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浜名湖ガーデンパーク
 東日本の大震災が起こる前、鎌倉に出かけることにしていた。
 鎌倉とか箱根とかは、私たちの地方では修学旅行先にもなっている観光地。 なのに2人ともまだ一度も行ったことがない。

 そこに今度の大震災、予約していたホテルに電話をして状況を聞いてみる。 やはりホテルも被害を受けているらしく、備品など破損したままだとか。
 「ご不便をおかけすることもあるでしょうが、それでもよろしければお泊りいただけます」ということだったが、キャンセルすることにした。

 私たちの不便さより、災害復旧に懸命になっておられる所へ、のんびり観光になど出かけられない。


 急遽、行く先は浜名湖周辺に日帰りで出かけることにした。
 朝7時に出発し高速道路の渋滞もなく、開門時間9時ちょうどにガーデンパークに着く。


f0066555_15444627.jpg 春とはいえ、「まだ寒いから…」と思っていたが、意外に花の種類が多いのに驚く。

 やや地味かなと思うクリスマスローズも、色の濃さが微妙に違い覚えきれないカタカナの品種名がいくつも。

 園内には、いくつかの地域の「コンクール?」の花壇が設けられているのか、何組もの親子連れが花の苗を移植していた。
 この花が咲きそろう季節には、園内はさらに花やかになりそう。


f0066555_15534910.jpg この時期の目立つ水仙も、色とりどりで興味深い。
 白い花、黄色い花。 同じ白でも花弁が赤かったり。

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 気温も暖かだったので、今年初めて蝶々が飛んでいるのを見かけた。

f0066555_16103153.jpg 早咲きのサクラも何種類か花をつけており、その花にはメジロが来て蜜を吸っていた。 よく見ると何匹も。

 サクラの種類も、オカメ・イズタガアカ・オオシマ・カンヒなど… これは「天の川」という種類だったか?



f0066555_1613654.jpg 公園内の「百華園」には、その名のようにこの時期にも様々な花が咲いている。
 つややかな黄色のヒメリュウキンカ

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 真っ白なスノーフレーク
 とても覚えきれないが、ようやくこの2つだけ記憶にとどめた。


f0066555_16425094.jpg 同じく百華園に咲いていた花。 あまり見かけない花だったので。
 帰ってからガーデンパークのホームページで「ハナニラ」という名を知った。

 写真で見るよりもう少し青っぽい色だった。 中南米産のユリ科の花だそうだ。



 昼食後はもう1ヶ所、浜松エアーパーク(航空自衛隊浜松広報館)へ。
 ガーデンパークが地元の親子連れが多かったのに比べ、ここの駐車場には遠くからの車が多く、「全国区?」と思った。

 戦闘機などの展示があったが、その中に大型の輸送用ヘリコプターがあり、津波の救援活動を思い出す。
 再度、この時期「観光などしていて良かったのかな?」と。
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by t_ichib | 2011-03-20 22:26 | 今日もまた留守にしています
この雪は被災地にも
 今朝起きると、今年はもう降らないと思っていた雪がうっすらと。 …どうりで寒いはず。
 天井の高い学校の体育館などで、毛布1枚きりで夜を過ごした被災者の皆さんは、きっと凍える思いだっただろう。

 連日の報道は、一度テレビの前に座ると目が離せず、気づくと1~2時間も見てしまっている。
 支援の手はすぐそばまで来ているのに、道がズタズタになっていたり、車のガソリンが不足していて、被災者の手元に届いていないとか。

 地震・津波で亡くなったたくさんの命は取り返しようがないが、「水を、毛布を、食料を」との被災者たちの願いを、おろかな「買いだめ」などで邪魔しないようにと、自分を戒める。


 金曜日の大地震を、外出していて気づかずにいた私のバカさ・のん気さを書いたばかりだが。 (妻はその時フラフラして「めまい?」と思ったのが、「地震だったのか?」と言っている。)


 そんな私たちのことを、息子は姉へ「あの地震に気がつかないなんて!」とメールしてきたみたいだ。 もしかして「老人性〇〇症」を心配した?

 そんな私たちにも、余震の一つだったかもしれない静岡の地震には十分気がついた。

 再び心配してメールしてきた息子には、「大丈夫」と伝えたが、その息子のメールには「地震以来、(交通手段の乱れで)自宅待機で会社には行っていない」とあった。 (火曜日のこと)

 東京電力の被害による計画停電により、首都圏の人々も大変な不便に見舞われているようだ。


 自治体やPTAなどからの救援物資の呼びかけもまだ来ていない。 ガソリン不足により輸送手段が困難な状況なので、遠くから物を送るよりはと、少ないながら日赤を通じて義捐金を今送ってきたところ。
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by t_ichib | 2011-03-17 13:49
大変な災害、心配
 次々にテレビの画面に流される地震、そして津波の被害の恐ろしさ。
 一つの住宅地が、一つの町がそっくり津波にさらわれてしまっている。 次々に流される被害の映像に目が釘付けにされてしまう。
 そして今は、原子力発電所の放射能漏れへの被害へと発展してきている。


 実は地震の発生時には外出していて、まったく気がつかずにいた。
 帰宅してしばらく後のこと、東京の息子から電話がある。 「そちらは地震どうだった?」と。 観測史上最大の地震だったなど、知らなかったので「なんとも無いよ」と答える。

 知らない私はのん気なものだったが、渦中にいた息子は大変だっただろう。 電話だってなかなかつながらなかったはず。 そして次に通話を待つ人がいたのか、短くて十分な説明もなかった。

 状況が分かったのは、6時を過ぎて娘から(弟を心配してか)電話があってから。  あわててテレビをつけようやく、地震の重大さに気づく。


 都心の交通機関の回復にはかなり時間がかかったようで、午後10時過ぎになってようやく一つ手前の駅まで開通し、部屋に帰りついたのは日付が変わってからになったようだ。



 被災地で救出された家族と再会を果たした人が、「まだ安否の分からない人がたくさんおられるので…」と、喜びを控えておられた。
 私も息子の無事だけを喜んではいられない。


 余震が続く被災地での救出活動はプロに任せるしかないが、その後の被災者の生活再建には私たちにもできることがあるかもしれない。
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by t_ichib | 2011-03-12 20:08
お別れ遠足
 昨日、岐阜市に住む娘の所へ出かけた。 用件は軽い喘息ぎみの春音と彩乃を小児科に連れて行くこと。
 二人とも大きくなるに従い少しづつ丈夫になって、以前ほど熱を出したり風邪をひいたりすることが少なくなったが、こうした慢性ぎみの病気は心配。

 診察の予約は5時から、その前に…


 先日の地方ニュースで紹介されていたオウレンの花を見に行くことにした。 岐阜畜産センターの隣にある岐阜薬大の「薬草園」

f0066555_955227.jpg 一面に咲いていたのは、セリバオウレン

 テレビの映像で紹介されていた時も小さな花だと思っていたが、その想像よりも小さい。
 雌花と雄花に分かれているそうで、たぶん左側のおしべがたくさんついたのが雄花、右下に見えるのが雌花だと思う。


f0066555_101225.jpg 一群れだけに固まって咲いていたのが、バイカオウレン
 先に来ていた人に「あそこに咲いていましたよ」と、場所を教えていただいた。
 教えていただかなかったら、見落としていたかもしれないほど小さな一区画。
 花は、セリバオウレンより一回り大きい。


 無事診察も終え2人を連れ帰り、娘の帰宅を待つ。
 台所の今月の予定表には、「ひなまつり発表会」、卒園式など2人に(特に春音か?)関する予定ばかりがずらりと。

 それによると、翌日(つまり今日)が「お別れ遠足」
 バスに乗って犬山まで行くそうだ。 バスは1台なので、卒園生と次に大きいクラスの子だけ。
 綾乃を含めた小さい子たちは、園でお留守番。

 お留守番の子たちはうらやましいと思うだろうか? 特に綾乃のように、お兄ちゃん・おねえちゃんがいる子は、おいしそうなお弁当を作ったもらっているのを見たら…


 翌日の今日は、少なくとも昼間はいいお天気でよかった。

 我が家の近くの保育園でも、偶然にも「お別れ遠足」だったみたいで、窓の外をワイワイガヤガヤと小さな子たちが通る。
 こちらはバスではないので、定員もなく全員参加。 自然が豊かで、車の往来も少ない田舎の方がやっぱりいいのかな。
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by t_ichib | 2011-03-10 22:02 | 今日もまたジジ馬鹿・親ばか
恐縮しつつ…
 いつも旅行先で本当に気持ちよくお話でき親しくなれたツアー仲間とも、旅を終えた途端にそれっきりになることがほとんど。
 一度だけだったが、本当に偶然に「以前ご一緒だったね」と声を掛けられたことがあった。 それも別の旅先のでのこと。

 それが前回のギリシャ旅行でご一緒だったMさんご夫婦とは、同じ岐阜県からの参加ということに加え、奥様がブログ仲間というご縁もあり、お招きを受けお宅をご訪問することとなった。


 奥様はギリシャの旅行中、立ち寄られたお店の女性とお話に夢中になり、時間を忘れてしまうほど英語がご堪能で、しかもそのことをさりげなく少しもご自慢になさらない方。
 ご主人はさる大企業の研究室に勤められた後、大学で教えておられる(工学部?)という。
 旅先では「俺も英語はできるんだよ」などと一言もおっしゃられなかったのが、会社時代には海外に何度も出かけ技術関係の会話はこなされていたとか。

 そのことだけでも十分恐縮してしまうのに…


 Mさんのご自宅は江戸時代の庄屋さまの家系で、現在は岐阜県岐南町指定有形文化財となっている。

f0066555_12203743.jpg 旅先で資料をいただいていたので承知をしていたが、予想を上回る立派な「長屋門」。

 門の両側に部屋が作られており、片側には農機具が納められ、もう片側には小作人の住まいになっていたが、現在は資料展示室になっている。

 岐南町には明治になって、裕福なお宅が好んでこの「長屋門」を建てたと言い、現在でも4~50ほども残っているという。

 Mさん宅には、江戸・明治からの古文書・陶磁器・刀などが展示されており、丁寧な説明に口を大きくあんぐり開けているばかりで、写真を撮るのをすっかり失念しており、ご紹介できないのが残念。


 この日の訪問は、以前に岐阜県のIT関係の研修でご一緒だったNさんもご招待を受けておられた。 (Nさんは私たちのグループのリーダー)
 私たちと同年齢などと思われてしまうといけないので、一言。 まだ中学生のお子さんをお持ちのMさんの言葉を借りれば、「若くてまぶしい」ほどの女性。

 Mさんは「つきみそう」という、Nさんはnontaの「ホーリードアー的な田舎生活日記」というブログをなっさっておられる。

 お二人のブログを拝見していいるだけで、地域や社会に尽くされお忙しそうなのが伝わってくる。


f0066555_13545024.jpg はっと気がついて写真を撮り始めたのは、貴重な資料を通り過ぎてしまってから。

 それでもこの豪華な段飾りや、奥様がご幼少のころに乗られた家紋入りの乳母車などに、格式が感じられる。

 こうした文物を整理し展示なさろうとされたのは、奥様のお父さんが大学を退官なされてからで、貴重な資料もたとえば刀剣類のいくつかは、戦時中に軍への供出などで失われてしまったそうだ。


 こうした貴重なものを維持管理されていくのは大変なことで、最初の写真の長屋門も5年ほど前に痛みがひどく修復されたそうだが、「新しく作ったほうが安い」といわれるように文化財を保護していくのは、費用の面でも大変なご負担だと思った。
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by t_ichib | 2011-03-08 12:48 | 今日もまた留守にしています