<   2013年 01月 ( 11 )   > この月の画像一覧
スリランカ⑦ 
 スリランカでは、大都会のホテルなどは別格として、地方へ行くとどちらかというと小さなホテルが多い。

f0066555_14152487.jpg スリランカ最後の宿は、部屋数はわずか18室。
 が、ここは特別らしい。
 イギリスの統治時代からの歴史を持ち、海に面した絶好のロケーション。

 部屋数にくらべ、ガーデン部分を含め、贅沢な広さを持っている。

 今朝も新婚カップルがカメラマンを従え、数々の写真を撮っていた。 外国人の私には、うかがい知ることのできないものがあるホテル?



 最終日は【世界遺産:ゴール旧市街】の観光

f0066555_1533386.jpg 【旧市街への入り口】

 城壁の窓の下は「東インド会社」の紋章だという。
 そんな名前を見聞きするのは、高校の教科書以来のこと。

 旧市街はこの城壁により、外敵の侵入から堅固に守られてきた。


f0066555_1624650.jpg 【ゴール旧港】

 ゴールは古代からよく知られた港、16世紀にはポルトガル、17世紀にはオランダ、18世紀末にはイギリスの統治のもと発展してきた。

 現在は大型船が入港できるよう別のところに移動しているが、昔はどんなに賑わいを見せていたことだろうか。


f0066555_1711290.jpg 【オランダ統治時代の教会と図書館】

 手前の赤い平屋が図書館

 このあたりでも赤や白のリボンの車、赤・白の衣装の花嫁に出会う。
 きれいなところなので、歴史を知らなくても撮ってみたくなる場所。


f0066555_1714641.jpg 【ゴールの要塞】

 改めてガイドブックの航空写真などを見ると、半島の先端部分が見事に城壁に囲まれている。

 残念ながらここでそんなに時間が取れず、城壁の一部を少し歩いただけだった。

 スマトラ沖の津波の時には、スリランカも大きな被害を受けた。
 新市街では4000人という大きな犠牲者を出したが、旧市街では1人の被害者も出さなかったという。


f0066555_2134327.jpg 【これは?】

 この下は牢があると聞いたので、その空気抜きの孔かと思ったが、実はここから囚人たちの食事を投げ落とす孔だという。

 あたかも動物のように、「餌を与えられている」かのような、過酷な扱いだったのだろうと…



 昨日までとうって変わったような上天気で、かなりの汗をかき昨夜のホテルに戻り、シャワーをあびて、最後のドライブと観光へ。

 昨日はコロンボ方面から高速道路を走ったが、一般道を数年前の津波の被害跡・ムーンストンの採掘の様子を見学しながら走る。



f0066555_21462011.jpg 【コロンボのホテル】

 ちょっとホテルの名前は忘れてしまったが、わざわざガイドが立ち寄ったのだから、きっと星がいくつかついたホテル、宇宙飛行士のガガーリンの胸像があった。

 むしろ印象に残ったのは、このホテルの向かい側に大きな広場があり、大勢の人がいたこと。
 こんな時期なのに凧揚げをしていた。

 ついでに聞いてみたら、スリランカではお正月のお祝いは、4月に行われるとか。


f0066555_16321196.jpg 【コロンボ歴史地区】

 植民地時代のコロニアル様式の建物が並ぶ。

 さらに左の通りにもコロニアル様式が並んでいるのに、写真左端に写る高層建築が異質。
 全体を統一して保存できなかったのか。


 このあたりにも国の重要施設があり、以前はこんな風に写真撮影ができなかった。 その写真が過激派の手に渡り、「テロの攻撃目標になるかもしれない」というのが、その理由。


 コロンボ空港を飛び立ったのは、ほとんど日付が変わる寸前。



f0066555_1658563.jpg 【スリランカ-成田間で見た富士】


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 【成田-名古屋間で再び見た富士】

 セントレアからの国際便が減り、いつもなら名古屋-成田間を、時間とエネルギーのムダと思うのに、今回はこんなすばらしい富士を見られたので。
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by t_ichib | 2013-01-26 20:35 | 今日もまた旅の空
スリランカ旅行⑥ スリランカの祝日
 昨日、象の孤児院近くのおみやげショップで、「象のウンチ」から作られた絵はがきを購入。

 象は大量の葉っぱなどを食べるので、それから紙を作ることができる。 ショップの裏手にある工房で、紙造りの工程も見せてもたった。
 前半の素材が違うだけで、後は和紙の製造工程と似てるのかな?

 絵本やカレンダーなども売っていたが、読めなかったり祝日が違っていたりするから。


f0066555_20594858.jpg 【ヌワラエリアの郵便局】

 19世紀に作られたという英国風の郵便局。

 昨日は購入した絵はがきを「夜の間に書いておいて、ここの郵便局から出すといいよ」と言われていた。

 金曜日なのに、扉が開いていない。
 実は今日はヒンズーかイスラムだかの聖人の誕生日とか。 ガイド・運転手とも仏教徒なので、「つい忘れてしまって…」と謝られた。

 「その代わり、明日は土曜日だけど郵便局は午前中開いているから」と。 
 じつは、これも不正解

 翌26日は満月祭という、日本にはない祝日。 月々変わる祝日なので、忘れても許されるか?

 当然毎月々々あり、敬虔な仏教徒はお寺などに籠もる。
 かき入れ時の土曜日なのに、明日はツクツクの運転手にとって、ヒマを持て余すことになる。


 というわけで、この日からは3連休。 高地から帰り道にすれ違うバスの数も多い。
 そのバスのどれもに、何か黄色い植物がつけてある。

 疑問に思った妻がガイドに尋ねると、「ヤシの花」だそうで、旅の安全を祈願する魔よけのようなものらしい。


f0066555_8575744.jpg 昼食に立ち寄ったレストランはでは、結婚披露パーティが行われていた。
 後方から遠慮がちに撮ってみたが、花嫁の衣装が赤いので新婚旅行後と分かる。

 すぐ横を川が流れ、ラフティングを楽しむゴムボートも何層か通り過ぎ、あるいは立ち寄っていくのか。


f0066555_950220.jpg 駐車場には、花嫁の衣装と同じ色のリボンで飾られた車も。

 翌日の観光地ゴールでは、さらに多くのこんな車を見かけた。
 ほとんどが赤だが、なかには白いリボンも。(観光スポットなどで、カメラマン付きの記念撮影)


 今日1日は移動日。 観光地を訪れたわけではないが、スリランカのいろいろな風習を、少しだけ知ることができた。
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by t_ichib | 2013-01-25 20:47 | 今日もまた旅の空
スリランカ旅行⑤ だまされた「この~木なんの木」
 昨夜は既に暗くなっていたため、内部はともかく外観さえ撮ることができなかった仏歯寺に、朝一番にもう一度やってきた。

f0066555_10273983.jpg 【仏歯時を正面に】

 今から出かけるのは、仏歯時の左に隣接した考古学博物館。
 いくつかの展示があるだけの小さな博物館、入館料は無料だが、靴預けのチップのみが必要。

 写真の右手には、車道そしてキャンディ湖が広がる。
 車道とは書いたが、以前ここで車による自爆テロがあったため、現在は車の進入はできない。

 手前からも奥の方からも、ここに入ろうとする人は、手荷物検査場(男女別)でチェックを受けなければならない。



 今日の午前中は、【世界遺産:古都キャンディ】市内の町歩き。

f0066555_11155340.jpg 【キャンディの町並み】

 キャンディはシンハラ人のキャンディ王国(15世紀―19世紀始)の首都。

 キャンディに限らず、スリランカはどこへ行っても清潔できれいになっている。
 裏通りに入っても、ごみなど落ちていない。



f0066555_1129210.jpg 【クィーンズホテル】

 このホテルそのものも世界遺産の指定を受けている。

 当然のことだが、私たちはこんなホテルに泊まれるはずもない。
 が、中に入ることだけなら、とがめられることもない。


f0066555_15415514.jpg 【ホテル内の結婚式】

 最初に私たちが目にしたのは、昨日見たばかりのキャンディダンス。

 「なに?」といぶかる私たちに、結婚式のアトラクションだとガイドが教えてくれる。

 やがて花婿が現れ、花嫁も階段を降りてくる。

 スリランカでは結婚披露宴は2度あり、花嫁は最初のパーティでは白の衣装、新婚旅行後の2度目のパーティでは赤の衣装を身につける。


f0066555_1610145.jpg 【キャンディ市民でにぎわう市場】

 さすがにリンゴはないが、「スリランカでは何でも採れる」とガイドが言うようにさまざまな果物が。
 ひときわ赤いバナナが目を惹く。

 ここの店主は、次々に皮をむき5種類くらいも試食させてくれる。
 「悪い」と思いながらも、果物はおみやげにできないので…


f0066555_16422239.jpg 【ペーラーデニヤ植物園】

 14世紀に王が王妃のために造った庭園が、19世紀にイギリスの手により植物園となる。

 世界各地の植物が、スリランカで育てることができるそうで、4000種類という植物のどれだけが外国産なのか。

 果実が枝先でなく、太い幹にぶら下がっているのを目にしてびっくり、もっともあんなに大きな実では枝が折れてしまう。


f0066555_16583594.jpg 【騙された『この~木…』】

 CMでおなじみの木、「残念ながら太い幹が折れて、形が崩れてしまっているけど」とガイドが説明。
 妻は「ハワイにあったと思うけど…」と半信半疑だったが、私などはガイドの自信たっぷりの態度にすっかり信じてしまった。
 ガイド自身、信じきっていたのかも。

 (本物は、ハワイ・マウイ島にあるらしい)


f0066555_17122323.jpg 【象の水浴び】

 キャンディを離れ、昼食は「象の孤児院」近くのレストラン。

 そのレストランの少し川下で、毎日こんな光景が見られるという。
 この川と孤児院の間には道路があるので、象が道を渡る間、車はストップということになるんだろうな。


f0066555_17191153.jpg 【象の孤児院】

 名の通り、親とはぐれた子象や、傷ついた象などを保護している。

 今は能力いっぱいまで収容しており、新たな受け入れは難しくなっているという。
 長く人間に育てられた象を野生に帰すのは難しく、短期間に治療を終えた象だけが、ここを卒業できる。



 昼食後はどんどん山の中へ。
 スリランカは紅茶で有名な国だが、茶畑はある程度高地でないと良い紅茶が採れないそうで、その高地にある紅茶工場へ。

 紅茶の国なのに、良い茶は外国への輸出に回されるとかで、一般のスリランカ国民が手にできるのは「クズばかり」だと。
 レストラン・ホテルなどで出されるのも、少し首を傾げたくなるものだったが、工場で試飲したものは「やはりおいしい」と。


 高地、昨日から降り断続的に続く雨のせいで、寒~い
 薄っぺらなフトンしか用意のないスリランカのホテル、日本出発時に着ていたセーターを着て寝ることに。
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by t_ichib | 2013-01-24 10:03 | 今日もまた旅の空
スリランカ旅行④ スリランカでは意外な?雨
 スリランカは北海道より少し小さいくらいの国土、その面積のわりに10個もの世界遺産を持つ。
 やはり紀元前11世紀からの歴史ゆえか?

 今回はそのうちの6つの世界遺産を訪れれる。 今日はその4番目。

 【世界遺産:ダンブラ石窟寺院】は黄金寺院とも呼ばれ、道路からは下の写真のような寺が見えてくる。

f0066555_10382893.jpg 「GOLDEN TEMPLE」と書かれた派手なお寺は、日本人の私にはちょっとしっくりしない気分。

 それでも、石窟寺院とは一体のものらしい。
 私たちはここには入らず、左側から坂道を登り、この寺の背後へと。

 短い距離だが、滑りやすそうなところもあり、このときはまだ雨が降り始めていなくて良かった。


f0066555_10312090.jpg 【石窟寺院】

 こちらの方が、やはり世界遺産らしい趣き。
 石窟は第1窟~5窟まであり、紀元前3世紀から時代を追って掘り進められたようだ。

 大半は仏の像だが、国王の像やヒンズー教のヴィシュヌ神の像もある。


f0066555_1056526.jpg その第何窟?の中の仏像なのか?

 時代ごとに特徴があるらしいのだが、そんなことははじめから理解できていない。

 この日までの遺跡でのガイドの説明にも、次々に国王の名前などが出てきたが、頭の中をカタカナが通り過ぎるのみ。


f0066555_1162439.jpg スリランカの風習では、願い事をするときにはこの中の石に、マンゴーなどの果物を思いっきりぶっつける。

 果物がきれいに砕けると、願い事がかなうと信じられている。
 この寺院にはたくさんのサルたちがいて、砕けた果物を奪うように持ち去って食べる。

 願い事がかなうと、お礼に果物のかごなどをお供えする。
 お供えの後の果物は、家族・友人やその場に居合わせた人たちに配られ、その場で食べる。

 私たちが休息しているわずかの間にも、そんな光景が2度ほど見られた。


f0066555_1118482.jpg 【スパイスガーデン】

 胡椒やハーブなどのほか、やけどや髪、さまざまな病に効果のある薬草など、庭を歩きながら説明された。

 ここは昼食に立ち寄った客にスパイスの紹介をし、良ければ「お土産に…」というお店。
 食事をしながらふと見ると、先ほど説明してくれたお兄さんがウェーターの中にいる。

 ここについた時にはかなり激しい雨になっていた。
 ガイドは「この時期に雨が降るのは珍しい」と言いつつ、1週間前には豪雨で被害も出ているとも。


f0066555_173221100.jpg 【キャンディアン・ダンス】

 スリランカの伝統舞踊のショー。

 ほとんどが太鼓に合わせての踊り、仏へ祈りを捧げる舞・孔雀の舞・コブラの舞・悪魔祓いの舞など、身近な生活や動物を題材にした踊りが多い。



 この後の写真は撮っていないが、キャンディの仏歯寺を訪れ、仏塔を特別拝観する。
 (写真を撮らなかったのは、禁止されていたのか? 自主規制していたのか?)

 「仏歯」とはもちろん釈迦の歯のこと。
 スリランカには4世紀の初め頃にもたらされ、当時の王朝では「王権の象徴」とされ、大切に保管された。

 私たちが拝観したのは、その仏歯が入っているとされる金ぴかの容器のみ。
 その容器すら、何人かの最後尾に並んだ私が、拝礼し顔を上げたとたんにカーテンを閉められた。
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by t_ichib | 2013-01-23 22:01 | 今日もまた旅の空
スリランカ旅行③-B 第2王朝時代の遺跡
 スリランカというと、ごく最近まで内戦の続く「怖い国」だった。
 大多数を占めるシンハラ人と少数のタミル人との内戦が、30年続いた。

 しかし、ガイドは30年どころではない、紀元前5世紀からの第1王朝時代から対立があったという。 11世紀には南インドのチョーラ朝の征服を受ける。

 80年ほどの支配の後、チョーラ朝勢力を撃退し第2王朝時代へと入る。 首都はアヌラーダブラからボロンナルワに。
 王朝はその後次第に弱体化し、13世紀にはボロンナルワは放棄される。

                  【スリランカの国旗】
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 国旗の大きな部分を占めるライオンはシンハラ人、四隅の菩提樹の葉は仏教徒の表す。
 緑はイスラム教・ムーア人、サフラン色はヒンズー教・タミル人を表し、民族の融和の象徴とされる。


 午後からの【世界遺産:ボロンナルワ遺跡】は、その第2王朝時代の遺跡で、クワドラングル、ランカティラカ、ガル・ヴィハーラの3つの寺院からなる。


f0066555_1642527.jpg 【クワドラングルの遺跡】

 2つの宗教の融和への努力は、第2王朝時代に既に始まっており、建物の外観はヒンズー風、中には仏陀を祀るようになる。

 そういわれてみると、この塔などはアンコールワットで似たようなものを見た気もする。

 といってもイスルムニヤなどで見たのは、現在も僧が修行している寺院、外観などは近い時代のものに変わっているのかもしれないが。

 寺院の内部にもヒンズーの神々が収まっている。 (現在の寺にも仏ばかりでなく、神も)
 象の頭を持つ知恵の神などヒンズーのいくつかの神は、仏教徒にも共通の神様だという。


f0066555_1733286.jpg 【第2王朝時代のムーンストン】

 描かれている動物は、外側からアヒル・象・馬となっている。

 ヒンズー教の象徴でもある牛を足で踏みつけないように、同じようにライオンも消えた。
 消えた牛・ライオンは石段の横の、もう少し良い場所?に移動した。

 アヒルは(改めて写真を見返してみると)以前のムーンストンにもいた。
 水に混ったミルクを、ちゃんと区別することができるとされ、アヒルは嘘と真実を見分ける特別な能力を持っているとされる。

 当時の石碑などにアヒルが描かれていれば、「ここに書かれていることは、真実である」ことを意味するそうだ。


f0066555_18342481.jpg 【ムーンストン背後の寺院の遺跡】

 ず~っと奥に仏陀の像が見える。
 その手前の石段は(第1王朝時代では、各段を3人の人が背中で支えていたが)、大勢の人が手で支えるように変わっている。

 大勢でなら、「あんなにがんばらなくって良いか?」と、ガイドの説明を聞きながら面白く感じた。



f0066555_20524368.jpg 【ランカティラカの遺跡】

 奥行き52mの最奥に仏陀の像がある。
 壁の厚さがものすごい。



f0066555_21502680.jpg 【ガル・ヴィハーラ遺跡】

 瞑想する仏陀の坐像、背後の壁と同じ筋目がついているので、大きな岩をくりぬいて坐像が作られたことが分かる。

 この坐像の左にもう1対の坐像、右側に立像と涅槃像と、計4体の像が並ぶ。



f0066555_2205869.jpg 観光を終え、宿に戻る途中で生まれて初めて象に乗る。

 途中で首の後ろの部分にまたがらせてもらう。

 さらに、象使いの少年から「餌をやって」とバナナを渡される。 象は鼻だけ後へ伸ばし、器用にバナナを受け取る。

 「賢いなぁ」と感心もし、餌のバナナの象の大きさに比べあまりに小さいのが気の毒にも。
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by t_ichib | 2013-01-22 20:39 | 今日もまた旅の空
スリランカ旅行③-A 妖艶な天女たち
 相変わらず旅行前の予習に欠ける私だが、今日の午前中に訪れる【世界遺産:シギリア】について、特にその美しいシギリアレディの映像は、ごく最近テレビで見たばかり。
 …ということもあって、今回のスリランカ旅行でも特に期待していた。

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 その有名なエピソードは、父王を殺し異母弟から王位を奪った妾腹の王は、弟の報復を恐れ首都アヌラーダブラを離れたシギリアに王宮を建設した。
 建設に7年を要した王都は、弟の攻撃を受け王が自殺するまで、18年の短い首都だった。

 岩山の中腹に描かれた美しい美女たちは、王の多くの妻妾たちとも、あるいは父を殺した仏教徒としての悔恨の日々を送る王が、天女の姿を描かせたとも。


f0066555_10132694.jpg 【シギリアロック全景】

 その頂上に王宮が築かれたというシギリアロックを前方に見て、美しい庭園を進む。

 左右の池は、愛妾たちが水浴したプール。
 王はプールのそばに座り、「愛妾たちの姿を眺めた」というガイドの説明には、「悔恨?」、「根暗?」と思ってしまう。

 この先には、美しい「花の庭園」、岩ばかりの「石の庭園」へと進み、見た目ほどきつくはないが、岩山の頂上まで登る。


f0066555_10264538.jpg 【ふもとの岩壁に消え残った美女の絵】 

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 左の岩の右下部分。 最初の写真と同じような女性らしき姿が薄く見える。

 王宮ができるまでは、この地は僧侶たちの修行の場であった。
 兄王が敗れ去った後、再び僧の修行の場となったが、肌もあらわな美女たちは瞑想の妨げ。

 というわけで意図的に消されたり、自然の風化で消えたりで、当初500体あったといわれるシギリアレディたちも、わずか18体が残る。


f0066555_10424198.jpg 【鏡の壁】

 岩山の頂上へ向かう通路の壁。

 この少し手前に、シギリアレディの描かれた場所へ通じる垂直の階段があるのだが、観光客たちで鈴なり状態だったので、順序を変える。

 王はこの壁に、日記や詩とかを書き連ねた。 多くは王の愛妾たちのことだったとか。


f0066555_10521499.jpg 【中腹から見下ろした庭園】

 登り道は「それほどでもない」と書いたが、やはりきつい。
 ひと息入れながら、眼下の景色に目をやる。

 やや左に白く筋のように見えるのが、私たちが通ってきた庭園の中の道。

 ここに限らず、スリランカはどこへ行っても緑がいっぱい。 大きな象からサルやリスまでが、私たちが歩く目の先にいる。


f0066555_1141221.jpg 【ライオンが待ち構える最後の登り道】

 階段の上り口の左右には、ライオンの前足。

 当初、石段はライオンの大きな口へとつながり、「侵入する者は、ライオンに食われてしまうぞ」との、脅しの目的もあったとか。

 その先の階段には、観光客が連なる。
 手前は広場になっており、登る前にもうひと息入れる人や、記念写真を撮る人たちでいっぱい。


f0066555_11151585.jpg 【頂上の王宮跡】

 頂上の平坦な部分は思いのほか広い。
 そして遠くまで見渡せる。

 王は攻め入る弟の軍を見たのだろうか。


f0066555_11234283.jpg 【同じく頂上にある王のプール】

 実際には王宮は、ふもとにももう一つあったというので、飲み水・食料など便から「そちらで過ごすことのほうが多かった?」と思われる。

 それだからこそ余計に、「こんな高いところに、プールまでも!」と。



 頂上から鏡の壁の先まで戻り、シギリアレディたちとの対面の場に。
 先ほどは「急な階段」としか書かなかったが、観光客のために設けられた螺旋階段。

 絵画を描くにも、頂上から「ロープを伝って降りた?」と思われる場所。
 そのために意図的に消されることもなく、今日まで残ったと思われるが。

f0066555_1141487.jpg 【再び、妖艶な天女】

 残された18体の美女たちは、(王の妻妾だとすれば)顔かたち・肌の色・装飾品、そして残されていた中国の貨幣などから、中国からアフリカにいたるまで、世界中から集められたという。

 わずか18年の王都、この美女たちがいなければ、ここが「世界遺産にはならなかったのでは?」とも。


f0066555_11512111.jpg 【王と閣僚たちの会議場】

 帰り道の途中にあった平たい岩、ここが閣僚たちとの会議の場だった。
 実際には大きな岩の上半分を削り、平らな岩とした。

 左側の岩には階段がきざまれ、そこに警備の兵がついた。

 ここばかりでなく、要所々々に兵が警備に当たる場所が設けられ、弟の軍への王の脅えがうかがえる。
 ここでの18年間、王にとって幸福の日は少なかったかもしれない。
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by t_ichib | 2013-01-22 12:51 | 今日もまた旅の空
スリランカ旅行② 仏教信仰の篤い国
 スリランカは、タイに次ぎ世界でも2番目に仏教信仰の篤い国。 今も厳しい戒律を守っている。
 肉食し、妻帯する日本の僧侶などはもっての他ということになる。

 そのスリランカに仏教が伝来したのは、第1王朝時代(紀元前5世紀から紀元11世紀)、今から2300年前のこと。
 当時の国王は仏教に深く帰依し、大きな寺院を建てた。

 今日の観光地、【世界遺産:アヌラーダブラ】は第1王朝の中心地。


f0066555_16395125.jpg 【イスルムニヤ精舎】

 イスルムニヤは王が立てた多くの寺院・仏塔の一つ。
 現在はその僧院の一部が、修復・公開されている。


f0066555_16412342.jpg 【同寺院の石段】

 石段の手前の半円状のものは、ムーンストーンと呼ばれる。
 石段の両脇の像は、寺院を守る神のようで、日本でいえば仁王さまのようなものか。
 さらに側面にも、想像上の物も含めいろいろな生き物の絵が刻まれている。


f0066555_16423021.jpg 【仏陀の涅槃像】

 寺院横の洞窟のような部分に、大きな涅槃像がある。
 ここでは写真撮影はOK、ただし仏陀にお尻を向けての記念写真はだめ。
 体を横にし、顔だけ正面を向くのが限度。

 涅槃像の爪先は少しずれている。
 体内の血は死亡すると下に集まる、そのため下側の足の方が大きくなるという。 左右揃っているのは生きている仏の寝姿だと。


f0066555_16434059.jpg 【2300年前の人造湖】

 寺院の背後には大きな岩山があり、その上に登ると周囲360度が見渡せる。

 ヤシの林の向こうに広がる湖が、当時築かれた人造湖。
 スリランカでは雨季を除くと雨が少なく、灌漑農業用にいたる所にこうした人造湖が作られているが、ここが最古のもの。


f0066555_16521084.jpg 【寺院の境内】

 同じ岩の上で背後を振り返ると、私たちが通った寺院の境内。

 手前の屋根が寺院、中央が日本で言えば山門にあたる。

 「寺院にお参りする時は靴を脱いで、ハダシで」とは聞いていたが、てっきり屋根のある部分だけと思っていた。
 実際には、山門を入るときに靴を脱ぐ。 (靴を預ける場所があり、50ルピー=35円ほどのチップが必要)

 それは現在も僧侶がいて修行しているような寺ばかりでなく、遺跡でもそこが寺院の跡であれば、靴を脱がなければならない。 (さすがにチップは不要だが)


f0066555_1748313.jpg 【キング・ファミリー】

 同じ敷地内に小さな博物館があり、当時の文物がいくつか展示されている。
 写真は、ずっと後代だが6~8世紀の国王の家族とされる。


f0066555_201284.jpg 【イスルムニア・ラバー】

 インドのカーストと呼ばれる身分制度が有名だが、スリランカにも今も残る。

 現在でも、異なるカーストどうしの婚姻は避けられている。

 この恋人たちは、王子と身分の低い娘。
 王子は王位を捨て恋人と結婚(駆落ち?)、後に父王に許され無事王位を継いだ。 (なのに、いまだにカーストが残る?)

 またガイドの「女性は家庭で子供育てる」のが良いという言葉の裏に、女性の地位の低さがうかがえ、カースト制度とあわせてスリランカ社会の進歩を期待したいと。


 この後、車で移動。 イスルムニヤからは少し離れている。
 次のスリー・マハーとルワンウェリ・サーヤとは隣接しており、歩いて移動。

f0066555_2112010.jpg 【スリー・マハー菩提樹】

 左右の勢いのある菩提樹にはさまれ、2300年の年令を感じさせる細い枝が残る。
 下から金色の棒に支えられている。

 この菩提樹は仏陀が悟りを開いた場に茂っていた菩提樹の一つとされ、仏教伝来直後にインドからスリランカに送られた。

 スリランカでは大いに崇拝され、国中から仏教徒が訪れる。

 付近にはサルが多く棲み、その食害から木を守る方法が面白い。 周りにいっぱい菩提樹を植え、神聖な木の被害を薄めようとするもの。


f0066555_21174273.jpg 【ルワンウェリ・サーヤ大塔】

 建設当初には110mあったと言うこの塔の先端には、見事な水晶がついている。

 もちろん下から肉眼では見えない。 日が当たった時にキラキラが見えるか。

 スリランカでは、寺院には必ず菩提樹が植えられ、パゴダ(仏塔)がある。
 その二つとも、国中で最も神聖かつ有名なものが、ここアヌラーダブラにある。


f0066555_22192368.jpg 【くっきり残るムーンストン】

 ここは2ヶ所の寺院から離れた場所にあり、建物なども残されておらず、主要な観光地ではないらしい。
 それでも時代は少し下るのかもしれないが、れっきとした第1王朝時代の遺跡。

 ムーンストンには、牛・馬・象・ライオンがくっきりと見て取れる。
 後の石段には、左・中・右に3体の人が肩で次の段を支えているのも、最初のイスルムニヤ内の石段と同じ。
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by t_ichib | 2013-01-21 22:37 | 今日もまた旅の空
スリランカ旅行① スリランカの車は?
 毎度のことながら、旅の初日はず~っと飛行機の座席に縛られっぱなし。
 朝の出発時間が早いので、前泊した空港内のホテルから中部空港、成田を経てコロンボ空港へ。(この空港にはバンダラナイケさんの名前が付く)

 機内食が三度も出されるヨーロッパよりは、1食分だけ短いとは言え、出迎えの車に乗り換えるだけで、ホテルまで座りっぱなしの1日が終わる。

 「2名以上催行」というツアーは、人数がまとまればマイクロバスということになるのだろうが、今回は私たち2人きり。 ガイド・運転手と、4人での旅となる。


 その出迎えの車はトヨタ製。 「日本人の私たちのため、日本車で…」と思い周りを見ると、ニッサン・スズキ・ホンダ…など、日本車だらけ

 遠く離れた思いのほかの親日国なのか、日本の自動車メーカーの健闘の賜物なのか?
 旅の終盤に高速道路を走った時など、思わず「日本の道路?」かと勘違いしそうなくらい、周りは日本車ばかり。

 中には、ボディに日本の企業名が書かれたトラックもあり、「?」と。 「日本から中古車を輸入し、そのまま使っているのだ」と、すぐに納得したが。 (日本と同じ左側通行なので、そのまま使える。)
 もちろん中古車ばかりでなく、インサイト・プリウスなどピカピカの新車も多い。



 先にわざわざ高速道路のことを書いたのは、一般道では日本車の優位が少しだけ落ちるから。

f0066555_15525693.jpg 【TukTuk】

 一般道、特に観光地では圧倒的に目に付く三輪タクシー

 写真は少し地味だが、派手な色彩のものが多い。
 昔のダイハツのミゼットに似てるのかな。

 前に運転手、後部に2~3人の客を乗せ、小型なので普通車と歩道との隙間を縫って走れるので、渋滞時に機動性を発揮できる。

 ガイドの説明では、インド製の200CCの車。 (同じインドのTATA自動車のバス・トラックなどは、イスズ・ふそうなどより優位か?)
 「あまり多くなって問題になってきている」とも。 ガイドは詳しい説明をしなかったが、駐車や割り込みなどの運転マナーを意味するのか?

 あまりスピードは出ないので、乱暴な運転手でなくとも、普通車はツクツクを追い越すことになる。 「それが原因での事故が増えているのかな?」とも。



 旅行中、毎日この車を見かけたので、すこし詳しくなった。

1. かなりの田舎でも見かけた。
 タクシーばかりでなく、安価なマイカーとしての需要もあるらしい。

2. エンジンは2サイクル(4サイクルもある?)
 2サイクルのエンジンだとガソリンとオイルを混ぜた混合油を使う。
 ドライバーはペットボトルに入れたオイルを携帯し、自分でガソリンに混ぜている。
(日本では以前、混合油を売るガソリンスタンドがあったが、今では見かけない。)

3. エンジン始動時には、ヒモを引っ張っている
 一部には、セルモーターで始動する車もあるらしい。
 消防の可般ポンプのように、リコイルスタータというヒモを勢いよく引くと、エンジンがかかる仕組み。
 バイクの足踏みスタータと同じ要領。


 舗装されていないガタガタ道、荷台にどこかに観光に出かける人々を乗せたトラックなどとともに、(スリランカには失礼だが)還暦過ぎ世代の遠い昔を思い起こさせる、懐かしい風景。

 ただし、ガタガタ道に関しては、30年に及ぶ内戦が終結した今、国中で道路建設が進行中で、あと5年もしたら、(道路ばかりでなく)どんなに様変わりしていることだろう。
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by t_ichib | 2013-01-20 22:15 | 今日もまた旅の空
ちょっと便利な? カレンダー作成①
 年が明けてしまったので、「6日のあやめ」的な投稿だが…

 我が家では数年来、パソコンを使い手製のカレンダーを作り続けている。

f0066555_19165363.jpg その元々は妻が退職後に通った、エクセルの初級講座。
 そのときの教材となったのが、このカレンダー。

 この表の上に前年の旅行先でのスナップや、孫たちの写真を貼り付けて印刷したものを、机の上などに飾る。

 エクセルに手馴れた人なら、5分もかからず作れてしまう。 が、念のために簡単な手順を。

 1、罫線を引いた後、日~土までの曜日、およびその上に「1月」などと打ち込む。
 2.A4のセルに「1」を入力し、B4のセルには「=A4+1」と計算式を入力。
   それを、G4のセルまでドラッグする。
 3.A5のセルには「=A4+7]と計算式を入力し、G9のセルまでドラッグ。
   表は1~42までの数字で埋まるはず。
 4.実際のカレンダーと見比べながら、(今年の1月なら)A4とB4のセルを消去する。
   さらに、31より多い数字をすべて(F8~G9)消去する。
 5.後は、文字の大きさ・中央揃え、祝日の文字色など体裁を整え、完成。


 以後は、前年のカレンダーをコピーし、手直し(消去した計算式をコピーしなおしたり)し、翌年のカレンダーを作成している。
 まったくの手作業なので、昨年など日数の足りない月までできたしまった。

 …で、Calcのマクロを使えば、「こんなみっともないことも起こらないか」と。 (この間にエクセルからOpenOfficeに変わったので)

f0066555_20185456.jpg 1.D2のセルに、「1/1」と日付を入力する。
 ###と表示されるのは、セル内に「2013/1/1」と表示しきれないため。

 2.続いてA4のセルに「=D2-WEEKDAY(D2)+1」と計算式を入力する。
 41273から始まる数字が表示されるが、実はこれが日付。 続いてこれらの表示形式を整える。

f0066555_20444096.jpg
 3.D2のセルの日付の表示形式を、書式コード「M月」にする。
  エクセルなら、日付の書式をユーザ定義で「M”月”」に。
  これで2013/1/1が1月と表示される。

 4.続いてA4~G9間での範囲の日付の表示形式を、書式コード「D」に。

f0066555_21121245.jpg 以上の操作で、左のようにカレンダーらしき表に整えられる。

 A4、B4の日付は前年12月、F8以後は2月の日付。

 この後は、セルの内容を消去するなどの乱暴な方法ではなく、次のようにする。

f0066555_2121870.jpg


 5.A4~G9の範囲を選択し条件付書式を設定する。

 6.数式として、「MONTH(G9)<>MONTH($D$2)」と入力。
  エクセルの場合だと、右下のセルではなく左上のセルを指定する。
 「MONTH(A4)<>MONTH($D$2)」

 7.新しいスタイルを選び、フォントカラーとして白を指定する。


 以上で、最初と同じカレンダーが表示される。 2/1などと違う月を表示しても、日付と曜日はあっている。
 2016/1/1とすると、ちゃんとうるう年となっている。 大丈夫そう。


 後は祝日を丸で囲ったり、フォントを赤にするなどが残っているが、それにはマクロが必要になる。

 続きは下に
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by t_ichib | 2013-01-15 23:00 | 今日もまた老年プログラマー
ちょっと便利な? カレンダー作成②
 作成するマクロは、『カレンダー作成.ods 』という名で保存する。

 マクロを実行すると、目的のカレンダーは別の新規ドキュメントとして作成され、最終的には「カレンダー20xx.ods」という名前をつけて保存される。


f0066555_17154475.jpg 1.カレンダー作成ドキュメントは、
左図のように3つのシートを持つ。



f0066555_17193010.jpg 2.プログラムシートは、
左図のように年を入力するセルと、『カレンダー作成』ボタンを配置。

 ボタンが押されると、指定の年のカレンダーを作成する。
 またこの年が保存するドキュメント名に使われる。


 3.modelシートには、前に作成したカレンダーのひな型が登録されている。
 このシートを新規ドキュメントにコピーし、さらに必要枚数をコピーする。

 実際には、A4用紙に2か月分を並べて印刷するため、必要枚数は6枚。



f0066555_17431564.jpg 4.paternシートには
左図のように、カレンダーの祝日につける赤丸、祝日の名称を表示するテキストシェイプなどが貼り付けてある。

 各シェイプは、日付が隠されないよう表面を透明に設定、テキストシェイプは枠線も邪魔なので白にしてある。

 この赤丸を祝日などに貼り付ける。



 【1】modelシートを元に新規ドキュメントを作成する。

  '---- Dispatcherの取得 -------
  Disptch = createUnoService( "com.sun.star.frame.DispatchHelper" )

  '---- ひな型のドキュメントを取得 ----
  oldDoc = ThisComponent
  oldSheets = oldDoc.GetSheets()

  '---- カレンダーのひな型を新規ドキュメントにコピー ----
  oldSheet = oldSheets.GetByIndex( 1 )
  oldController.SetActiveSheet( oldSheet )

  '---- パラメータの設定 ----
  Dim array( 2 ) as new com.sun.star.beans.PropertyValue
  array( 0 ).Name = "DocName"
  array( 0 ).Value = ""
  array( 1 ).Name = "Copy"
  array( 1 ).Value = true

  Disptch.executeDispatch(oldController.Frame,".uno:Move", "",0,array())

  '---- 新規作成したドキュメントの対応付け ---- 
  newDoc = starDesktop.CurrentComponent
  newSheets = newDoc.GetSheets()
  newController = newDoc.GetCurrentController()


f0066555_20504715.jpg 以上の手順で、
左図のように新規ドキュメント『無題1』が作成される。
 ドキュメントに含まれるシートは、『プログラム作成』ドキュメントからコピーされた『model』シート1枚のみ。

 GetByIndex(1)の1は複数のシートの中の2枚目のシートのこと。 エクセルならシート番号は1から始まるので、2を指定する。
 同様に、エクセルではA1のセルは(1,1)だが、カルクでは(0,0)で始まる。 


 【2】.続いて、『無題ドキュメント』側で必要枚数分のカレンダーを作成する。

  '---- コピーしたシートの名前を変更 ----
  newSheet = newSheets.GetByIndex( 0 )
  newSheet.Name = "1月"

  '---- さらに必要枚数だけコピー ----
  newSheets.CopyByName( "1月", "3月", 32767)
  …

 32767はシートの最後にコピーする意味で、0ならシートの先頭になる。

 【3】さらに、各月のカレンダーに月初めの日付を設定する。

  '---- 作成するカレンダーの年度を取得 ----
  oldSheet = oldSheets.GetByIndex( 0 )
  YY = oldSheet.GetCellByPosition( 2, 7 ).Value

 ここでは、『カレンダー作成』ドキュメントの『program』シートのC8のセルから日付を読取る。

  '--- 各月の月初めの日付のセット ----
  Dim I as Integer
  For I = 0 to 5
   newSheet = newSheets.GetByIndex( I )
   newSheet.GetCellByPosition(3,1).Value = DateSerial(YY,I*2+1,1)
   newSheet.GetCellByPosition(11,1).Value = DateSerial(YY,I*2+2,1)
  …

 各シートには2か月分のカレンダーがあるので、D2とL2のセルに月初めの日付を入れている。

 以上で、まだ祝日などの赤丸がついていないが、12か月分の原型が完成。


 【蛇足1】Calc Basic で別のドキュメントにシートをコピーする

 インターネットを検索すると、私と同様にそのことで苦心されている人を見かける。(エクセルのVBAなら、なんと言うこともなくできるのに…)

 上記のコーディング例は、シート1枚を新規ドキュメントを作成すると同時にコピーしている。
 既存のドキュメントにコピーするのであれば

  '---- パラメータの設定 ----
  Dim array( 3 ) as new com.sun.star.beans.PropertyValue
  array( 0 ).Name = "DocName"
  array( 0 ).Value = "無題1"
  array( 1 ).Name = "Copy"
  array( 1 ).Value = true
  array( 2 ).Name = "Index"
  array( 2 ).Value = 32767

  Disptch.executeDispatch(oldController.Frame,".uno:Move", "",0,array())

 とすることで、実現できる。


 【蛇足2】同様のことをエクセルのVBAでなら

 ずっと簡単にマクロが作成できてしまう。
 ↓

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by t_ichib | 2013-01-15 22:00 | 今日もまた老年プログラマー