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ギリシャ旅行⑥ アクロポリスの丘-心癒される
 今日は最終の観光、そして帰国へと。
 ホテル出発は8:00だが、パスポートの確認などで昨日と同じ位あわただしい。
 2日間ともホテルへの帰着が遅く(夕食が外のレストランだったため)、朝夕ともアテネ市内を歩き回ることもできなかった。 今思うと、惜しいことをした。


f0066555_95964.jpg 最終日の観光のメインはパルテノン神殿だが、その前にアテネオリンピック(2004年)のスタジアムに立ち寄る。

 野口みずきさんがトップでここを走りぬけた。 その大興奮を思い出すと、想像していたより小さくひっそりとしている。

 現地ガイドさんによると、その8年前が「近代オリンピック100周年」にあたり、ギリシャ全体が自国開催の熱意に燃えていた。 結果は決選投票でアトランタに敗れた。

 そのためしばらくの間、ギリシャではコカコーラがボイコットされたとか。



 そのガイドさんは日本語がかなり達者。 ギリシャで日本語を学んだ後、日本へも語学研修に出かけられたそうだ。

 「物価が高くて、3ヶ月しかいられませんでした…」と。 東京以外の都市で学ばれたら、半年ぐらい滞在できたかも知れないのに。



f0066555_9302788.jpg 「いよいよ」とはやる心を抑えつつ、アクロポリスの正門プロピュライアを通る。

 パルテノン神殿はライトアップされており、2日前ミケーネからホテルに入る前にその夜景を見上げた。
 先ほどのオリンピックスタジアムからも、すぐ上に見上げることもできた。


f0066555_937329.jpg  161年に建築されたイドロ・アティコス音楽堂
 近年修復され、夏には演劇・コンサートが開催されている。

 私たちが実際に歩いたコースでは、上の写真より少し手前。
 観客席は約6000人。



 丘に上がるとパルテノン神殿を始めとした各施設は修復中。 大型の重機も見られる。 柱一つが、あるいは彫刻の一つが何トンもあるのだから…

f0066555_1021206.jpg パルテノン神殿の北側にあるエレクティオン

 大きな玄関は北側にあるが、南側の6体の少女像が屋根を支える「少女の玄関」が有名。
 もちろんレプリカで、本物は博物館にある。

 写真では分かりにくいが、玄関は建物から南に張り出しており、すぐ右側が入り口。


f0066555_10484285.jpg
 この写真と同じアングルで、妻が携帯メールを送ったところ、娘と妻の友人から「心が癒される」と返信があった。
 クレーンが写っているものの、背景の青空がいいのかもしれない。

 古代のギリシャ人も、畏敬の念と同時に安らぎを感じたのか。


f0066555_10552195.jpg 丘を南側に下り「新アクロポリス博物館」へ。
 残念ながら、内部はすべて撮影禁止。

 興味を覚えたのは、長い時代を感じさせる黄色くなった彫刻と、真新しい真っ白な大理石の彫刻。
 黄色いのは本物で、新しいものはレプリカ。

 「本物は、大英博物館にあります」と、何度もガイドさんが説明。



 昨日の観光船のショータイムでも歌われ、おみやげ屋でも流されていたりで、「日曜はダメよ」の主題歌は今もギリシャでは人気があるらしい。

 主演女優メリナ・メルクーリの名は、1960年代の映画なので若い人はご存じないだろうが、ギリシャ軍事政権崩壊後に、文化相を勤めた政治家でもある。

 ガイドさんもメリナ・メルクーリの名を上げ、イギリスと文化財の変換交渉を進めていると言う。
 彼女の功績で一定の約束を引き出したが、「後100年位しないと、返ってこないだろう」とも。

 当時の博物館は小さく、「収納できないだろう」と言うのが一つの口実。 で、写真のような立派な博物館を用意した。 …なのに。

 エジプトの返還要求にも同じようなことを言っているらしいが。


 当時のギリシャ・エジプトなどではその価値が認識されておらず、破壊・散逸から保護された功績は認めるが、遺物はその国で保存されてこそ…

 というようなことを強く感じながら帰国の途についた。
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by t_ichib | 2011-02-18 22:40 | 今日もまた旅の空
ギリシャ旅行⑤ エーゲ海-出会った元気な日本人
 5日目の今日は、ゆったりとエーゲ海1日クルーズを楽しむ。

 ただしクルーズの船の出航時間に間に合うようにと、そして朝のアテネの渋滞を避けようと、なんと早朝7:15の出発。
 朝食の時間も通常7:00からのところを、私たちのために6:30から開けてもらう。

 で、私たちが食堂を後にする頃になって、おいしそうなオムレツやら果物・サラダなどが運ばれてくる。 食い物の恨み… 明日の朝こそは。


f0066555_9554511.jpg ピレウス港を出航すると、イドラ・ポロス・エギナの順に3島をめぐる。

 クルーズ船の日本人スタッフから説明を受ける。 仙台出身だという(失礼ながら私たちより少し年配の)女性、久美子さん。
 潮風に鍛えられた、マイクなしでも全員に届きそうな大きなガラガラ声。

 帰路のショータイムでも司会を務め、ひときわ目立っていた。


 乗客は120~130名、日本人が1/3を占め最も多いそうだ。 ということは、私たち以外に数組の個人客が乗船している。
 今は観光シーズンのオフにあたるのか、昨日までは一度も他の日本人観光客に出会っていなかった。


f0066555_11235667.jpg イドラ島は、交通手段が船とロバだけという島。 そう言えば自転車さえ見かけなかった。

 写真のロバたちは、もちろん観光客用。 1人10ユーロ… 自分の足で歩くことに。


f0066555_11292777.jpg 確かに波止場から1歩町に入ると、車が通れそうもない細い道になる。

 白い壁と茶色の家々が、小高いところから眺められ美しい。
 人口は約3000人。 19世紀には地中海貿易で繁栄した、そのせいか立派な大聖堂が残されている。



f0066555_13174150.jpg 2番目のポロス島は3つの中で最も小さい島。 人口は約4000人。

 観光船が着いた所から海沿いに半周し、小船が繋留された白い桟橋に乗ってみる。
 港の海はすぐ深くなっており、桟橋の1/3より先は海に浮かんでいるようで、足元がふわふわする。

 港沿いの道はイドラ島とは違い、車が行き交う。


f0066555_11573419.jpg 上の写真のやや右上の白い建物がこの時計塔。
 島一番の観光名所らしく、私たちの一行も真っ先にここを目指した。

 港のベンチで私たちの声を聞きつけ、「アンタ、日本人?」と声をかけられた。
 ギリシャ人と結婚して、この島に移り住んだという日本女性。 1人目の子は日本で、2人目はギリシャで生んだというが、お年から判断して50年ほど前のこと?

 「ギリシャ語? 発音は簡単。 単語を並べるだけでいい」と、ことなげにおっしゃる。
 息子さんは日系の企業に勤められている。 ギリシャ・日本双方に強みがある海運業の会社。

 危うく出航の時間に遅れてしまいそうになるほど、話し込んでしまった。



 最後のエギナ島は最も大きく、人口は14,000人。
 古くは、地中海交易で栄えたが、アテナと競合関係にあり紀元前5世紀に敗れている。
 アテナから近いこともあり、お金持ちの別荘なども多いという。

f0066555_13593085.jpg 遺跡などを巡るオプショナルツアーがあるというので、それに参加する。
 バスのガイドはなんと久美子さん、同じガラガラ声を聞く。 声だけでなく、体力も相当…

 写真はアフェア神殿。 神殿の柱32本の内24本が残っており「ギリシャでも最も完全な形…」と説明されたが、遺跡の規模は小さい。

 大小では価値は計れないだろうが、彫刻とか宝物なども少なくともここにはない。



 歴史を秘めた修道院とかもあるが、車窓から見るだけ。 美しい教会があったのに、外からの写真撮影のみ。

 「ピスタチオの工場見学」にいたっては、機械は動いていなくてピスタチオの試食・販売をしているだけ。 (もちろん買ったけど…)

 これでツアー代金、1人25ユーロは高いんじゃない?


 ピスタチオの木は今は葉が出ていない時期で、イチジクの木のよう。 そしてイチジク同様に花は咲かず、いきなり実がつくらしい。


f0066555_14502470.jpg オプショナルツアーのバスを降りて、港を散策。

 左側に美しい教会、写真に写っていないが右側が海。
 添乗員から「エーゲ海は魚が獲れなくて、ギリシャでは魚は高級品」と聞いていたが、停泊している船はどう見ても漁船。

 魚市場らしきものも有ったし、少しは獲れるんだ。 (船内のランチもシーフードだった)
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by t_ichib | 2011-02-17 22:37 | 今日もまた旅の空
ギリシャ旅行④ オリンピア~ミケーネ-ハードな日程
 今日は3番目と4番目の世界遺産オリンピアとミケーネを回る。 後のミケーネは3時に遺跡の拝観が終了してしまうということで、前2日とは30分早い出発。
 それでも、昨夜の内にマーケットで買い物を楽しめたし、朝の散策もできた。

 オリンピアの町は今までより少し大きく、ホテルも私たちだけでほぼ満室という前2日の宿より大きい。 部屋もゆったりで、何よりも浴室で足を伸ばして風呂に浸かれるのがうれしい。
 少しづつ宿が良くなっていくのは、旅行社の作戦? 2日間連泊のアテネのホテルは5つ星だそうだ。


f0066555_11102374.jpg 古代オリンピック発祥の地、オリンピア。

 「ここが競技場、そしてレスリング等の練習場、あちらは貴族たちの宿泊施設…」などと説明を受ける。
 選手たちはテントに寝泊り、暖かい季節に開催されるので、それで十分だったらしい。


 競技は不思議なことに、歌のような芸術の分野もあったという。
 格闘技は苛酷で選手のなり手が少なかったというが、一方観客はその熾烈さに熱狂した。


f0066555_11192930.jpg 競技が行われるスタジアムへはここを通って入る。

 アーチの部分が一部しか残ってなくて門のように見えるが、ず~っと覆われておりトンネルだったという。
 (写真は入場後に背後を振り返って撮ったもの)


f0066555_11425413.jpg スタジアムの内部。

 写真の奥の方へと、ずいぶん細長い。 ここでは短距離走や、投擲競技が行われたのだろうか? 左右の芝生部分が観客席。
 手前のブロックのようなものは反響板で、「只今の勝者は~」などと審判の声がよく響くようにしていた。
 そのためには壁のようだったのでは? 基礎の部分だけが残った? それとも下に埋まってしまった?


f0066555_1152084.jpg 遺跡の中のフィリペイオン。
 一部の柱しか残っていないが、復元図によるとぐる~っとつながった美しい円形の建物。

 マケドニア王が戦争勝利を記念して奉納した。
 この近くには、給水施設やゼウスや妻ヘラの神殿などもある。

 ゼウス神殿の方が規模が大きいが、不思議なことに作られたのはヘラ神殿の方が数百年も古い。
 オリンピックの聖火がヘラ神殿で採火されるのは、そのためだろうか?


 遺跡から、オリンピア博物館に入る。

f0066555_1262578.jpg ゼウス神殿の破風を飾った数々の彫刻群。

 昨日は「東に掲げられたものは、東に…」と書いたが、ここのことだっただろうか?
 上半身が人で下半身は獣のケンタウロスとの戦いなど、いくつもの神話を題材にした彫刻だとか、いくつもの説明を受けたが、今ではそのすべてがゴチャゴチャ。


f0066555_121738.jpg 勝利の女神ニケ。

 翼や顔の一部・腕の部分が欠けているが、十分美しさがうかがえる。
 ニケは「nike」と綴られ、スポーツ用品のメーカー「ナイキ」はその社名とロゴマークをニケの翼から採っている。
 知らなかった…。 同行の多くの人は知っていたのだろうが。


f0066555_12253812.jpg ヘラ神殿から発掘された「赤子のディオニソスをあやすヘルメス」

 ゼウスの使者ヘルメスが、嫉妬に狂った妻ヘラから赤子を守るため、ニンフに届けようとしている。 (何度も繰り返すが、神々の身勝手さ・人間臭さ…)

 ディオニソスはローマ神話での名前、酒の神バッカスなら私には分かる。 飲めないんだが…


 そこから再びバスに乗車し、ミケーネ遺跡へ向かう。

 今度の旅行中何度も、例の「ギリシャ危機」に関連する「ユーロ圏最貧国」ギリシャの状況を添乗員から、現地ガイドの口からも聞く。
 給料が9万円位しかない人もいるとか。 この後、アテネに向かう道筋でデモ(頻発しているらしい)があるから、別のルートを通って市内に入るとか…

 その雇用対策のため、日本からの添乗員以外に現地ガイドを付けなければならない。 (イタリア・スペインなどでもそうだったが)

 ただし、せっかく経験豊富な添乗員さんが一緒なのに、英語⇒日本語と倍の時間を取られるのは、私たちにとって苦痛。
 もちろん今までには、にこやかに冗談などを言い私たちを笑わせてくれる、素敵なガイドさんともたくさん会ってはいるが。

 なのに…、ミケーネのガイドは約束の時間に遅れてきた。
 同じ会社なのだろうが、バスの運転手から厳しく苦言を呈されていた。
 その運転手は、前日まではにこやかですごく丁寧な運転振りだったのに、今日は食事・休憩のたび「時間がない」と添乗員を急かすほど。 運転振りも少し「地をむき出し」気味…?
 「俺がこんなにがんばって来たのに!」と言ったところ。

f0066555_13421333.jpg ガイドを待つ間に添乗員から遺跡の概略を聞き、ミケーネの権威を示す「獅子の門」をくぐる。

 私は世界史に疎いのだが、クレタ文明を受け継ぎ地中海一帯を支配していたという。
 平和的だったクレタとは異なり、かなり武力的で貿易も海賊的だったという。

 王アガメムノンは、先ほどのトロイ戦争の勝者。 トロイの王女を戦利品として連れ帰る。
 嫉妬した妻は愛人とともに王を殺し、権力の座につく。
 さらに何年かを経て、王の娘と息子が母と愛人に復讐を遂げる… なんともギリシャ神話の伝えるところは…


f0066555_14143632.jpg 獅子の門から小高い岡に登ったところ。

 王宮の跡だったり、王が殺された浴室の跡だったりと、説明されなければ区別のつかない岩だらけの場所。
 正直な感想を言えば、繁栄を極めた王城にしては意外に小さいなと。
 そして、やや勾配のきつい不便な土地だなとも。 周囲と戦争をしていた時代だから、当然こんなところに城壁を築いて住んでいたのかも。


 今日のブログのタイトルに「ハードな」と書いたが、遺跡をめぐっている間は興味深いことが多く、ハードとは思わなかった。
 ハードだったのは、この日の昼食がミケーネの観光が終わった午後3時になったことくらい。 あるいはバスの運転手だけがハードだった?


f0066555_1444592.jpg アテネへは半島を陸続きのコースで向かう。
 ぺロポネソス半島の付け根はわずか6Kmあまり、古くからここに運河を通す計画があったが、コリントス運河が完成したのは1893年。

 湾とエーゲ海を結ぶコースは、半島を迂回するのと比べ400Kmも短縮された。
 しかし貨物船が大型化したため、現在は観光船が通過するのみ。 それでも年間11,000隻の船が通過する。

 水面部の幅は25m、最も高いところでは水面まで80m。
 見るからに、崩れ落ちないのが不思議な位の急勾配。 これでは誰も幅を広げようとは思わないはず。


 アテネへは別ルートを取ったのか、心配したデモに遭遇することもなくホテルに到着。
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by t_ichib | 2011-02-16 22:50 | 今日もまた旅の空
ギリシャ旅行③ デルフィ遺跡-そこは世界の中心だった
昨日と同様に出発まで少し余裕があり、朝食後の散歩に出かける。

f0066555_20574426.jpg デルフィは昨日よりは大きな町、ホテルの数も多い。 今は観光シーズンでなく、扉を閉めているホテルが多く見られる。

 町全体が斜面にあり、上・中・下に3本の通りがある。 私たちのホテルは真ん中の道に面し、フロント階(0階)から上には2階まで、下には3階まである。
 私が泊まった部屋は-3階で、裏通り(下の道)から見えてしまうのでカーテンが開けられない。


f0066555_205815100.jpg 教会や高校もあり、通学する高校生たちとすれ違う。

 一般の住宅地は、ホテルや商店街がある上中下の通りよりさらに上、あるいは下に広がる。

 デルフィ遺跡はこの町からバスでわずか5分位の所にある。 以前は遺跡の上に村があり、遺跡が発掘されたことにより、村全体が現在の位置に移転したとのこと。



f0066555_21154770.jpg デルフィ博物館に入り最初に対面したのが、スフィンクスの像。
 エジプトのピラミッドのそばのスフィンクスとは、ずいぶん趣きが違う。
 色・形とも、実に女性らしい印象を受ける。

 ただし大きさはかなりのもので、台座だけで私たちの身長を超える。


f0066555_21385440.jpg 博物館の展示物は、この像や神殿の破風を飾った彫刻なども、東にあったものは東に、西にあったものは西側に展示されており、分かりやすい。

 ギリシャ神話は子供の頃に読んだことがあるきりだったが、添乗員さんの説明でそのいくつかをおぼろげに思い出した。

 その頃に感じた神々の「理不尽さ」も。 たとえば、トロイ戦争の発端となった「パリスの審判」など。
 3人の女神たちの贈り物(ワイロ)の内、「絶世の美女」を選んだがため、王の妃だったヘレンを拉致し戦争を引き起こす。 その双方に神々が分かれて応援した…。


f0066555_2215078.jpg 大きく美しい絵が人目を引く。 これが杯だなんて、お酒が飲めない私には想像もつかない。

 美しい女性が描かれている…と思ったところ、ゼウスの息子アポロンなのだそうだ。 音楽の神だったアポロンは竪琴を持って描かれていることが多い。

 黒い鳥は彼の恋人エグリだという。
 この神話は知らないが、ゼウスが嫉妬深い妻ヘラを恐れ、恋人を牛に変えていたなどの「理不尽」さは、少し記憶にある。 実に「人間らしい」神とも言えるが。


f0066555_22361133.jpg 背後にある3美神の像は、神殿の柱だったそうだ。

 それよりも添乗員さんが熱をこめて説明してくれたのが、手前にある「大地のへそ」と言われるもの。
 地球が平らだと思われていた時代、世界の中心とされた場所に置かれ、そこで数々の神託が下された。 「デルポイの神託」(デルフィは英語読み)

 神がかりとなった巫女(当初は近くに住む農婦)が、大声で言葉ともつかぬ声でわめく。 それに神官たちが解釈を下す。
 神託を求めて各地からやってくる人たちから様々な情報を得ており、彼らの神託はかなり正確で、権威があったようだ。
 …で、自分に有利な神託を得ようとする人たちのワイロもあったという。



f0066555_22542031.jpg 博物館を出て、デルフィ遺跡を歩く。

 写真はアポロン神殿。
 これは最終日の現地ガイドさんから教えていただいたことだが、デルフィ遺跡を含めギリシャ時代の遺跡は、後世に徹底的に破壊つくされた。
 肉体美を誇る男性像は粉々に、美しい女性像はその顔、特に鼻などを欠いた。

 ギリシャ神話の遺物は、キリスト教にとっては異教徒のものだった。 そして、徹底的に破壊された遺跡の上に村ができていた。


f0066555_23175738.jpg 今日も昼食後は255Kmをひたすらバス移動。 オリンピアに向かう。

 オリンピアはギリシャ本島と陸続きのペロポネソス半島にあるが、デルフィからは海を越えたほうが早い。
 アテネオリンピックが開催された2004年に、リオ・アンティリオ橋が完成したが、通行料はかなりお高い。 というわけで、私たちはフェリーで渡る。

 その方が私たちにとって、バスの座席に縛り付けられずにすみ、甲板を歩き回り美しい橋を眺めておられる。

 ところでこの橋の構造は、同行のその道に詳しそうな(?)人によると、最新の技術が生かされたものだそうだ。

 日本の瀬戸大橋などは、2本の柱の間に電車の架線のように張られたワイヤーから、何本もの縦のワイヤーで吊られている。
 この橋では1本の柱から傘の骨組みを反対にしたように、放射状に吊られている。 かなり工費が抑えられるとか。

 そんな「目からウロコ」を一つ加えて、オリンピアの宿へ。
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by t_ichib | 2011-02-15 20:55 | 今日もまた旅の空
ギリシャ旅行② メテオラ-想像を絶する世界
 ギリシャには世界遺産が15あり、今回のツアーではその内の5つを巡る。

f0066555_10431657.jpg 最初の世界遺産「メテオラ」の拠点となるのは、カランバカという小さな村。

 朝食後に村を散策してみたが、通りのすぐ後まで奇岩が迫っている。
 メテオラは、この奇岩の立ち並ぶ自然遺産とギリシャ正教の修道院の文化遺産を合わせた複合世界遺産となっている。


 メテオラに俗生活を逃れ、神との交流を求め修道士たちが洞窟などに住み始めたのは、9世紀ごろといわれており、14世紀になって修道院が築かれた。
 最盛期には24もの修道院があったそうだが、現在は6つの修道院が残されており、その内2つは女子修道院。


f0066555_11141365.jpg メガロ・メテオロン修道院(メタモルファス修道院)は、最初に築かれメテオラの中心となっている修道院。

 当時は道らしき道はなく、建築資材を運び上げるにも大変な苦労が必要だっただろうが、現在はバスで修道院まで行くことができる。
 駐車場には小さなみやげ物屋まである。

f0066555_11281579.jpg その当時、人も資材もはしごやロープで引上げられたのだろうが、現在は手摺の付いた通路や階段を登る。
 それでも息切れがして、時々小休止が必要となるが。

 階段の曲がり角などで、そそり立つ奇岩とその上に築かれた他の修道院などを見ることができる。


 日本でなら、芭蕉も「奥の細道」で旅した東北の山寺・出羽三山などに似ているのかとも思うが、異教徒・異民族の脅威にさらされていたことが異なるのかも。


f0066555_11411449.jpg 修道院の中では、女性のズボン姿はダメで、貸してもらえるスカートをズボンの上に着ける。

 そして修道院内の教会や宝物庫などの撮影も禁止。
 かろうじて撮影可能で、修道院らしき所の写真はこれくらい。


f0066555_11512840.jpg 当時は修道士たちの数も多く、野菜やブドウを育て自給自足の生活をしていたという。
 今では修道士になる人も少なくなり、ブドウ畑も見捨てられたが、ワイン製造・貯蔵庫などが残されている。

 日本の仏教ではお酒が禁じられていたが、キリスト教ではワインが宗教儀式の必須のものとなっており、今も町の教会からは「修道院で作られたワイン」が求められるという。


f0066555_12584356.jpg この崖の上に立つ修道院はこの後に立寄ったヴァルラーム修道院だったか、他の修道院だったか。

 とにかく大小の差こそあれ、どの修道院もこんな切り立った岩の上に建っている。
 こんな崖をロープで上り下りし、わずかな土地で野菜などを育てる。
 なんという生活だったろう?
 今では修道士たちも車を使い、町のマーケットなどでその姿を見られるというが。


 この日の現地ガイドは、英語で説明し添乗員が日本語に訳すものだったが、所々で「丸暗記」した日本語で説明してくれた。
 橋と箸、端などアクセントの違いで、想像力を発揮しないと理解できないが、その気持がうれしかった。


f0066555_13372263.jpg メテオラの山道にたくさん咲いていたこの花、てっきり季節が早い「桜!」と思ったが、アーモンドの花だそうだ。
 この後もいろんな場所に咲いており、枯れた木の実が残っているのを見つけ、アーモンドだと確認できた。

 昔、中国に留学中の阿倍仲麻呂が月を見て故郷を懐かしんだように、ギリシャに住む日本人はアーモンドの季節に「花見」をする?


 メテオラの観光、昼食を済ませると、次の観光の拠点デルフィまで再び210Kmのバス移動。 疲れたが夜はぐっすり眠れ、時差ぼけからすっきり解放。
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by t_ichib | 2011-02-14 22:37 | 今日もまた旅の空
ギリシャ旅行① 長い長~い往路
 実際には前日の12日の21:30に中部国際空港を出発、3時間半で北京に到着。
 中国から搭乗する人たちを待つ1時間半(積雪のため2時間になったが)の機内待機は少しつらい。
 ただし、中部から乗り込んだのは私たちのツアー一行35名を含めてわずか50名ほど、がらがらの機内が中国からの乗客で8割強となった。
 年々中部からの国際便が減る一方の中、便数を確保するには止むを得ないのか?


f0066555_1623556.jpg そこから9時間半、UAEの首都アブダビ空港に着く。

 奇妙に反りかえった建物は、アブダビ空港の管制塔らしい。
 ここでも2時間ほどの待ち時間があったが、空港内を歩き回り免税品などのショッピングができるだけ、北京での待機よりずい分ラク。


f0066555_16422981.jpg アブダビからは同じUAE国営エティハド航空だが、少し小さい飛行機に乗り換えギリシャに向かう。

 その機内から見た奇妙な光景。
 眼下に広がる無数の奇妙な丸いもの。 通路側に座った私は肉眼で見ていないので、実際の色合いは分からない。
 添乗員さんによると、砂漠地帯なのでスプリンクラーで散水しての農業が行われているとのこと。 だから丸い?


f0066555_16533998.jpg そこからさらに5時間半をかけて、ようやくギリシャに着く。

 ここでも飛行機の中から、下の写真を撮る。
 窓側の席の妻から指差されて、今度は私も肉眼で見下ろす。
 明日からのギリシャ観光に期待が持てそう。


f0066555_1732839.jpg アブダビ空港の奇妙な形の管制塔の写真を紹介したので、ついでにギリシャのごく普通の管制塔の写真を。

 タイトルに「長い往路」としたが、復路も当然長い。 が、往路は空港から355Kmをバスで最初のホテルに向かう。


 高速道路をひたすら走るが、ギリシャらしい光景はあまりない。 もちろん収穫量が世界第3位のオリーブ畑は至る所で目にするが、それはトルコでもスペインでも見ているし…。

 ホテル到着は、19時過ぎ。 時差7時間をいれると中部を出発して、30時間近い。
 お手ごろ価格のツアーなのでぜいたくは言えないが、エティハド航空を利用しての観光はお勧めではない。
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by t_ichib | 2011-02-13 23:00 | 今日もまた旅の空