山近くの海岸などで風景を楽しんだ後、州崎灯台へ。

 ここでは、私たちと同年令らしきご夫婦が2組、お互いに写真を撮り合って、「春はどうしても空がモヤ~っとしていますね」などと言葉を交わす。
 ここからは、三浦半島や伊豆大島も見えるはずなんだが。


f0066555_12325083.jpg 灯台から戻る途中で、しきりに鳴き声をあげるウグイスを目にする。
 いつもなら「声はすれども…」なのに、今回は電線に止まり鳴くたびに体を震わせているのまで見える。

f0066555_12365726.jpg
 今回の旅行を思い立った理由のひとつに、新しいカメラ(IXY-10S)もある。
 今の機種(SP-550UZ)も気に入っているが、図体がでかく女性向きでない。

 右上の電線の上の黒い点の部分がこれ。 【AUTO】でこれ位に写るんだから、妻のカメラの上々のデビュー。
 地味でスズメのようにも見えるが、まぎれもなくウグイス。

 今まで旅先で出会う人のカメラの、コンパクトさ・画面の鮮やかさに驚かされてきたが、これからは妻の旅の必需品になる。



 道の駅やちょっとした浜辺を転々として、房総半島を下る。

f0066555_12235078.jpg 房総半島最南端の碑、後方に小さく見えるのは野崎台灯台。
 200円の入館料で灯台の中を見学できる。 らせん階段になっており、ゆっくり登っても目が回るのに、「目が回る」と叫びながら駆け下りてくるカップルがいる。
 失礼ながら、そう若くは見えなかったけど、元気さは十分若い。


 昨日が長いドライブだったので、今朝はゆっくりの出発。 そのためこのあたりでお昼。

 お店の前に(記憶違いでなければ)「かしゃっけの卵とじご飯」と、日替わりメニューがあった。
f0066555_13194953.jpg 貝の1種で、この土地の呼び名。 この時期しかなく、それも毎日は採れないそうで、印刷したメニューには載せられない限定品だそうだ。
 「何?」と聞いた妻に、この貝殻まで見せて親切に説明してくれる。

 さっそく味わってみた妻によると、「なかなかおいしかった」よう。

 漁港にあるこのお店は、宿・釣り船・食堂の多角経営? お店にはお客さんが吊り上げた大物の魚拓が飾られていた。
 奥さんによると、アクアラインとそれに続く道路が整備された結果、観光客の流れが鴨川方面に集中し、「以前より減った」そうだ。



f0066555_193240100.jpg 立ち寄った道の駅「ローズマリー公園」
 美しい庭園のほか体験教室などがあり、参加する大勢の小学生たちと出会う。

 1杯100円の生ジュースがおいしく、農産物のシメジ500円もボリュームがたっぷり、お土産に買ってしまう。



 その後は、清澄寺の大杉や太東崎灯台に立ち寄ったのを最後に帰路に着く。
 娘は旅行途中で引き返したことに申し訳なさそうだったが、翌日はとても観光などできそうもない大降り、先週に続いて孫の顔を見られることになったし。

 翌々日の水曜日にはすっかり病気から回復し、いつもどおりのおてんば娘に。
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by t_ichib | 2010-04-26 22:45 | 今日もまた旅の空
親ばかの旅①
 息子が就職して1年。 先月会社の寮を出て、マンション住まいとなった。
 寮は横浜にあり、息子の所属する事業所に通うには少し遠いというのが、引っ越しの理由。
 寮とは言っても、バス・トイレつきの贅沢なくらいの個室、将来転勤の可能性もあるし、親としては「もう1~2年ようすを見てからにしたら…」とも思うのだが。

 港区三田の1Kの部屋、京都の学生時代の部屋より少し狭いくらい。 それでいて部屋代は倍位の10万円。 会社から住宅手当が6万円支給されるそうだが、田舎暮らしの親にはびっくり。
 岐阜市に住む娘夫婦のマンションだと、2LDK・車庫付きで8万ちょっとなんだから…


 そんな気持ちを抱きながらも、どんなところに住んでいるのかを見て安心もしたいし、少々の荷物を積み込んだ車で東京に向かう。 ついでに千葉・茨城・埼玉などで3~4泊、観光もしてと。

 前回首都高速で道に迷ったので、今回はgogleのルート案内で、2~3日前から予習。



 途中3回ほどSAで小休止をとり、約4時間半で東京着。
f0066555_9355046.jpg ここ2、3回この近くを通りながらも、雨だったり夜だったりで見られなかった富士山。

 トンネルを抜け目の前に大きな姿を現したのに、100kmで走っているので、「カメラ、カメラ」と助手席でごそごそ探しているうちに、次の山に隠れてしまう。


 予習の成果とカーナビのおかげで無事息子のマンションに到着。
 築後1年と新しく、狭いながらも機能性に優れているので、10万の家賃にも納得。 何よりも息子が元気そうにしているので…
 ランチは学生時代と違い、息子のおごりで。 …無理やり。



 息子のところでは3時間ほどゆっくり。 そして再び首都高速からアクアラインへ。

f0066555_1027169.jpg ぜひ行ってみたいと思っていた「海ほたる」
 「駐車場満車」の表示を何度も見て不安になったが、東京側からの侵入はスムーズ。 反対の木更津方面からはすごい渋滞。
 潮干狩りなどを木更津方面で楽しんだ帰りに、「海ほたる」に立ち寄ろうとした車が多いのだろう。

 東京湾を取り囲むようにそびえる高層ビル、反対側の木更津が一望でき、お天気も絶好。
 撮った写真を改めて見てみると、大きな船に乗っているかのようにも思える。


 後は潮が満ちてきて、潮干狩りの観光客が帰った後の海岸線を通り、君津のホテルへ。
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by t_ichib | 2010-04-25 23:25 | 今日もまた旅の空
スペイン⑦ 再び長~い帰路に
 最終日は、ちょっとのフリータイムと長い帰路を残すのみ。 長旅に備えゆっくり睡眠をとった人、部屋でノンビリ過ごした人。
 貧乏性の私たちは、最後の街歩きへと。 (そんなに早くからではなかったが。)

f0066555_9324639.jpg ホテル周辺はバルセロナ郊外の住宅街。

 通りの中央は広い歩道。 左右に車道が走る。
 私たちの泊まった小さめのホテルでも、地下2階が駐車場だった。
 このあたりのアパートも、地下などに駐車スペースを持っているんだろうが、路駐も目立つ。
 交通量も多くないので、支障がないのだろう。

f0066555_9401974.jpg 大通りと交差する狭いほうの通り。
 こちらは中央が車道。
 大通りとの交差点に花のプランターが置かれ、車が入ってこられないようになっている。 平日は車の進入禁止?

 私たちが歩いた朝8:30頃には、お店もパン屋が開いている程度。 出勤を急ぐ人たちと出会う程度。

f0066555_9464865.jpg その通りの突き当たりに、こんな可愛らしい家を発見。

 昨日見たばかりのグエル公園の「毒キノコ」の家みたいだったが、こちらは実際に人が住んでいる住宅らしい。



 最後に町や公園で見かけた、日本では(私にとって)あまり見たことのない鳥を2種。

f0066555_9591062.jpg 全身真っ黒なのでカラスの仲間と思うのだが、くちばしが黄色い。
 大きさは鳩と同じか、少し小さめ。

 日本のカラスも、真っ黒でなくてどこかに色が付いていれば、あんなに群れていなければ、あんなに品のない泣き声でなければ… あんなに嫌われることもないのに。

f0066555_1083475.jpg 帰国してネットで調べてみると、カササギ?
 上の写真はキハシカラス?

 どうやら、カラスの仲間ばかり撮ってきたらしい。
 少なくとも、下の写真は嫌われ者ではないらしく、同行の皆さんも「まぁ、きれい!」とカメラを向けていた。


 という訳で疲れはしたが、楽しい旅だった。
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by t_ichib | 2010-04-08 23:26 | 今日もまた旅の空
スペイン⑥ ガウディ一色
 バレンシヤのホテルを出発してまもなく、世界遺産ラ・ロンハに立ち寄る。
 旅の日程表には、昨日の夕方に立ち寄る予定となっていた。
 「夕方は渋滞するから」と、運転手の勧めで今朝に変更した。 道路も狭く交通量も多いので、本来なら下車観光ができない所。

 「どうだ、俺の言ったとおりだろう!」と得意そうだが、おかげで昨夜ゆっくり買い物ができたことまでは、気づいていなかっただろう。


f0066555_103333.jpg ラ・ロンハは絹の取引所だったそうで、当時のバレンシアの経済力を示すものだそうだ。
 といっても、車窓から下車観光に変わっただけで、中を見学できないので、すばらしさは分からない。
 建物だけなら、通りの反対側に建つ教会のほうが豪華。 そちらで記念撮影する人も。



 そこからは、バレンシア市内を車窓から見るだけで、一路バルセロナへ移動。



f0066555_10544247.jpgf0066555_10545354.jpg バルセロナに着くと車窓からだが、ガウディや彼のライバルたちが設計した建築物を見て回る。
 当時のお金持ちたちが建てたもの。
 こんな大きな家でどんな風に暮らしていたんだろう。 現在では、商業施設等に改装されているんだろうが。



f0066555_1152177.jpg サン・パウ病院
カタルーニャ音楽堂とともに、モンタネールの設計で世界遺産。

 ごく最近まで病院として使われたいたが、現在は新しい病院が立てられ、ここは資料館として保存される。
 その工事が行われているため、中を見学することはできなかった。



f0066555_1126116.jpg グエル公園は施主のグエル伯爵とガウディにより、自然と調和の取れた分譲住宅として開発された。

 2人の発想・価値観が理解されなかった。 当時の市内からは離れていて不便だった。 …などで売れたのはわずか2軒(グエルとガウディ自身)。
 そしてグエルの死後は、公園として市に寄付された。
 写真は2階建ての遊歩道。


f0066555_11405027.jpg 気持ちの良い広場
 周囲はぐる~っとベンチになっていてくつろげる。

 広場を支える柱には、(今は取り外されているが)浄化装置が組み込まれていて、そんな所にもガウディの自然へのいたわりが感じられる。


f0066555_11531798.jpg 毒キノコの屋根のある家

 ぱっと見た瞬間、グリム童話(国が違う)を連想してしまった。 こんな建物が左右に2つ並んでいる。

 ガウディ自身が住んだという家が記念館として残されているが、そちらはシンプルなのでこれは住宅ではない施設だったかも?

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 公園のシンボルになっているドラゴン、でもどう見てもけばけばしいトカゲ。
 よだれのように見えるのは噴水。

 小学生らしき子供たちが写生に来ていたが、毒キノコ・トカゲはその人気の的。



 世界遺産というと、何百年・何千年を経た歴史遺産を思い浮かべるが、上の病院・公園とも100年足らずのものが指定を受けるのは、高い芸術性を持つ文化遺産だからだろう。
 最後のものは、世界で唯一建築中というのだから、それもまたスペイン人の自慢だろう。



f0066555_12404528.jpg スペインの世界遺産というと、アルハンブラについでこの聖家族教会(サグラダファミリア)

 あまりにもでかいので、入場前に道路の反対側から撮っても全部が収まらない。

 そしてどうしても、いくつもの大きなクレーンがその中に入ってしまう。
 東側は「生誕のファサード」と呼ばれる。


f0066555_1372796.jpg 上の写真に見られる3つの門は左から、父ヨゼフの門・イエスの門・母マリアの門とされる。

 その門の上には右の写真のように、聖書に書かれた逸話「受胎告知」、ローマ兵による「嬰児虐殺」などが彫刻されている。


f0066555_13181244.jpg ガウディは詳細な設計図を作成せず大型の模型を作り、それに基づいて建設が進められた。

 ガウディ自身は敬虔なカトリックで、ライフワークとした教会建設に資材を投げ打っていたので、みすぼらしい姿で建設現場に通った。
 事故死した時もその身なりゆえ、すぐには彼と分からなかったという。



f0066555_13573533.jpg 彼の死後もその建設は進められており、完成予定は100年後とも言われている。

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 西側は「受難のファサード」と呼ばれ、キリストのはりつけ・復活などの逸話が彫刻されている。

 右の写真でも明らかなように東側とは作風が違い、その現代アート風なタッチは不評といわれている。



 以上で、今回の観光は終了。
 ホテルに戻るまで2時間ほど、カタルーニャ広場で自由時間。 せっかくの機会だったのに、セグラダ・ファミリアのあたりから振り出した雨のため、近くのデパートめぐりで時間を費やさざるを得なかったのが残念。

 お土産屋で買った絵皿と同じようなものを見つけたが、こちらはさすがデパート価格。 お土産屋のほうが安かった。
 オリーブオイルを買った人のような、ショックを受けずにすんだ。
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by t_ichib | 2010-04-07 23:43 | 今日もまた旅の空
スペイン⑤ アルハンブラまでは徒歩で~♪
 昨夜が遅かった分少し厳しいが、8時には全員が集合。 アルハンブラ宮殿はスペインでももっとも人気の高い観光名所。 時間まで指定された完全予約制、予約なしにここに来た観光客は何時間も待たされることも。
 だから、どんなにきつくても予定時間に出発せざるを得ない。


 バスに荷物を積み込むと、再びバスを降り歩いて出発。 実は宿泊したホテルはアルハンブラ宮殿のすぐそば。
 5分か10分も歩けば、チケット売り場に着く。 そこで今日のガイドと合流、ジョークで私たちを笑わせる達者な日本語を話すスペイン人。

 入り口はチケット売り場のすぐ脇、そこから入るものと思っていたのに、外の道路に沿って歩き出す。 説明はなかったが、団体入り口は別になっていたのかも?



f0066555_2105561.jpg チケット売り場から反対側の入り口までひたすら歩いたのだが、ガイドのジョークと日本で見かけない木々・草花の説明があり、短く感じられた。
 入り口を入ったものの、中でも渋滞や混乱がないように、グループごとに間隔をあけて入場。
 待ち時間に宮殿の外観をパチリ。



 アルハンブラは「H」を発音しないので、スペインでは「アランブラ」と呼ばれる。
 そしてスペインを支配していたイスラム勢力が、各地から追い出されていく中、最後までイスラムのとりでとして残ったのが、このアルハンブラ。
 それだけに、スペイン各地からイスラムの職人たちが集まり、この宮殿はイスラムの文化・技術・芸術の最高峰といわれる。


f0066555_21191879.jpg 最初に入ったここは、キリスト教勢力がイスラムから支配を取り戻した後の、「カール5世宮殿」。
 したがって、ここだけはアルハンブラの他の部分とは性格が異なる。 …らしい。

 素人目には、外観は四角、中に入ると円形というのが面白い。 建物は未完成といわれ、カール5世がここに住むことはなかった。



f0066555_21391843.jpg イスラム風の建築物とは、外観はシンプルで、内部に入ってみると豪華、あるいは手の込んだ細工がされていることらしい。

 ガイドの説明では、細かい細工・文様・色使いに信仰上の理由があったり、アラブ人の好みが反映されているそうだ。
 確かに、細かい細工には気が遠くなるほど。



f0066555_21531513.jpg 妻が言うには、ガイドブックのアルハンブラ宮殿の写真には、必ずここが使われているというスポットだそうだ。



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 砂漠に住むアラブ人にとって、水は最高の宝。 宮殿の中にはその水がふんだんに使われている。




f0066555_2265321.jpg 宮殿を離れた庭園の部分、ここにも美しい噴水がある。

 電気もモーターもない時代だから当然なのだが、自然の地形を生かし高いところから水をひいて、噴水とした。
 そんなに大した工夫・土木工事ではなかったのかも知れないが、ガイドから説明を聞いた時は、砂漠の民の水への思いに素直に感動した。



f0066555_224136.jpg 美しい庭園で一息つきながら、眼下の眺望を楽しむ。
 背後を万年雪の積もる山に守られた地形が、最後までキリスト教徒に抵抗できた理由かもしれない。

 そういえばグラナダは、5月頃までスキーが楽しめ、ひとっ走りすれば地中海で泳ぐこともできるのが、ガイドの自慢だったか。



 観光を終えると、後はただひたすらバレンシアを目指して走るのみ。 窓の外の景色も、オリーブ・小麦畑が、時々果物の木らしきものに変わるだけ。


 スペインといえば、その昔ソフィアローレン主演の「ひまわり」という映画の撮影場所となった。
 今は季節が違うので見られないが、このあたりも一面ひまわりの花が咲けば、さぞ見事だろう。 もっとも、また見飽きてウンザリということになるかも知れないが。

 実はひまわりはあまり収益の上がる作物ではなく、観光を重んじる政府の指示で作られるそうだ。
 ひまわりの栽培予定地は、今は土がむき出しの乾燥した畑。 雨が少ないので、雑草も生えない。 日本のお百姓より、一手間(草取り)少ない。



 バレンシアのホテルは、今までと違って町からはそんなに外れてはいない。 すぐ隣に大きなスーパーがある。
 到着時間が早く夕食まで時間があるので、私たちも含め何組も(ほとんど全員)が買い物に。
 私たちもチョコレートやコーヒー豆を少々。 特にコーヒーは日本と比べかなり安く、もう少し買いこんでも良かったかな…と。
 早々と途中のお土産屋でオリーブオイルを買っていた人だけが、お土産価格との差にちょっと渋い顔。
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by t_ichib | 2010-04-06 23:41 | 今日もまた旅の空
スペイン④ スペインを代表する観光都市
 セビリアというと、すぐ頭に浮かぶのがオペラ「セビリアの理髪師」、他に「カルメン」、「フィガロの結婚」など。 いずれもあらすじを聞き知っていいる程度だが。

 さらに映画「アラビアのロレンス」の舞台にもなり、「スターウォーズ」の撮影にも使われたのが、今日観光予定のスペイン広場。
 つまりセビリアは「スペイン一の観光都市なんだ」と、現地ガイドの「お国自慢」。



f0066555_1115335.jpg 今朝の出発は9時と、少し余裕があり、朝食後散歩に出かけた。

 ホテル周辺は静かな住宅街、敷地の中にガレージはあるのだが、路駐している車も多い。 道路が広いので、そんなに邪魔になっていない。
 それより、街路樹として植えられているこの木からは、いい香りが漂ってくる。

f0066555_11485716.jpg マドリッド・トレドでもバスの車窓から、オレンジが街路樹になっているのを目にした。
 実は苦くて食用ではない。 (以前はマーマレードに加工されたこともある。)

 白く見えるのが花で、漂ってくる香りはこの花。 実を採った(落ちた)後でないと「花がつかない」と説明されたが、この木では両方がなっている。

 目の前に(大きいので)ボトッという音とともに落ちてくる。 手に取ると、実の方も花とは違ういい香りがし、手にその香りが残る。



f0066555_1242160.jpg セビリアのシンボルとも言われる「黄金の塔」は車窓から。
 車の往来が激しく、下車観光がしにくい? バスの両サイドの人が見られるよう、近くの橋を1往復する。

 元は金色のタイルが貼られていた。 当時は対岸にも対になった塔があり、夜になるとロープが張られ、敵の侵入から港を守った。



f0066555_12405111.jpg セビリアでは2度万博が開催されており、その内の1929年のものは世界ではなく、スペイン語諸国のもの。 その中心がこの「スペイン広場」。

 ぐるっと半円形に回廊をめぐらし、両翼には高い塔が立つ。
 中庭にある太鼓橋は記念撮影には人気のポイントだが、一部で修復工事がなされており、橋の下には水が流れていなかった。


f0066555_19291192.jpg その回廊部分の壁面には、スペインの各地方の歴史を紹介するタイル画が貼り付けられている。
 地域ごとのコーナーは、アルファベット順に区切られており、床面には地図が埋め込まれている。

 左右の棚のような部分は、その地域を紹介するパンフレットなどが置かれた。
 コの字型の部分は、歩きつかれた人たちが足を休めるベンチとなる。

 100年たっても、自分の住む地域の記念がこんな形で残されていたら、感激する人も多いことだろう。



f0066555_20263130.jpg 大聖堂に向かう途中で立ち寄ったムリージョ公園。
 コロンブスを記念する碑が建つ。
 柱の中央の船は当然、そこから旅立ったコロンブスの船を意味する。

 2本の柱はヘラクレスの柱(有名なものはジブラルタル)と呼ばれ、当時までは2つしかないと思われていたユーラシア・アフリカ大陸を意味している。
 アメリカのドルマークの2本の縦線はこの柱からとも、さらに「S」はスペインのSだとも言われている。



f0066555_20455162.jpg セビリア大聖堂もメスキータなどと同様、イスラム寺院を改修したもの。

 コロンブスはイタリアのジェノバの出身だが、墓はこの大聖堂にある。
 中には4人の国王に担がれた、コロンブスの棺の像がある。 コロンブスの航海はスペイン王室に、莫大な利益を生み出したのだろう。


f0066555_213235.jpg 上の写真の一番右にあるヒラルダの塔も、75mのイスラム教のミナレットを98mの塔に改修したもの。

 塔頂にある女神の像は、風見鶏になっている。 が、2mとかの大きなものなので、ちょっとの風では風向きを示してくれない。

 塔の中は階段ではなく、馬でも上がれるようスロープになっていて、展望台がある。



f0066555_21143992.jpgf0066555_211625100.jpg スロープを駆け上がったので、少しだけ余分に360度の展望を楽しみながら、息を整える。

 右側の写真に丸く見えるものは、闘牛場。 最近では、お祭りなどのイベント以外にも、毎週日曜日には開催されているという。



f0066555_21243441.jpg 地中海の「太陽の海岸」と呼ばれる美しい浜辺を見下ろすミハス。
 白い村とも呼ばれるように白い壁のとおりが美しい。
 お土産屋や、喫茶・レストランの並ぶ賑やかな区域もある。

 私たちの一行の中に、その美しい庭や花などをほめたところ、「是非に」と家の中にまで招かれた人がいた。 その全部の会話が身振り・手振り、言葉が通しなくても心を通わせることができるんだなと…



 グラナダのホテルに到着し夕食を摂った後、夜9時半過ぎにフラメンコショーを見に出かける。
 ただでさえ、夜遅く翌朝は早いので厳しいと思っていたのに、私たちを迎えに来るバスが接触事故を起こしたとかで、大幅に遅れる。
f0066555_2262820.jpg 15人づつ分乗したミニバスは細い路地を、遅れを挽回するように飛ぶように走り、ひやひやする。

 ショーが始まるとそんなことも忘れ、言葉が分からないながら歌手の声量に圧倒され、踊り手の表情に魅惑された。

 夜の暗さで分からなかったが、翌朝アルハンブラへ向かう途中で添乗員から、背後の山の岩壁にある洞窟のいくつかを指差され、「昨夜のフラメンコは、あそこで上演された」と教えてもらう。
 上の写真の踊り手の背後は、洞窟の壁を白く塗装したものだったのか。


 とにかく遅くなったので、何人もが「シャワーを浴びるだけで寝よう」と。
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by t_ichib | 2010-04-05 23:33 | 今日もまた旅の空
スペイン③ モスクから大聖堂に
 観光2日目は世界遺産のコルドバ市内観光をして、セビリアのホテルまでの移動。 昨日とは打って変わって、8時少し過ぎの出発。 少し忙しい。


f0066555_21563028.jpg 途中、コンスエグラという村に立ち寄る。

 ドン・キホーテの物語に登場する風車が立ち並ぶ。 日本で上演された戯曲の題名は「ラ・マンチャの男」だった。
 アラビア語では、マンチャとは「雨が降らない土地」という意味があり、降水量は年間500ミリ程度。
 特に6~8月は一滴の雨も降らない日が続く。 風車は地下水のくみ上げ、粉ひきに使われた。 写真の右奥の建物は粉ひき小屋。


 昨日のガイドの話では、スペインの中央部には高い山がなく、大きな川は7つ位しかないとか。 農業をするにも水不足がネックとなっていた。
 現在では、上流に大きなダムを作り、地下をパイプで農業用水を送る大規模な灌漑システムが出来上がっているとのこと。

 スペインの国土は日本の1.3倍。 人口はわずか、4000万。
 フランコの独裁政権が崩壊した後、ヨーロッパ社会に復帰。 その援助で経済が復興すると、労働力が不足した。
 対岸のモロッコを始め、南米のスペイン語圏の諸国から移民を受け入れ、その数がなんと700万。


 風車のある丘からの風景には、青々とした小麦畑が広がる。
 上の写真でも、昨日の雨がうそのような青空。 が、風車には絶好の風が吹いており、少し肌寒い。 気がつくと、その寒さのため私たち以外は早々とバスに乗り、出発を待っていた。



f0066555_22284840.jpg 昨日までは、丘の斜面を利用してオリーブが栽培されているのを見ると、「うわーっ、オリーブだ!」と歓声が上がったのに、道の両側に延々とオリーブ畑が連なると、いいかげん飽きが来る。

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 時々ブドウ畑に変わったりもするが、小麦-オリーブ-ブドウの繰り返しでは、やっぱり眠くなる。

 それにしても「広いなぁ!」と。 日本では北海道でもなかなか見られない。



 その眠気の中で「ハッ」と気がついたのが、高速道路の流れ
 私たちの進行方向と逆の方向、イースター休暇を地中海方面で過ごしマドリッドに戻る車の流れ。 「渋滞するだろうな!」との予想に反しスイスイ。

 なんと、上下2車線づつのはずが、、3車線を走る。 私たちの側は、1車線のみ。 渋滞対策としては、思い切ったことをする。
 日本でも、「民族大移動のシーズン」に採用してみたら…



f0066555_22561838.jpg そうしているうちにようやくコルドバの町に着く。

 バスの駐車場からコルドバ市街・メスキータへ行くには、この美しいローマ橋を渡る。

 橋の手前側には「カラオーラの塔」があり、橋を守る要塞となっていた。




f0066555_2325873.jpg コルドバ(というよりスペイン全土)は長くイスラムの支配下にあり、メスキータもモスクとして建てられた。
 13世紀になり、支配を取り戻したキリスト教徒が「聖マリア大聖堂」として転用した。

 そういう歴史が、NHKの「世界遺産」シリーズで紹介されていた。


f0066555_23331963.jpg イスラム教徒はコーランを暗記しているので、寺院の中は暗くても良いが、キリスト教徒はそうではないので、教会の中は明るくした。
 …という話も耳にした。 確かに、外の明るさのせいもあり最初に入ったときは「暗い」と思った。

 後から増築や大幅な改築をした部分は、天井からの光を取り入れ、装飾の豪華さもありまぶしいほど。

 どこまでがイスラム的で、どこからがキリスト教的なのか、どこが両文化が融合されたものなのか。 ガイドの説明でもよく理解できなかったが、こうした文化遺産が残されて良かったと思う。



f0066555_23503385.jpg 内部の装飾・壁面に掲げられた絵画などもすごいとは思ったが、ものすごい大きさのパイプオルガンと、この聖歌隊の席にも驚いた。

 左右それぞれに、上下2段とたくさんの席が並ぶ。 (100人とか聞いたような気もする?)
 肘掛の部分にはキリスト教の聖人たちの顔が刻まれている。



 イタリアでも、カナダでも、ここスペインでも、こうした大聖堂の大きさ・豪華さにはあっけにとられるほど。 きっと口をあんぐり開けて歩いていただろう。


f0066555_021034.jpg 街歩きになると、そんな気分から少しだけほっとする。

 コルドバ歴史地区の中のユダヤ人街。
 イスラム風の町並みも残されているそうなのだが、どこがそうだったのか分からない。
 そしてこの道の狭さがユダヤ人街の、特徴なのかどうかも。

 ただ、この壁の白さはその特徴らしい。
 家々の窓には美しい花が飾られており、「花の小道」と呼ばれている。



 コルドバの町には3時から2時間ほど。 そこからさらに1時間半ほど走り、ようやくセルビアのホテルに到着。

 スペインで不思議に思うことは、夜8時くらいになっても(夏時間の1時間を引いても)戸外が明るいこと。 逆に朝はとっくに夜が明けたはずなのに、薄暗い気がする。
 広い国なので、西と東との差なのか?
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by t_ichib | 2010-04-04 23:29 | 今日もまた旅の空
スペイン② 旧と新 2つの王都
 昨日の長旅の疲れもあるだろうからと、観光初日は朝10時と遅めの出発。 それでも集合時間に遅刻したカップルが1組。 原因は?
 スペインは日本との時差8時間。 が、春分の日直後からは夏時間で、時差は7時間に。


 今日のガイドは、スペインに移り住んで30年という日本人男性。
 そのガイドの言うことには、スペイン語は(意味はともかくとして)イタリア以上に「ローマ字」読みで良いそうだ。 (読めても、意味が分からなくてはどうしようもないと思うのだが…)


 最初の観光地はトレド。 スペインは王都が何度も変わっているそうだが、トレドも一時期王都だった。
 外敵の侵入から、ぐるっと迂回するタホ川によって守られているその地形が、王都として選ばれた理由の一つだったかもしれない。
f0066555_21494623.jpg 町歩きの前に旧市街を一望できる場所での写真タイム。
 トレドは大聖堂などを含む町全体が世界遺産。

 スペインは世界遺産の多さでは、イタリアに次ぐ第2位。 今回のツアーではその内の10個を訪れる。


 先ほどの「ローマ字」読みの話だが、いくつかの例外があるようで教えてもらっただけでも、タホ川(tajo)などjは「ハ」行の発音。 逆にhは発音しないので、ホテルではなくオテルとなる。
 「ジャ」行はどう表記するのかというと、llaなどと書く。 セビリアはセビージャ、パエリアはパエージャと発音するのだそうだ。



f0066555_22555650.jpg そんな話も含めガイドの案内で、世界遺産の町歩きをする。

 サント・トメ教会ではエル・グレコの「オルガス伯の埋葬」という壁画に対面。
 グレコにとっても、彼の作風を確立した有名な絵なんだそうだが、かろうじてグレコの名を知っている程度の美術オンチ。


f0066555_2334567.jpg トレドの町でも最も重要な建物が、トレド大聖堂。

 日程の都合のため入場はできなかったが、上の2枚の写真に写っているトレドのシンボルを、間近でと思い撮っては見たが、大きくて収まりきらない。
 スペイン最大をセビリア大聖堂と争っている。


f0066555_23422780.jpg 町歩きを終え、タホ川にかかるローマ橋を渡り旧市街を抜ける。

 最初の写真とあわせて、街全体がタホ川に守られているのが良く分かる。
 川のほとりに生えているリュウゼツランを指差し、「あれを蒸留して、テキーラという強いお酒を作る」とガイドが教えてくれる。



 昼食を摂り、マドリッド方面に引き返す。 この旅では唯一昨夜のホテルに連泊。 その前にマドリッド市内を観光。


f0066555_033788.jpg 最初にプラド美術館に入場。
 館内は撮影禁止だが、入場の際に特にチェックされるのは液体の持込。

 ラファエル、ルーベンス、レンブラント、ゴヤなど見覚えのある作品も多く、宗教画・肖像画が多い。
 広くて作品の数も多く、頭の中が迷路をめぐったよう。 たぶん時代の順に回ったんだと思う。
 ベラスケスの「女官たち」の前では、ガイドの熱の入った説明。 絵の立体感、部屋の前に立つ国王(鏡に映る)を見つめる一瞬の動きなど面白いと思った。



f0066555_02930100.jpg 闘牛場の概観を見た後、スペイン広場へ。

 像はセルバンテスの「ドン・キホーテ」 聖書に次ぎ、世界で2番目に多く読まれている本だそうだ。
 召使のサンチョ・パンサや愛馬(やせ馬)ロシナンテの名も瞬時に思い出す。
 子供の頃読んだ本は50年以上たっても覚えているのに、近頃では…と、つくづく思う。



 朝は曇り空だったが、この時間になって時折強く雨が降り出す。
 やはり日程の都合で、マドリッドの王宮は外観だけの観光。 降り出した雨のため、まともに写真も撮っていない。


f0066555_044373.jpg で、これは王宮ではなく、スペイン中央郵便局。

 バチバチ撮るだけでメモしていないので、自分自身で王宮?と勘違いしそうな位、どっしりと重厚な建物。
 こんな所で切手を買うなんて畏れ多い? もっともここを通り過ぎたのは7時近く、とっくに営業時間を終えているはず。


 2つの世界遺産を見終わった後、夕食を摂りホテルへ。
 食事はスペイン滞在6日間を通して、おいしいと思った。 いつもなら1度や2度は「大ハズレ」があるのだが。
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by t_ichib | 2010-04-03 23:03 | 今日もまた旅の空
スペイン① 乗り継ぎ乗り継ぎ… 遠い!
 成田からは、2度目になる海外旅行。
 中部-成田-アムステルダム-マドリッドと、2度の乗り継ぎ。 飛行時間だけで16時間。 各空港での待ち時間などを入れると、ほとんど1日となる。 遠い!

 中部を出る時「成田空港の気象条件が悪く、中部に引き返す場合もあります」とのアナウンス。 引き返すことにはならなかったものの、成田の出航は1時間半ほど遅れた。 後で聞くと、この日は何本もの便が欠航になったようだ。



 今回のツアーは29名の参加。 全員と親しくなれるにはちょうどいい位の人数。 北海道6人、青森2人、中部5人、大阪5人、福岡3人と成田から参加の7人に比べ地方からの参加のほうが多い。
 奇数が多く、それに足しても28人にしかならない?
f0066555_17525390.jpg 東京と九州に住む友人が参加したのと、カナダに住む親孝行な息子さんが大阪に住む母親を招待し、本人はスペインに直行するため。

 その全員と顔を合わせたのは、乗り継ぎのこのアムステルダム空港で、添乗員の挨拶・説明があった時。
 少しづつ親しくなれたのは翌日以降だが、夫婦5組、親子3組(息子さんの組以外は費用親持ちの母娘)、ゴルフ仲間の男性4人、女性2人連れが2組、1人旅の女性、そしてなんと新婚さん2組。



f0066555_18365288.jpg アムステルダムから2時間半、ようやくマドリッドそしてホテルへ。
f0066555_18392823.jpg 2枚の写真は翌朝に散歩した時のもの。

 マドリッドのかなり郊外の小さな工業団地に隣接したホテル。 イースターの休暇中なので、工業団地には人っ子一人見当たらず静かだった。
 前日の疲れで朝の散歩をしなかった人は、周りが工業団地だったなんて気がつかなかったかも。

 少し離れた工場には日本企業の看板も。
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by t_ichib | 2010-04-02 23:13 | 今日もまた旅の空