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マレーシア旅行④ ペナン島観光
 6日間の日程とはいえ、行き帰りにそれぞれに1日かかるので、今日が観光の最終日。

f0066555_1021449.jpg 【ペナン島の高級住宅地】

 ガイドの口から何度も、「このあたりのマンションは、ン千万」と言う言葉を聞く一方、広々とした土地に建つ家。

 元々、ここの住民なのか、近頃になってこの土地を取得した外国人なのか…と考えてしまう。


f0066555_10534944.jpg 【涅槃仏寺】

 タイ風のお寺だと聞くと、「確かにちょっと違うかな?」と思ってしまう。

 興味を惹かれたのは、左右の龍の形が違うこと。


    【タイ風の龍】                            【中国風の龍】
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 龍は左右に2体づつ。

 そして左の写真の右端に写る仏様は、下半身が鶏。 日本のお寺ならこの位置に狛犬がいそうなものだが。


f0066555_11123140.jpg 【33mもある涅槃仏】

 こうした寝姿の仏様は、あまり日本では見かけないが、スリランカでも何度か見た。

 金色の衣、ピンクの肌。
 木彫りの日本の如来像のほうが、私にはありがたみがあるのだが、国が変われば理想の姿も変わるのだろうと。


f0066555_1126653.jpg 【コーンウォリス要塞】

 ここのすぐ側は海(泳げない泥海)なのは、要塞なのだから当たり前だが、この大砲は敵に向かって一度も撃たれたことのない「処女砲」なんだとか。

 そして子宝を望む女性がこの大砲を撫でると、たちどころにご利益があると言う。

 さすがに日本からそこまで出かける人はいないだろうが、近隣の国々からは訪れる人もいるのだそうだ。


f0066555_11365457.jpg 【ペナンヒルに登るケーブルカー】

 ペナンヒルの標高は830m、ペナン島が一望できるらしい。

 頂上まで10分くらいで上がるというが、2度ほど中間の駅で止まる。
 丘の中腹に住んでいる人がおり、買い物などの行き帰りにケーブルカーを利用するという。

 このケーブルカーは4代目だとかで、初代のものは下に展示されていた。



f0066555_11435789.jpg 【ペナンヒルから見下ろすジョージタウン】

 ヒルに登っても、モスクやお土産屋があるだけで、他には何にもない。
 この景色を眺めるのが最大の目的となる。

 ジョージタウンは、マラッカと一体で、マレーシアの世界遺産題1号となった町。



f0066555_12143454.jpg 【極楽寺】

 ここもそこそこの丘の上にあるのだが、途中の道幅が狭く観光バスではあがれない。
 下の駐車場でワゴン車に乗り換えあがる。

 そのワゴン車、何台かに分乗…なら良いのだが、1台っきりで何度か往復する。

 先に上がった人はこの巨大な観音像を眺めたり、丘の上から下界を見下ろしていたりしたが、最終組が上がってまもなく「さあ降りましょうか」のガイドの言に、その人たちからは「え~っもう」の声も。


f0066555_13223766.jpg 【降る途中の仏閣】

 最初にごく短い距離をケーブルカーで降りた後、こんな仏閣が目の前に。

 白い塔は上・中・下の3層に別れタイ風とかミャンマー風とかになっているそうだ。

 さらに降ると土産物屋が並び、ちょっと興ざめ。
 ここに限らず、今回の旅行はじっくり見て回ることが少なく、心に残るものが少ない旅行だった。



 ペナン島から日本への直行便はなく、香港乗り継ぎは仕方がないが、そこでの名古屋便待ちの5時間はどうしようもない。
 と言うわけで、22日は朝5時にホテル出発、自宅へ帰り着いたのは、日付が変わる直前だった。
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by t_ichib | 2014-01-21 09:53 | 今日もまた旅の空
マレーシア旅行③ キャメロン高原~ペナン島
 明け方に寒くて目覚めたと書いたが、同行の人たちの中にはそれ以上で、「ジャンパーを着て寝た」などと。

f0066555_11521043.jpg 【ホテルの窓から朝の風景】

 少し先がモヤモヤっとしている。
 寒そうなので、ちょっとでも暖かそうな服装で。

 バスに乗り込んだときには、気温13℃、さすがに運転手さんもエアコンをつけない。


 現地ガイドが「このあたりは何もない所」と言うように、途中でサボテンの即売所と地元の人が利用すると言う朝市に立ち寄った。

 サボテンはたとえ買っても、空港で没収される。
 きれいで珍しい植物は、もっぱら目の保養。 後は片隅においてある子供の喜びそうな雑貨を買う人がいるくらい。

 朝市も、地元の人が利用するにしては安くない。 イチゴなどキャメロンハイランドの特産品のはずなのに、本当に小粒のものが500円くらいもする。


f0066555_12555445.jpg 【ウブディアモスク】

 マレーシアでもっとも美しいモスクと言われる。

 それなのに、ここの滞在時間はたったの30分。

 ここに来るまでにすでに昼食を済ませ、午後の1時前。
 この日の走行距離は300Km近くなので、時間が取れないのは分かってはいるけど。


f0066555_138232.jpg 【モスクの近くで見かけた民家】

 走行中のバスから遠めに時々見かけてはいたのだが、高床式の住宅がこんな所にあったなんて。

 実は私は気がつかなくて、妻が撮っていた。
 気がついておれば、「どんな風になっているか?」と興味を持っただろうに。


f0066555_13245399.jpg 【オランウータンの島への船乗り場】

 行く手に広がる湖は、灌漑農業用に作られた人工湖、この先の島にオランウータンが飼育されている。

 オランウータンはボルネオ島などに生息し、そこからオス2頭、メス6頭を連れてきて繁殖させている。


f0066555_13335225.jpg 【観光客用の通路】

 島に着くと観光客は、こんな金網で覆われた通路から、オランウータンを眺める。

 オランウータンが近寄ってきてくれなければ、見ることができないわけだが、普段この近くで餌をもらっているから、このあたりにたむろしているのも多い。


f0066555_13413625.jpg 【大人のオランウータン】

 大人のオスは群れから離れていることが多いそうだから、これはメスか、お兄さんくらいなのか。

 大きな体とユッタリした動作から、思索する森の人という感じがする。


f0066555_19395886.jpg 【オランウータンの子供たち】

 一方子供たちほとんど動きっぱなし。
 お母さんに甘えてみたり、同じ年頃の子供たちと取っ組み合ったりと。

 繁殖を始めたころは、赤ちゃんが生まれるとすぐ母親から離し、人工保育。
 日本の京都大学の協力もあったそうだ。

 現在では飼育数も安定してきたので、そのまま母親の手に保育を委ねている。
 ただし人工保育で育った子の方が大きいのだとか。


f0066555_2017533.jpg 【マレー半島とペナン島をつなぐ橋】

 橋を渡るバスの窓から橋は写せない。
 私たちが渡っている橋(13Km)の交通量が限界なので新たに建設され、間もなく完成するという第2ペナン大橋(27Km)が、望遠でかろうじて写る。


f0066555_20381264.jpg 【ホテル裏のビーチ】

 ペナン島は淡路島の半分くらいの大きさ。
 元々の住民に加え、橋の向こう側の工業団地に通う人たちや、日本や欧米からの長期滞在者も多く、クアラルンプール同様に手狭になっている。

 ホテルに着くまでに「ここも昔は海だった」と、ガイドが説明してくれた埋立地をいくつか通った。

 そこには家賃の高そうな高層住宅が並ぶ。

 ホテルのあるリゾート地側の海は泳げるが、とても泳げないマラッカと同様な海も多い。
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by t_ichib | 2014-01-20 11:46 | 今日もまた旅の空
マレーシア旅行② クアラルンプール~キャメロン高原
 2日目は再びクアラルンプールへ。
 耳から聞いたままを口にすると、クアラルン・プールなどと変な位置で区切ってしまうが、クアラが河口をルンプールが泥を意味し、川が運んできた土砂が堆積してできた土地ということだろうか?

 日本の5分の1の人口なので、どこに行っても広々としていると思ったが、クアラルンプールなどは限界いっぱいに建物が密集してきている。

 首都機能をプトラジャヤに移転したのもそのためだし、今日最初に訪れる王宮もすでに移転を終えている。

 次に移転話があるのは、空港だとか。 すでに手狭になっており、郊外に移転するのも良いのかもしれない。


f0066555_13404987.jpg 【マレーシア王宮】

 マレーシアの王政はちょっと変わっている。
 マレーシアの13の州のうち、9つの州に国王がいて、5年ごとに交代で国全体の王の地位に就く。

 現国王は40代に一度国王になり、2度目の今は86才とか、王妃は60代だが若々しい。
 (45年の周期は長く、彼の息子さんにはきっと順番が回ってこないだろう)

 さすがに郊外に移転しただけあり、周囲は広々としている。


f0066555_13575061.jpg 【衛兵交代】

 正門の前でカメラを構えていた私たちに、少し移動するよう促した後に始まったのが、衛兵交代

 隊長が2名の衛兵を従え交代儀式を行う。

 バッキンガムや台湾などのそれとは較べるべきもないが、予期していなかっただけに儲けもの。


f0066555_14132362.jpg 【マレーシア国家記念碑】

 マレーシア独立のため、命を捧げた兵士らを顕彰するための記念碑。

 7人の兵士をブロンズ像にしたが、うち何人かは傷つき倒れている。 (敵兵なのか?仲間なのか?)

 製作を依頼されたのがアメリカ人だったためか、体型など西欧人ぽい



f0066555_1425968.jpg 【国立モスク】

 現代建築なので、おなじみのドーム型の屋根がないが、72mもの高さに白く聳えるミナレットが美しい。

 本当はモスクの中にも入場できたようなのだが、今回の旅行は時間の制約からか、かなりの所は短時間の写真撮影だけに終わってしまった。



f0066555_14381242.jpg 【マレーシアの鉄道(ETS)】

 昼食を済ませた後列車に乗る。
 マレーシアの鉄道は、まだ「通勤の足」とはなっていないようで、車が主体、そして渋滞。

 路線が整備されていないせいか、乗り換えの駅と駅とが離れていて不便とか、そのようなことをガイドが言っていたような。

 私たちが1時間半の快適な列車の旅を終えたスリムリバー駅には、クアラルンプール中央駅で昼食のため私たちを降ろした同じバスが待つ。

 ず~っとバスでも行けた? まぁ昼食時間分くらいは短縮できたかも?

 スリムリバーから先は山道なので、右左にカーブの連続。 座っているだけなのに疲れる。


f0066555_1457047.jpg 【スリムリバー駅そばのヒンズー寺院】

 イギリスの統治時代に、商業に長けた中国人と、お茶の栽培などに熟練したインド人を連れてきたと聞く。

 その職業に応じた住み分けが自然と進んだようだ。

 街中でもヒンズー寺院を見ないことはなかったが、それでも町では仏教寺院が多く、農山村にはヒンズー寺院が多いように思える。
 そして寺院の近くにはそれぞれの学校も。


f0066555_15415475.jpg 【キャメロンハイランドのお茶園】

 日本のお茶畑と違い、一本一本の木が離れている。 種類・栽培法が違うのかもしれない。

 お茶畑の風景としては日本の方が美しいと思うが、こんなに広々としているのは見事。



 マレーシアには季節が夏しかなく、日中は30℃、35℃になると聞いてきた。

 が、運転手の居眠り防止のためとかで、バスのエアコンは21℃くらいの設定、Tシャツ1枚のつもりでいたのに、荷物の中からカーディガンなどを引っ張り出すほど。

 そしてキャメロンハイランドは高地にあるので、涼しい…を通り越して、宿泊したホテルでは明け方寒くて目を覚ましてしまった。


 それでも日中体を動かすのには快適で、このホテルあるいはその周辺には、日本人の長期滞在者が多いらしい。
 ホテルの読書室?らしき部屋には、日本の文庫本がいっぱい。 日本から持ってきて、読み終わった本をここに残しておくらしい。

 周辺には何にもないところなので、のんびりと晴打(ゴルフ)雨読の毎日らしい。
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by t_ichib | 2014-01-19 13:13 | 今日もまた旅の空
マレーシア旅行① 出発~世界遺産マラッカ
 9月以来、久々のブログ投稿となってしまった。

 なんとなく億劫になっていただけで、別に寝込んでいたわけではない。 (年末に孫たちからありがたくない贈り物=ノロウイルスをもらってしまい、2日ほどダウンはしたが)

 10月には7度目となる北海道にも出かけ、たまたま奥尻島にいたころに台風が近づき、「島から帰れなくなる?」との心配したこともあった。



 朝早い出発だったため空港内のホテルに前泊し、1月17日に中部空港を出発。 香港で乗り継ぎクアラルンプールに到着。 プトラジャヤまでバス移動しホテルに。

 直行便のある東京・大阪なら、もう少しユッタリできる出発か、あるいは初日に少し観光が加わったのに…と、路線が減る一方の中部空港に悲哀を感じる。

f0066555_910372.jpg 【プトラジャヤのホテル】

 プトラジャヤという(私にとって)聞き覚えのない地名は、マレーシアの行政の新首都
 (商業の首都はクアラルンプール)

 経済関係を除く行政機関はすべてここに移転したというのだが、周辺はホテル・ゴルフ場のほかには、民家もあまり見かけない「郊外」といった雰囲気。


 マレーシアは日本と比べ、四国分少ない国土、5分の1くらいの人口。
 人口の半分を占めるマレー人、4分の1弱の中国人、先住民、インド人、その他と続く多民族国家。

 国の財政を支えるのは、スズや原油などの鉱物資源(産油国なので、ガソリンは1リットル60円くらい)、油ヤシや紅茶の栽培などを含めた農業(暖かいので米は2年で5回の収穫)、観光業などの順。

 マハティール大統領の時代に工業化に成功し、GDPは東南アジア第2位。 経済の発展で人手不足の状態にあり、ネパール・バングラデシュなどからの出稼ぎ労働者も多い。


 国教はイスラム教だが、宗教の自由が認められており、各地で仏教寺院・ヒンズー寺院・キリスト教会を見かけた。

 ただし、イスラム教徒は女性の服装など厳しく戒律を守っており、飲食物は中東以上と思ってしまうほど。
 日本のしょうゆなどは、わずかにアルコールが含まれているからダメとか。



 旅行2日目からいよいよ観光開始。
 バスで2時間ほど揺られ、マラッカに向かう。

f0066555_9541724.jpg 【マラッカ海峡】

 行ったことはなくともマラッカ海峡の名は知っていた。 知らなかったのは、この海岸近くの海が泥海だってこと。

 写真の海が青くないのは空が曇っていたからではなく、泥の色だから。
 地元の人もこの海では泳がない。


 海峡を望むこのあたりは「ポルトガル広場」と呼ばれる。 (何にもないけど)

f0066555_104527.jpg 【ポルトガル広場近くの住宅】

 広場の名のいわれは、最初にヨーロッパからやってきたポルトガル人がこのあたりに住み、今もその末裔たちがここに暮らすから。

f0066555_1064228.jpg その家々の玄関の上には、キリスト教徒であることを示すように、キリストの像や絵が必ず掲げられている。


 スマトラ島との間の狭い海峡は、見ている間にも何艘もの船が通過していくが、海岸には何のモニュメントもなく、ただ海を眺めたというだけで…。


f0066555_10145870.jpg 【マラッカ旧市街】

 昼食後、マラッカの旧市街を散策。
 ジョンカーストリートは骨董品街という意味だそうだが、その名に反し今は飲食店・土産物屋のほうが多い。

 マレーシアでは旧正月が近く、通りに吊るされた赤いちょうちんはその飾りつけ。

 古い通りなので一方通行になっているが、その上にこんなに車が駐車している。
 大きな観光バスがここを通るが、交差点を曲がるときなどはヒヤヒヤする。

 町で見かける車には、トヨタ・ホンダなど日本車が多く、ダイハツとの合弁企業プロドゥア社の車などを加えると、半数近いのではと思うほど。



f0066555_10265952.jpg 【青雲亭】


 お寺らしからぬ名だが、れっきとしたそしてマレーシア最古の仏教寺院。

 元々町の人々が寄り集まる場所だったここに、後にお寺が建ち名前だけを受け継いだ。
 左側には海運を司る仏様がいるなどは、マラッカらしいかと。



f0066555_10365312.jpg 【オランダ広場】

 植民地だったマレーシアはポルトガル⇒オランダ⇒イギリスと支配国が変わったが、そのオランダ時代の建物がこの付近に多く残る。

 広場の中心のこの噴水の台座に刻まれたレリーフは、そのあとの英国女王の横顔。


f0066555_10421428.jpg 【同じくオランダ広場の周辺】

 近くにはオランダらしい風車などもあったが、それはきっと観光用。 (必要性もないし)

 赤いオランダレンガで建てられた質素に見えるキリスト教会には、豪華な装飾の石造りのカテドラル同様の歴史的価値があるのだろうと。


f0066555_1056913.jpg 【セントポール教会】

 ポルトガル時代のこの教会には当然屋根があったのだが、今は壁だけが残されている。

 この教会は日本史でおなじみのフランシスコ=ザビエルとは縁がある。

 日本での布教を終え、中国で亡くなったザビエルの遺体は本国に向かったが、ここで季節風の風向きが変わり、再び船旅ができるようになるまでここに数ヶ月安置された。

 教会のそばにザビエルの像が建つが、後に聖人となったとはいえ、彼の名は日本以外でも有名なのだろうか?


f0066555_11681.jpg 【サンチャゴ砦】

 実はオランダ広場、セントポール教会、サンチャゴ砦は歩いて回れる近さにあり、この写真も教会から降る途中で撮った。

 同じくポルトガル時代のこの砦の城壁は丘全体を取り囲むほど広いものだったが、イギリス時代に取り壊され、この門だけが残されている。



 マラッカの観光を終え、クアラルンプールまで戻りそこで夕食。 宿はプトラジャヤに連泊。

f0066555_11151285.jpg 【クアラルンプールのスズ採鉱跡の湖】


 夕食レストランのすぐ横に広がる湖(というよりは大きな池)は、スズを露天掘りにした後にできたもの。

 クアラルンプールの観光は明日だが、たまたま目にした光景と、その成り立ちが面白かったので。
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by t_ichib | 2014-01-18 08:51 | 今日もまた旅の空