<   2010年 06月 ( 11 )   > この月の画像一覧
リンゴの袋かけ
 毎日うっとおしい雨が続くせいで、妻がドイツに出かけてから1週間になるというのに、洗濯ができたのは今日で2回目。
 ひとり分だけなので量も少なく、これでちょうどいいのかもしれないが。



 そんな久しぶりの晴れ間、思い切ってリンゴの袋かけをした。

 我が家のリンゴが実をつけ始めてから、3年?いや4年になるのだったか? 去年も台風の時期に強風に落とされ、ようやく10個くらいを収穫した。
 私たち自身や孫たちの笑顔が見たいだけだから、数には不満が無い。 ただ見栄えが…

 日焼けのせいか黒っぽくなり、何よりも枝や葉に摺れキズが付いてしまった。 「来年はきれいなリンゴができるといいな」と。


f0066555_8335677.jpg やり始めたものの、どうかけるのかよく分からない。
 途中でインターネットを開いてみたりするが、それでもよく分からず我流でやっつける。

 1個に袋をかけるのすごく時間がかかってしまう。 「こんなのでは、(リンゴ園の)アルバイトには到底雇ってもらえないな」と、その不器用さに笑ってしまう。

 なんとか、20個あまりの袋かけをした。


f0066555_842424.jpg 【袋かけ前】、【袋かけ後】の対比ではない。

 すでにキズがついてしまったもの、形がいびつなもの、フェンスの外で手が届かないもの…は、袋かけをパス。
 キズものでもせっかくここまで大きくなったのにと、ちょっとかわいそうで残した。

 袋をかけずに残したものの数が、あわせて20個ほど。


 それから、かわいそうだが…
 1箇所に2、3個付いているものは摘果した。 形もよく大きいものもあったけれど。 どうしようもないほどキズがついたものは、さほど躊躇せず落とせたが。

 その数もやはり20個ほど。
 してみると、当初は60個あまりあったことになる。

 今年も10個ほど収穫できればと、先の長い秋を心待ちにする。 きれいな真っ赤なリンゴを。




 ドイツ旅行中の妻は、ミュンヘンからガルミッシュに移動したとのこと。 明日はドイツ最高峰のツークスピッツェに登るとか。
 山頂(2962m)まで、鉄道とロープウェーで登れるそうだから、ハイキング程度か?

f0066555_90551.jpg 今日はリンダーホーフ城へ行ってきたとかで、携帯メールで写真を送ってきた。

 ディズニーランドのモデルとして知られるノイシュヴァンシュタイン城を作ったのと同じ、ルードヴィヒ2世が作った城。

 豪華絢爛な内部も見たが、撮影は禁止とのこと。

[PR]
by t_ichib | 2010-06-28 22:13 | 今日もまたなにごともなく
モロッコ旅行⑦ 最後の観光、帰国の旅
 私がモロッコに旅行すると言った時、誰もがカサブランカの名を口にした。
 この都市の名前だったのか? それとも往年の名画の題名だったのか? 私もそうだったが、首都ラバトの名は出てこないだろう。

 人口400万人を超えるモロッコ最大の都市カサブランカは、100年前にはわずか1万人そこそこだったと言うのだから、その発展振りに驚く。


 昨夜着いた時、「カサブランカは治安が悪いので出歩かず、帰国に備え体を休めるように」と添乗員から注意があった。 「特にホテルから左のほうが、怖い地区」と。

f0066555_7223461.jpg 添乗員の話は少し大げさなのかもしれないが、昨夜は外出を控え今朝は少し町歩き。

 警告を無視して昨夜のうちに町歩きを楽しんだ一人が、朝食の席で一言「大都会だよ」と。
 私の感想もその一言に尽きる。

 まだ朝が早く渋滞にこそなっていなかったが、出勤するビジネスマンの姿も見られる普通の町。



f0066555_7431897.jpg 帰国便の出発がお昼過ぎなので、もう少しだけの観光。
 最初は国連広場(旧ムハンマド5世広場)

 広場らしくはなく大きな交差点。 私は思わず「国連広場ってどこ?」と聞いてしまった。

 この広場でもっとも人目を引くのが、写真のハイアット・リージェンシー。



f0066555_8234544.jpg こちらは「旧」の字のつかないムハンマド5世広場の裁判所。

 落ち着いた雰囲気のこの公園の裁判所で、どんな事件が裁かれるのか。

 ここで奇妙な姿をした人たちを見かけたが、あれが水売りだったそうだ。



f0066555_8314435.jpg 最後はハッサン2世モスク

 前国王ハッサン2世(~1999、現国王はムハンマド6世)の「アメリカにおける【自由の女神】のような国の象徴として…」と言う宣言で、国民の寄付を集め1993年に完成。

 広々とした敷地には10万の巡礼を収容できると言う。

 すべて手作りで20世紀最大の芸術作品といわれるモスクには入れなかったが、外から見るだけでも十分美しい。
 ミナレットからは、夜空に向かいレーザー光線が放たれる。 さすがは20世紀の宗教施設。

 図書館・博物館を併設。 そちらの建物も美しい。


 帰国便は来た時と同じコース。 偏西風の影響・待ち時間が短かったおかげで、そして自宅でゆっくり休めたので、長旅も少し楽だった。




 6月25日、妻はフランクフルトから無事ケルンに着いたようだ。 ゆっくりケルン市内見学、2日目は旅行計画では「フリー」とある。 楽しんでほしい。
 妻の帰国まで後10日あまり。 これからが長い。

[PR]
by t_ichib | 2010-06-25 09:10 | 今日もまた旅の空
モロッコ旅行⑥ 今日も駆け足で
 6月13日のブログに、「買い物リストにマブーシュを書き込んできた人がいた」と書いたが、もう一つ特に女性がアルガンオイルに関心を持っておられた。

 アルガンツリーは、モロッコでもこの地方だけに育つそうで、他の地方に移植してもうまく育たないとか。
 そのアルガンオイルの工場を見学する。


f0066555_1138286.jpg その工場が近づくにつれ、黄色い実がなったアルガンツリーが多くなる。

 ヤギがその実を食べ、消化されずに排出されたタネからオイルを抽出する… とか。
 工場のすぐ近く、(観光客を喜ばせるため)無理やり木に登らされた?らしきヤギ。


 工場見学そのものは、なんとも言いようが無い。
 中庭をはさんで工場と売店があり、その中庭で数名のお年寄りの女性が、器用にタネを割り中身を取り出す。 最後の女性が石臼を引いて油を絞る。
 すべて手作業! これで工場?

 ウソだろう! 善意に解釈すれば、昔ながらの方法を紹介した。 そして、工場へは衛生上の理由で立ち入り禁止にしている。
 と言うようにしか、理解できない。

 そしてここに来た最大の理由は、売店に案内することにあるようだ。

 アルガンオイルには、お料理などに使う食用のもの、化粧品に使う非食用のものがあり、どちらも同じような(お高い)値段。

 アルガン石鹸が1個、500~800円。 男どもはびっくりしていたが、女性は「普通の洗顔石鹸だって、それぐらいするものがある」そうで、驚くほどではないらしい。



 その工場からほど近いところに、【世界遺産6:エッサウィラ】があった。

f0066555_13123097.jpg 町のシンボル、時計台を見ながら旧市街に入る。

 エッサウィラは紀元前から、商業港として栄えた。
 さらに、おいしい魚の取れる漁港でもある。
 ガイドによれば「モロッコ人は食べないが、タコも獲れる」そうだ。 …日本へ輸出?


 確かにたくさんの漁船が停泊している。 上空にはさらにたくさんのカモメが飛び交う。
 そういえば、漁船もカモメもモロッコに来てから、初めて見たような。

 そのカモメのフンを避けながら、船のレストランへ。 昼食は魚料理だったが、タコではなかった。


f0066555_17243190.jpg 16世紀にここを支配したポルトガルにより要塞化され、奪還されたアラウイー朝の時代には、海軍基地となり大砲が設置された。

 さらにその先、写真の右奥に稜堡と呼ばれる見張り台がある。
 ともに海からの敵の侵攻に備えたものだろうが、何度もそんな緊迫した場面を繰り返したことだろう。



 エッサウィラからさらにカサブランカ方面に進み、【世界遺産7:アル・ジャディーダ】に着く。

f0066555_18133151.jpg モロッコの世界遺産では、もっとも後に「マサガンのポルトガル都市」として登録されている。
 マサガンは16世紀~18世紀のポルトガル領時代の名。

 エッサウィラと同様に城壁に取り囲まれており、こんなトンネルのような入り口から入る。
 今でも3000人ほどが住んでいるそうだが、そうは思えないほど静かな町。


 城壁の外、海岸線に沿ってはホテルなども並ぶリゾート地として発展し、国内から外国からの客で賑わう。

 1769年、ポルトガルが撤退する時に、この町を徹底的に破壊した。 19世紀に町の復興が始まると、ユダヤ人も多く移り住み協力した。
 その名残で、旧市街にはシナゴークも残されている。 イスラエルが建国されると、他のユダヤ人街と同様に、ユダヤ人の多くはイスラエルに移住したが。



f0066555_2115417.jpg この城塞都市へのアラブ人の攻撃は激しかったようで、陸側も海側も分厚い壁に取り囲まれている。

 攻撃を避けるため、物資の積み込みは城砦の中に水路を通し、小船で沖合いの船まで運んだと言う。


 私たちの目の前で、地元の少年がこの高い壁から海に飛び込んだ。

 私の住む岐阜県の郡上市でも、橋の上から眼下の長良川(支流)に飛び込み、一人前と認められる儀式がある。
 洋の東西を問わず、同じような度胸試しがあるんだなとほほえましく思う。 それにしてもずいぶん高いところから…


 今日もずいぶんと走行距離が長く、駆け足の世界遺産めぐり。 特にこのアル・ジャディーダが。




 今日6月24日、ドイツの妻から2度目のメールが届く。
 のっけから電車に乗り間違え、あわてたこと。 それでも無事ライン下りを楽しめ、今はラインを見下ろしながらランチを摂っているとのこと。

 「ドイツ語が堪能で、何度もドイツへ言っている友人がいながら、間違えるなんて」と思いながら、「いや、だからこそ早く間違いに気づき対処できたんだ」とも。
 私ならきっと終点まで行ってしまいそう。

 二人の旅は同じ町に2泊づつする。 そこで山登り・待ち歩きと、うらやましい位の余裕。
 どうしても、このモロッコの旅と比べてしまう。

[PR]
by t_ichib | 2010-06-16 20:00 | 今日もまた旅の空
モロッコ旅行⑤ そこにも旧市街と新市街
 昨夜はホテルに着いてから、夜のファンタジアまで時間の余裕が無かったような書き方をしたかもしれない。
 実は昨日はこの旅行中、唯一走行距離が短くホテルには早めに着いた。

 いつもは、ホテル到着-夕食-部屋に入る の順だが、昨日のみ、ホテル到着-部屋でくつろぐ-近くのスーパーでショッピング-夕食 の順になった。


 そのホテルだがこの旅行中で最も狭く、冷蔵庫・ドライヤーなども無い。 ぜいたくは言わないが、連泊のここだけでももう少し設備が良ければ…


f0066555_7441855.jpg さて、私たちのほとんど全員がショッピングに出かけたスーパー。

 田舎町の小さなスーパーのように見えるが、間に小さな洋品店をはさみ「コ」の字型につながり、中はけっこう広い。
 レジが4~5台あると言えば、大きさの見当がつきそうだが。

 皆さんのお目当てはチョコレート・クッキーなど、今までのお土産屋では変えなかったもの。
 そしてワイン・ビールなどのアルコール。

 ホテルの格が低いから…という訳ではないだろうが、酒類を出せない(許可制)レストランがあり、そういう店ではお酒の持込ができる。
 そんなわけで、この2日間はいつもより安いお酒を楽しめた。 …ようだ。



 モロッコの通貨はディルハム(1DH=約10円)は、モロッコ国外では両替できない。
 その代わり、(ガイドブック)都市部では、米ドルが通用する。 それどころか、観光地では、「5つで、1000円!」の声に追いかけられたほど。

 私は現地通貨の両替を最小限にして、米ドルとカードに頼ることにしていた。


 このスーパーで「カードが使えるか?」と聞いても、イエスとノーとも言わずブスッとした顔をする。
 カードを使うと、レジで商品の代金を計算-レジから離れたカード端末機に移動-客はパスワードを入力-レジに戻りレシートなどを印刷-客がサインをする と面倒くさい。
 日本の店員は立ってレジを操作しているが、欧米同様店員は座ってレジを打つ。

 席を立たなければならない、そして面倒と言うのが、店員の仏頂面の理由か?

 こんな面倒なシステムになっているのは、まだまだカード社会にはなっていないことの現われだろうか?



f0066555_8244364.jpg 出発前に宿周辺を散策し、部屋の窓から町のようすを撮る。

 確かに建物の壁は赤い。 そしてそう高くはない。
 早朝のせいか、町もまだひっそりとしている。

 マラケシュは人口でカサブランカ、ラバトに次ぐ3番目。 歴史ではフェズに次ぎ2番目の古さ。
 私の持っているガイドブックには、1番最初にマラケシュが掲載されている。

 現国王もこの町がお気に入りで、たびたびここを訪れると言うが、世界の観光客をも引きつける何かを持っているのだろう。



f0066555_8434431.jpg いよいよ出発。
 最初の30分ほどは平坦な道だったが、あとはひたすらこんな山道を走る。

 私たちのバスは6日間を通して同じ車。 40席あまりの小さなバスで、少し窮屈を感じていたが、こんな山道を登るのには大きな車ではとてもとても。



f0066555_855597.jpg 山の中腹に点在するベルベル人の集落

 モロッコ全体ではアラビア人とベルベル人の比率はほぼ同数。 しかし、こうした山奥ではベルベル人が100%を占める。

 日本の棚田のようなせまい段々畑が見られる。

f0066555_941420.jpg その住居は日干し煉瓦を積み上げ、上部に葦を並べその上に土や石を載せた簡単なもの。

 その屋根はほとんど平らに見えるが、雨が流れ落ちるようにわずかに傾斜を付けているのか?
 (この写真は、後で入った世界遺産の屋内のもの)



 ここまで大変な苦労をして登った【世界遺産5:アイト・ベン・ハドゥ】は、カスバの村。
 実際にはカスバは単独のとりでのような建物、村全体が要塞化されたものはクサルという。

f0066555_9184679.jpg 背後は山、前には川が流れ敵の侵入を食い止める要塞としては、絶好の場所。

 しかしながら、現在ではわずか4軒の家族が住んでいるのみ。
 対岸の「新市街」に移り住んだ住民は、およそ1500人。

 「新市街」には電気も通り、水の便もよい。
 一方クサルの前を流れる川は、塩分を含んだ塩の川だ。 (私もこの直前トイレで手を洗った後、口をぬぐったら塩辛かった。) 住民は井戸水をくみ上げている。

 人がすまないことにより、家屋の崩壊は加速する。 レッドブック入りした世界遺産でもある。
[PR]
by t_ichib | 2010-06-15 23:22 | 今日もまた旅の空
モロッコ旅行④ 赤い都、マラケシュ
 私たちが宿泊した宿は首都ラバト、しかも現国王の住む王宮のすぐ近く。 しかしラバトには世界遺産があるわけではなく、私たちの観光コースに入っていない。
 確かに、私の持っているガイドブックにもラバトについては、さらっとしか載っていない。

 たとえば海外から東京に来て、しかも皇居近くのホテルに泊まっても、そこを素通りして世界遺産の日光に向かうようなもの。 それもありか?


f0066555_2153198.jpg そうは言っても、せめて朝の散歩で少しくらい…

f0066555_2225396.jpg





 宿泊したホテルから少し歩いたところに、ルワー門がある。
 ちょうど朝の出勤時間なのか、この通りを歩いてあるいはバスに乗って、たくさんの軍人が通る。

 「徴兵制になっているのか?」とガイドに聞くと、「私は大学に通っていたので行きませんでした。 今では、50%くらい」と。
 もう一つガイドからは「モロッコでは、軍人の写真を撮ってはいけない」とも聞いた。 で、隠れて後姿だけ。



 ラバトを出ると後はひたすらマラケシュに向かう。 窓からの風景は変化に乏しい。

f0066555_22135867.jpg 私はあまり食べ物の写真をとらないのだが、ほかの皆さんにつられて1枚。

 モロッコの伝統的な食べ物、タジンなべ
 なべと言っても、蒸し焼きにするらしい。 炒めた牛・ラクダなどの肉の上に野菜を盛り付け、トンガリ帽子のような蓋をかぶせ、蒸しあげる。 水は入れず、野菜から出る水分のみ。


 同行の女性たちのうち何人かは、このタジン鍋を購入していた。
 もちろん、お料理のほうではなく、鍋そのもの。 だから重いし、割れるかもしれない。 …大変。




 マラケシュとはベルベル人(モロッコの原住民)の言葉で、神の国の意。
 フェズの都市のカラーが青だったように、マラケシュの色は赤。 この地方の土は鉄分を含んでおり、壁の色は赤くなる。
 ただし、現在ではもっと積極的に「壁の色は赤でなければならない。」という法律まである。

 さらに、「モスクのミナレットより高い建物を建ててはいけない」というのも、ここマラケシュだったか?


f0066555_2235469.jpg そしてその【世界遺産4:マラケシュ】で、もっとも象徴的な建物クトゥピアモスクのミナレット
 高さは77m。

 この塔もセビリアのヒラルダの塔と同様、内部は会談でなくスロープになっていて、馬やラクダに乗って上がれる。

 この塔から1日4回のお祈りの時間を告げる。 もちろん現在では肉声でなく、スピーカーを通して。
 それでも、テープでなく人がマイクに向かう。 偶像崇拝を排するイスラムらしい。



f0066555_2254165.jpg モロッコでは古くから栄えた都市にはメディナがあり、それを取り囲むように城壁が築かれ、そして美しい門がある。

 アグノウ門もその一つで、マラケシュではもっとも美しいとされる。
 フェズやメクネスのものより地味。 が、スルタンが宮殿に入る時に使用されたという、そう言われて見るとシンメトリーな美しさ。 か?



f0066555_0194566.jpg そして、メディナへ。
 フェズのメディナに比べ、通りの幅には余裕がある。

 売っている品物も同じような雑多なものだし、観光客にしつこく付きまとって、みやげ物を売りつけようとする売り子の姿も無く、道を歩く私たちにも余裕。



f0066555_0353398.jpg そしていよいよジャマ・エル・フナ広場にたどり着く。

 夕方を過ぎると、屋台のお店や大道芸が現れ、それを楽しむ人も群がると言う。

 広場はまだ閑散としていて、そして暑い。 よくしたもので、常設のみやげ物や以外にはフレッシュジュースを売る屋台のみ。
 お酒を飲めない私は食事のたび、それを注文していたが250~350円くらい。
 ここではそれが30円。 安くておいしいと大好評。



f0066555_053251.jpg 広場が賑わう夕方までとは行かなかったが、ここで少し自由時間。

 広場に近い新スークと呼ばれる商店街をひやかして歩く。

 ちょうどこの日はワールドカップの日本-カメルーン戦。 私たちを日本人と見たお店の人が、日本の勝利を告げ、私たちとともに歓声を上げ喜んでくれる。
 一緒に歩いていた女性たちは、そのことに大感激していた。




 広場の暑~い散策を楽しんだ後は、ホテルに戻り夕食。 部屋で少しくつろいだ後、午後9時になり再びファンタジアショーを見るために出発。 宿に帰るのは深夜。
 明日は往復9時間の、しかも「いろは坂」のような山道を走る。

 体調を考慮してこのショーをパスした人が5人。
 でも、バスの運転手は大丈夫? 私たちと違って居眠りしててはダメなんだから。



f0066555_1214443.jpg ファンタジアは、騎馬での戦いのための訓練が、お祭りの中に取り入れられた。

 戦いばかりでなく静かな行軍のようすも再現され、ラクダも登場する。
 そのラクダにサービスで、観光客を交代で乗せくれる。

 クライマックスでは照明を落とし、馬が激しく走り回り銃声がとどろく。
 馬の曲乗りまで披露してくれたのだが、舞い上がる砂ぼこりにフラッシュの光が当たり、雪が降っているようになってしまった。



 髪や体に付いた砂ぼこりや火薬の匂いを落とすため、もう一度シャワーを浴びると言っていた人もいるが、疲れた私はそのまま休む。
[PR]
by t_ichib | 2010-06-14 02:08 | 今日もまた旅の空
モロッコ旅行③ 世界遺産めぐり
 今回の旅では、モロッコの8つの世界遺産のうち7つをめぐる。

 1日の移動距離が想像を絶するほど長く、連日朝8時出発、次の宿に着くのは夜8時になる。 そのため、

【1】 疲れたらうとうとできる私たちと違い、バスの運転手さんは大変。 欧米では考えられない、あるいは運転手2名で交代する。

【2】 いつもの旅行だと、ホテルの外のレストランで夕食を摂ることが多いのに、(そんな時間が取れなくて?)ホテルでの夕食となる。
 ただ、そのホテルの食事がおいしくなくて(ホテル代を叩いている?)、昼食の方がおいしいくらい。


f0066555_19281714.jpg その長い行程の最初はフェズの王宮。
 フェズはイドリス朝時代に首都が置かれた。

 この王宮には現国王がフェズを訪れた時に宿泊する。
 扉はブロンズ製、表面はレモンで磨かれる。




f0066555_2075219.jpg フェズのユダヤ人街

 イスラム教徒の家は外側はシンプルで窓が無く、中庭を持ち内側を美しく飾る。
 一方、ユダヤ人街は外に窓やベランダを持つ。 そこに民族性の違いを感じ面白い。
 もちろん、この写真では分かりにくいが、壁はスペインで見たユダヤ人街と同じく白。



f0066555_20151348.jpg 【世界遺産1:フェズのメディナ(旧市街)】に入る前に、小高い丘から全貌を見下ろす。

 びっしり建物で埋め尽くされ、大きな通りなど一つも見えない。
 現地ガイドが、モスク・神学校・廟などを指差しながら教えてくれるが、細かすぎてよく見えない。



 この後、先ほどの王宮の扉を作った銅職人のお店・陶器の工場を見学した。

 興味深かったのは、陶器工場。
 学校を卒業したての新米の仕事は粘土こね、足でひたすら踏み続ける。
 そこで数年経験を積むと、ろくろを回し壷や花瓶、皿などの製作に回る。
 さらに経験を積むと、色とりどりに焼かれたタイルから、四角や三角、丸など様々な形を切り欠く。 中には息を吹きかけると飛んでしまいそうな小さな物も。
 そして様々な色と形、大きさの素材を組み合わせ、芸術品に作り上げるのが超ベテランの仕事。



f0066555_20452477.jpg 旧市街への入り口、ブー・ジュルード門はそうした芸術作品の一つ。

 門の裏側も同じデザインだが、タイルの色が違う。
 表の青はフェズの町の色、裏の緑はイスラムの象徴といわれる。



f0066555_21483772.jpg 旧市街に一歩足を踏み入れると、まさに迷路のような細い道が続く。

 小路の両側には様々な店が軒を並べる。

 たとえば肉屋、たとえば木の実などを煮詰めた惣菜屋。

f0066555_2264429.jpg


 肉屋の店頭にラクダの首がディスプレーされていたり、写真の惣菜屋も通りのホコリをかぶっていそうだったりで、私たちの食欲は湧かない。

 せめてガラスケースに入れておいて欲しい。
 …しかしそれは、私たちの文明かぶれ?



f0066555_22125530.jpg 一方、きれいな衣装やスカーフなどお店には、思わず目を奪われる。

 食い入るように見つめるのは、結婚間近な娘さんと母親か?

 この衣装を見た妻は「中国の服みたい」と言う。
 私にはアラビアンナイトの世界。 ペルシャのお姫様か、「月の砂漠」を行く王女様。



 通りに面して、先ほど丘から見たモスク・神学校などがあるが、信者以外は立ち入りできない。 私たちは外から覗き込み、写真を撮るだけ。




 昼食を摂った後は、恐怖の皮なめし工場。 何が恐怖かと言うと、その強烈な異臭。

f0066555_2247090.jpg 建物の屋上から工場を見下ろす。

 工場と言ってもコンクリート?で区切られた槽があるだけ。
 白い槽は皮から余分な脂肪や肉を溶かし落とす。 ハトの糞を使っているのだとか。
 強烈な匂いの元は、ハトの糞? それとも溶けた脂肪などの腐臭?
 赤い槽は染めのためだった?

 観光客には香りの良いハーブの葉が配られる。 私たちはそれを鼻に当て、異臭に耐える。

 匂いは不評だが、お店に並ぶ皮のスリッパ(=マブーシュ)は好評。 日本からお土産リストに書き込んできた人が多い。




 強烈な思い出を後にフェズを離れ、【世界遺産2:ヴォルビリス遺跡】に向かう。

f0066555_23212620.jpg ヴォルビリスはモロッコに唯一残るローマの遺跡。

 遺跡そのものの価値より、モロッコに残されていることに価値があるのかと思うのだが。

f0066555_23392297.jpg

 私たちにとって興味深かったのは、神殿の高い柱に何家族かのコウノトリが巣を作っていたこと。

 日本のコウノトリとは種類が違うのか、雛鳥のクチバシが黒いのに対し、親鳥のクチバシはピンクと説明された。
 確かに、ピンクが黒に餌を運んでいた。 (クチバシの黒いひよっ子?)



 ヴォルビリスを後に、【世界遺産3:メクネス】へ。

f0066555_23591713.jpg 北アフリカでもっとも美しく有名な門、マンスール門

 ただ残念ながら、強行軍の時間的制約からこの門の撮影だけ。
 ガイドブックには「水の館」「風の道」など興味深い施設がいくつも紹介されていたのに。



f0066555_0483318.jpg マンスール門にばかり気を取られていて、ふと後ろを向くとそこはエディム広場。

 モロッコのこうした広場がにぎわうのは、夕方から。 この時間はまだまだスペースが目立つ。
 いろんな物を売る人の姿はほとんど無いが、いくつかの人だかりの中には大道芸の人。
 熱気はまだまだだけど。



 2泊目の宿は首都ラバト。 昨日のようなトラブルも無く、疲れのせいで熟睡できた。
[PR]
by t_ichib | 2010-06-13 18:19 | 今日もまた旅の空
モロッコ旅行② 長すぎる旅路
 関西空港-ドバイ間が10時間30分、かなり時間がかかることは覚悟していたので、本を読んだり少しうとうとして過ごす。
 しかし、ドバイ-カサブランカ間も8時間20分。 まともに「旅のしおり」に目を通していなかったので、「ドバイからはすぐ…」との思い込みがあり、この時間は少々つらかった。

 さらに、入国審査・荷物の受取・モロッコ通貨えの両替を済ませると、バスで一路初日のホテルのあるフェズに向かう。
 当初の予定で立ち寄るはずだったメクネスの観光を翌日に回したのだが、それでもホテル到着は午後8時。

 名古屋駅を午後3時に出発し、各空港での待ち時間があり、時差(夏時間なので+8時間)を入れると実に37時間。 …疲れた。



f0066555_1455475.jpg 最初はバスの窓からの景色に見入ったものの変化に乏しく、じきに飽きがきてしまう。

 オリーブ・ブドウなどの緑も見られるが、ほとんどは牧草地(枯草?)が続く。
 海峡を挟んだ対岸、スペインでは灌漑システムなどが充実しているのに比べ、遅れ・貧しさという言葉が頭に浮かぶ。


f0066555_14554043.jpg そうした荒地?としか思えないような畑が続く中、時折ごく小規模な牛や羊の放牧が見られる。 (大半はこの写真よりもっと頭数が少ない。)

 写真左の白い人影はロバにまたがっている。

 そういえば、ロバと馬の交配種・ラバの実物も、このモロッコで始めて目にした。



 今回のツアーは成田から29名(+添乗員)、関空6名、名古屋4名の参加、全員が集合するのはドバイ。
 名古屋駅で顔を合わせた4人が男ばかりだったので、「モロッコくんだり」にまで出かけようというのは、さすがに男が多いのかと思ったが、実は2対1で女性のほうが多かった。


 さらに、私と同様の「一人参加」の多いこと。
 今までの旅行でもたまに一人で参加している男性がいたが、今回は男女を問わず一人参加が多い。
 複数で参加しているのは、ご夫婦3組、友人同士らしき3~4組。

 それは、企画した旅行社が「一人部屋追加代金半額」のキャンペーンをしたこともあるが、やはり「モロッコくんだり」を目的地に選ぶには、アジア・ヨーロッパなどに何度も出かけ、そろそろ行き先に個性が出てきた上級者たちなのか?

 おかげで「一人参加」で、仲間はずれになることも無かった。 (実際に以前、新婚さん10組+1人で、さびしい経験をした人がおられた。)
 その反面、海外旅行40回、50回の超ベテランたちの会話に、やっと十数回の私ではついて行けないこともあった。



 「一人参加」で、お互いの顔を覚えていない初日にはいくつものトラブルがあった。

【1】 関空組が合流したドバイでは、ぎりぎりまで添乗員の所まで行き着けない人が2~3名いた。
 添乗員は「遅刻よ」と怒っていたそうだが、目印になる旅行社の「旗」も持って来ていないのでは、誰が添乗員なのかも分からず、怒る方が間違っている。

【2】 税関を過ぎ通貨の両替に向かう途中、10名ほどが迷子になった。
 現地ガイドと添乗員の両方が列の先頭になったのでは、当たり前。 どちらかが前と後ろに付くべき。

【3 これは被害者は私。 ホテルで渡された鍵で部屋を開けると、すでにほかの客が入っていた。 私のほうが部屋を変わらされたが、抗議するまでホテルからの謝罪も無かった。



 前述したようにバスの窓からは荒涼とした景色が続くのだが、途中の町々には緑も多く珍しい花も咲いている。
 町の近くだから美しくしているのか、元々緑豊かな地に町が開けたのか。

f0066555_15552798.jpg その花の一つ、きれいな紫色の花をつける「ジャガランダ」の木。

 翌日以後だが、このジャガランダが町の並木になっているところもあった。
 もちろん、プラタナス・オレンジの並木道も。




 いつもながらブログの更新が遅く、18日に帰国したのに21日の今日になって、8日分の「絵日記の宿題」を必死になって書いている。
 先ほどドイツへ出発する妻を駅まで送っていった。 (関空出発は明日だが、同行する友人宅に前泊)

 私の留守中、妻は「誰とも話をしなかった日もあった」そうだ。
 そうした寂しさも今度は私の番。 ぼちぼちのブログの更新や、1日予定に入っている孫の守りで、少々紛らわせることにする。

[PR]
by t_ichib | 2010-06-12 23:53 | 今日もまた旅の空
モロッコ旅行① まだ…
 実はまだ自宅にいる。

 午後1時過ぎに自宅を出て、名古屋駅バスセンターに3時に出発。 そこからバスで関西空港に向かう。
 午後6時半には関空に着くが、そこからの出発は午後11時。

 8日間の旅行とあるが、1日目は関空への旅。 帰りもほぼ同じ、実質は6日間の観光。



 2日目はドバイで乗り継ぎ、カサブランカには現地時間で午後1時ごろに到着。 長い空の旅を思うと、気がふさぐ。


 今までは、いつも妻との2人でのツアー参加。 お互い注意し合って何事も無く済んできたが、何かとんでもない忘れ物をしそうな不安もつきまとう。


 それに加えて私の帰国後、入れ替わりに妻がドイツへ2週間の旅に出る。 その間を「ちゃんとやっていける?」というのが妻の不安。

 食事・洗濯・掃除… さらに長女の出産後、妻が自宅に帰った時「台所の三角コーナーがカビだらけ」だったとも。
 何も30年も前のことを持ち出さなくとも。


 妻が友人と海外に出かけるのは2度目、その時はタイ(今は騒然としているが)へ2泊だか3泊だったか。
 その時は期間も短く、不安も無かったのだが。



 妻のパスポートのスタンプの数だけが増えていく。 その対抗心から今回の旅行を申し込んだ。
 そんな不純な動機からの旅、楽しい思い出となってくれるか。

f0066555_924288.jpg 昨日出かけた「花フェスタ記念公園」の一角にあった「モロッコ風庭園」

 「花のミュージアム」のちょっと手前にあったのだが、今まで気づきもしなかった。
 出発前の詰め込み勉強で読んだモロッコのガイドブック。

 そのイスラム風の門で、「あれっ」と気づきうれしくなった。

 そのうれしい気持ちが、今回のたびの良い前兆であることを祈って。
[PR]
by t_ichib | 2010-06-11 09:37 | 今日もまた旅の空
毎年々々のササユリ
 今月は初めて夫婦別々に海外に出かける。 時期を少しずらしているので、その期間は3週間強。

 その間に見逃してしまいそうな花々がある。 毎年見に行っている花はやっぱり見ておきたいと、昨夜思いついて「みたけの森」へ出かけることに。


 みたけに着いてみると、第1・第2・第3駐車場がすべて満車。 毎年出かけているが、こんなことは初めて。 …平日なのに。
 しかも、1台だけとはいえ観光バスでやってきた人たちさえいる。

 そろそろササユリが見ごろになってきたということに加え、今年は岐阜で「豊かな海づくり大会」が開催され、「みたけの森」がそのサテライト会場になっているそうで、機運の盛り上がりがササユリへの関心につながっているのかもしれない。

 13日(日)には、そのイベントとして「2500mの流しそうめん」というのが開催される。
 上の駐車場から坂道を下り下の県道の辺りまで、太い竹を2つに割ったそうめん流しの通り道がほとんどできていた。

 このイベントのため、13日には上の駐車場には車は進入できない。
 そのことが「車で行けるうちに」と、今日の車の多さにつながったのかも。



f0066555_19142958.jpg ササユリはたくさん咲いていて十分満足なのだが、去年の方がもう少し賑やかに咲いていたような気がする。
 今年の春先の寒さで少し遅れている?
 13日に「ササユリまつり」を計画したのは、カレンダーのめぐり合わせもあるが、適切な判断だった。


f0066555_19234133.jpg 上のササユリが真っ白なのに、こちらは淡いピンク。

 本物のユリ(というのも変?)が、鮮やかな様々な色の花をつける。
 ササユリの色は(私の目にとって)2色のみ。

 そのシンプルさがササユリらしさかもしれない。

 ユリが1本の茎からたくさんの花をつけるのに比べ、ササユリは1本の茎からはほとんどの1つの花のみ。 (3つも花をつけているものもあったが、そんなのはマレ)


 この日の気温は31℃強。 日陰で何度も小休止を取りながら、ササユリ以外の花にも目を向ける。
 少し時期が過ぎてしまっていたがツツジや、今盛りのヤマボウシの花。
 実は今日までヤマボウシの花は白とばかり思っていた。 だからかなりはっきりとしたピンクの花を見つけて、驚いてしまった。


f0066555_19552897.jpg 名も分からない野の草花もいくつかあったが、これはホタルブクロ。 …だと思う。

 そうそう、もうしばらくすると蛍が飛び交う季節。
 今年はその蛍を見に行くことができない。 少なくとも2人一緒には。



 以前はこんな風に出かけてくるときは、手作りのおにぎりを持ってきた。 最近はコンビニ弁当と手抜きが多い。
 今日は駐車場の近くで地元の婦人会だったかが、飲み物のほかみたらし・五平餅などを売っていた。
 そこで、ホオバ寿司と「ささゆり弁当」を買い、今日の昼食にする。



 「みたけの森」から、先日行ったばかりの「花フェスタ記念公園」までは車で20分ほど。
 「ササユリの後はバラ」というのも、毎年の恒例。

f0066555_20143155.jpg 先日来た時から2週間、花の数がずいぶん多くなっており、この公園の一番花やかな季節。

 ただ当然のことだが、前回咲いていたバラの中には時期が終わり、枯れてしまったものもある。

 ツバメの親鳥も餌を運んでおらず、巣立ちは終わったみたい。
 ただ、巣の一つに1匹の黒い頭が見えた。 巣立ちの後も「懐かしいゆりかごに戻る」なんてことがあるのだろうか?


 クレマチスは花の時期がけっこう長そうだが、少しその時期の終わりに近づいた。

f0066555_20541397.jpg そのクレマチスの仲間だろうが、前回は咲いていなかったトケイソウ。

 写真では良く見るが、実物は初めてだった?

 たしかに時計の文字盤のよう。 時計が発明される前の呼び名は?


 天気は良かったが、暑かった。 半分凍らせた麦茶を持って出たがとっくに終わり、自宅に帰り飲んだアイスコーヒーにほっとする。
[PR]
by t_ichib | 2010-06-10 21:13 | 今日もまた留守にしています
期待はずれ…でも、うれしい発見も
 テレビにも、新聞にも少し遠い所の「菖蒲園が見ごろ」だという紹介が続く。

 「それじゃあ!」と自宅から20分あまりの曽根城公園に出かけてみた。

f0066555_9105155.jpg ところがあまり咲いていない。

 長靴を履いて菖蒲の手入れをしている2、3人の人に聞いてみると「見ごろは1週間ほど先」とのこと。
 ここには幾種類もの菖蒲があるのだが、咲いているのは2、3種類。



 ちょっとがっかりだったが、もう半月ほども前のニュース「神戸町に新しくバラ公園ができた」ことを思い出し、そこに行ってみることに。



 曽根城公園は大垣市だが、神戸町とのほとんど境界にある。 たしか、そのバラ公園はここから近いはず。

 曽根城公園の背後は堤防道。 そこを三々五々ウォーキングを楽しむ人がいる。
 その一人に聞いてみると、「ここから10分くらい」のところにあり、このまま堤防道を進めばよいそうだ。 「野球場の隣」にあると親切に教えていただく。



f0066555_101533.jpg たしかに、10分ほど歩くと元気な少年野球の掛け声のむこうに、バラが見えてくる。
 ここは他のバラ園に比べ、ピンクのバラが目立った。

 とても今年オープンしたばかりとは思えないほど、見事に咲いている。

 「バラの町、神戸町」という町の面目にかけて、中途半端なものにはできないのだろう。


 私たちが毎年、何度も出かける隣の大野町のバラ園より、倍以上も広い。
 数年もしたらこのバラが大きく育ち、大野町をしのぐことになるかもしれない。


f0066555_10271119.jpg 「ちょっといいな」と思ったのは、堤防道からの落差を利用した長い滑り台。

 春音は喜ぶだろうな。 綾乃はまだ怖がるかな?

 園内は芝生が多く噴水なども設置されており、「いこいの広場」というのが正式名称らしい。



f0066555_10383924.jpg だからバラばかりでなく、すぐ隣に菖蒲園もある。

 最初に行った曽根城公園の菖蒲と違い、こちらはほぼ満開。
 残念ながら、種類が少ない。 (菖蒲はバラのつけたし?)



 というわけで最初はちょっとがっかりだったが、新しい「バラの名所」を発見でき、また来年その翌年とバラの成長を楽しみにできる。
[PR]
by t_ichib | 2010-06-05 23:04 | 今日もまた留守にしています