南アフリカ旅行⑤ 3つの首都
 経済発展の著しい新興国をあらわす BRICS という言葉を始めて聞いたのはいつだったか?

 4つまではすぐに分かったが、Sが分からなかった。 それが南アフリカ。
 (BRICs、最後のsは複数形で4カ国だとする説も有力)

 5つの国のうちすぐ近くの国だけは、近いがゆえに隣接する国々と摩擦を繰り返す姿に、眉をひそめることが多い。

 南アフリカはどうなんだろうか?
 アパルトヘイトの時代は、もちろん周辺国から孤立していただろう。

 著しい経済発展は、周辺国から警戒感をもたれているだろうが、どこかの国のようには大気汚染の輸出や、軍事的脅威をもたらしてはいないように見える。


 南アフリカには首都が3つあるという。
 立法の首都は、今朝までいたケープタウン。 確かに車窓からではあるが、国会を目にした。

 司法はブルームフォンテン、行政は今夜宿泊するプレトリア。

 ただし、経済面ではヨハネスブルグ、人口の面も含め南アフリカの最大都市。
 19世紀に金鉱脈が発見され、爆発的に人工が増加した。 貧富の差が原因で、治安が悪いとされる。



 今朝は早朝7時にホテルを出発し、ケープタウンからヨハネスブルグまで飛行機で移動。

f0066555_9555121.jpg サッカーワールドカップ南ア大会のメインスタジアム。

 残念ながら、日本はここに来るまでに敗退したので、日本のサポータたちはこのスタジアムを見ていないかもしれない。

 今日はこの旅行中唯一の雨。
 雨の少ないこの国では恵みの雨なのだろうが、観光にはやはりうっとうしい。


f0066555_101937.jpg ソエト地区にあるマンデラ元大領の元住居。

 ソエトは、アパルトヘイト時代に多くの黒人たちが、ヨハネスブルグから強制移転された地区で、実際にマンデラ氏がここに住んだ期間は短い。

 近くにツツ主教の住んだ住居もあって、2人ものノーベル平和賞受賞者が住んでいた町は珍しいとされる。


f0066555_10254181.jpg ヘクター・ピーターソン(ソエト蜂起の時に殺害された少年)記念碑

 1976年、南ア政府はすべての黒人学生にアフリカーンス語を学ぶように強制した。
 アフリカーンス語は、イギリスとともにもうひとつの特権階級であったオランダ系のアフリカーナーの言語だったため、これに反発した学生のデモに対し警官が発砲、死者は176人に達した。

 抗議行動は間もなく鎮圧されるが、その後も続く衝突により経済は混乱し、南アフリカ政府を危機に陥れた。



 今回の旅行の大きな目的の一つが、満開のジャカランダの花を見ること。
 その一面のジャカランダを見られるというのが、プレトリアだということだったが、残念ながら季節的にプレトリアではもう終わりだという。

 南半球ではジャカランダ前線は北から南へ下がってくる。 ヨハネスブルグでなら、少しなら見られるという。

f0066555_10593186.jpg ヨハネスブルグの住宅街に咲くジャカランダ並木。

 中南米が原産とされるが、私が始めてみたのはスペインだった。

 色が異なるがサクラにも似ていて、ハワイに移住した日本人にも愛され、ハワイザクラの異名もあるとか。


f0066555_1110090.jpg あいにくの雨が残念だが、地面に散り敷いた花びらを見ると、いっそうサクラっぽい。




f0066555_11131513.jpg

 さらに「珍しい白いじゃガランだがある」と。

 この花はタネでは増えず、接ぎ木で増やすそうだ。
 そのあたりもソメイヨシノと同じで、ますます日本のサクラのよう。



f0066555_1624308.jpg 【スタークフォンテン洞窟】

 1947年、この地域の石灰石の採掘場から、類人猿の頭蓋骨が発見された。
 当初は中年婦人、ミセス・プレスと名づけられたが、後に若い男性と判明。

 気楽な観光旅行のつもりが、こんな学術的な場所まで来てしまい、ちょっとびっくり。


f0066555_16403070.jpg 1974年にエチオピアからほぼ全身に近い類人猿の骨格、「ルーシー」が発見され、人類発祥の地として東アフリカに注目が移る。

 今世紀に入りこの地で貴重な発見があり、再び南アフリカが注目を集めている。
 スタークフォンテン地区は、「人類のゆりかご」として世界遺産に登録。


 f0066555_17222553.jpg その洞窟の近くの木に不思議な鳥の巣を発見。

 枝の先に虫かごのようにきれいに編まれた巣がぶら下がっている。

 はじめは「何かな?」と見ていたところ、小鳥が飛んできてここに留まる。
 分かりにくいが、巣の左に黄色い小鳥が。



f0066555_17311844.jpg 【プレトリアのユニオンビル】

 いよいよプレトリアに。
 ここはヨハネスブルグやケープタウンよりは治安がいいのか、ガイドからも外出を止められなかった。

 夕食まで少し時間があり、雨も上がったので、少し散歩に出る。
 ホテル近くの大きな公園の背後にあるユニオンビルには、大統領府などの行政機関が入る。


f0066555_17405794.jpg 大統領府の前に建つ巨大なマンデラ元大統領の像。

 マンデラ氏は今も多くの人々から敬愛されているようだが、続く二人の大統領はいくらか評価が低い。
 自分の出身部族に利益を誘導しているというのが、その理由だ。
[PR]
# by t_ichib | 2014-11-11 08:42 | 今日もまた旅の空
南アフリカ旅行④ 嵐の岬?
 今日の観光のメインは、喜望峰。

 行ったことはなくともケープタウンなどとともに、目にし耳にしてきた地名だ。
 どんな所なのか楽しみにして来た。


f0066555_11253954.jpg その途中で、ハウトベイという小さな漁村に立ち寄り、そこから船に乗り換えアザラシを見に行く。

 小さな貧しい漁村と言う説明だったが、露天でお土産品を売る人たちも見かけ、「それなりの恩恵もあるのでは?」と聞くと、「あの人たちは、不法移民の外国人」とのこと。

 今まで観光地で、路上に品物を並べる人たちを良く見かけ、地元の人と思い込んでいたが、中にはこういうケースもあったのかな?と。


f0066555_1137964.jpg アンジェラさんがアザラシとオットセイの違いを教えてくれた。

 アザラシは歩くのが苦手で、陸上では這って歩く。
 オットセイは左右の手を交互に動かし、上手に歩ける。
 水族館などでいろんな芸を見せるのはアシカを含むオットセイの仲間。


f0066555_1152274.jpg 旅行社の案内には、「シール(=アザラシ)・アイランドにオットセイを見に行く」となっていた。
 アンジェラさんの話を参考に、ちゃんと訂正して欲しいな。

 岩の上でのんびり昼寝をしている姿は「ぐうたら」というイメージだが、えさを採るためか荒い波間で、泳いだり潜ったりもする。


f0066555_12394091.jpg ハウトベイを後に、さらにドライブ。

 このあたりは眺めも良く、ニッサン・トヨタなどもここでCMを撮ったこともあるそうだ。

 その一方でここから転落し、奇跡的に一命を取りとめたドライバーもいる。

 その車は欧米の名車で、そのメーカーが「わが社の車だからこそ、無事だった」と宣伝し、対抗するメーカーは「わが社の車なら、転落しない安全設計」と宣伝したのだとか。

 景色は良いが、そんな話を聞くとちょっと怖い。



f0066555_12482316.jpg 喜望峰に近づくと、車窓には荒地としか思えないような風景が続く。

 しかしここもケープ植物保護地域の一部で、何百・何千の植物種の宝庫。

 黄や赤の花の塊が随所に見られ、後方の白い岩のように見えるものも、菊の仲間の花の群生だったりと。

 時おり、シカやサルの群れも見え隠れする。



f0066555_137693.jpg 【喜望峰】

 喜望峰という名からイメージする、春のようなうららかな地とはかけ離れ、この看板の前で記念撮影しようとしても、強風で転びそうになる。

 はじめてこの地に来たポルトガル人たちは、このあたりの海流の激しさから、ここを嵐の岬と名づけた。
 しかし、この航路は香辛料貿易の新たなルートとなったため、ポルトガル国王が「喜望峰」という名に改めさせた。

 そこに来たこともない人が、そこの「地名をつける」なんてことも、けっこうあったことなのかもしれない。


f0066555_1322219.jpg 喜望峰はアフリカ大陸の最南端ではない

 ...知らなかった。
 最南端は50Kmほど離れたところにあり、正しくは最南西端。

 しかも喜望峰付近には、小さな岬が3つもあり、古い灯台の建つこの岬はケープポイントと呼ばれる。


f0066555_1335015.jpg 旧灯台のところまで登り、下を見下ろす。

 灯台までの坂道はコンクリートで舗装されているが、強い風に吹き付けられ危ない。

 下りは舗装されてはいないが、風下側の安全な道を選ぶ。


f0066555_13405120.jpg その下り道の途中で、新しい灯台が見える。

 元の灯台のほうが高い所にあるのだが、霧が多いため岩場に座礁する船が絶えず、新たな灯台が築かれた。

 新灯台には、観光客が近づけそうなルートはなさそうだった。



f0066555_1353538.jpg 喜望峰からの帰り道には、ボルダーズビーチに立ち寄る。

 ボルダーズは年間6間人の観光客が訪れるペンギンの生息地。

 ペンギンを保護するため、観測通路や人工の巣箱などが設置されている。


f0066555_1421819.jpg 写真中央左寄りに、ボロボロの汚く見えるペンギンがいるが、これはひな鳥。

 もうすぐ毛が生え変わる。

 種類はケープペンギンというのだが、騒がしい鳴き声からジャッカス(ロバ)ペンギンとも呼ばれる。



f0066555_14163278.jpg 市内に戻り、ケープタウンの最後の観光になったのが、カラフルな家々が立ち並ぶ通り。

 ただ珍しいからと、写真撮影しただけだが、幼児が積み木を並べたような家。
 住み心地は、色とは関係ない?


f0066555_14224367.jpg 「この家の欠点は、車庫がないこと」と、ガイドのアンジェラさんが言うが、道路には駐車の区画を示す白線が引かれている。

 だったら、駐車違反ではないらしい。
 屋根はなくとも近くに車が置ければ、都会では御の字。
[PR]
# by t_ichib | 2014-11-10 09:44 | 今日もまた旅の空
南アフリカ旅行③ 今日の世界遺産は監獄島
f0066555_16152031.jpg 今日の観光へのスタートはウォーターフロントから。

 写真は、その中心にあるクロックタワー。

 港を出入りする船舶の管制塔だったが、現在はもっと新しい施設がその役目を担っている。


f0066555_2123312.jpg 船に乗り換え、世界遺産:ロベン島に向かう。

 ロベン島は17世紀の終りごろ、当時ここを支配していたオランダにより、植民地の政治犯を収容する監獄として使われた。

 島の周囲を流れる海流は激しく、脱獄は困難だったとか。

 アパルトヘイト政策の時代に、当時の南アフリカ政府によりマンデラ元大統領など、多くの政治犯が収容され、負の遺産として世界遺産に登録。


f0066555_2211284.jpg いよいよ、島に到着。

 次々に島に着く定期船の観光客は、何台かのバスに分かれガイドに案内される。

 ガイドはパブリックと呼ばれる公式のガイドと、プライベートと呼ばれる元受刑者のガイドとがある。
 私たちは、たまたま数少ないプライベートのガイドに。


 反アパルトヘイトの指導者といえば、マンデラ元大統領の名くらいしか知らなかったが、ここでローバート・ソブクウェの略歴を聞く。

 彼が議長をしていたPACは、黒人に身分証明書を常に携帯するよう義務付けた「パス法」に対する抗議行動を起こす。

 警察署の前まで出かけ、身分証明書を投げ捨て「逮捕せよ」と迫るというものだった。
 それに対し、警察が一斉射撃を行い69名の死者が出たのが、「シャープビルの虐殺」だった。

 この後、PACもマンデラ氏の属していたANCも非合法化され、両氏とも投獄される。
 が、この事件により反アパルト運動は大きく前進していく。



f0066555_2241019.jpg 囚人たちが強制労働させられていた石切り場跡

 当初は、島の施設の建設や、細かく砕いて道路の舗装に用いられたが、後には使用目的のない無益の労働だった。

 写真中央の四角に切られた穴は、暑い時の休息場所だったが、政治犯たちはここで政治権力を取り戻した後の構想を練っていた。
 ガイドは「最初の国会」とジョークを飛ばしていた。


f0066555_2251242.jpg 写真のような抑圧する側の建物やテニスコートなども残され、島全体が博物館となっている。

 収容施設は当初は刑事犯なども一緒だったが、後に政治犯の思想が広がるのを恐れ、いくつかの施設に分離された。

 島からはテーブルマウンテンが眺められ、「世界遺産の中から、別の世界遺産が見られる唯一の場所」と、ガイドの自慢。


f0066555_232409.jpg いよいよマンデラ氏が収容されていた独房へ。

 マンデラ氏は釈放された時は別の監獄にいたが、あわせて27年もの間、収容されていた。

 政治犯の待遇も国際世論の高まりにより徐々に改善され、後には通信教育などを受けることができるようになった。

 政治犯たちは権力を取り戻した時には、そうした知識は必要だと認識していた。


f0066555_23114070.jpg 政治犯たちの独房の横の広場。

 そこに掲示されていた写真により、政治犯たちはここで石を砕くなどの単純作業をさせられていたことが分かる。

 マンデラ氏の目は石灰石の粉などにより悪化し、大統領就任後彼の写真撮影はフラッシュ禁止だった。



 ロバート氏のPACが、「白人を排し黒人による政権を」というものだったのに対し、マンデラ大統領は白人との融和を説いた。
 そのことが、流血を伴わない平和な政権移行となったのだろう。

 そのことにより、政治犯たちが受けた迫害という重苦しい思いから、少しほっとすることができる。



f0066555_8281538.jpg 監獄島の見学を終え、ウォーターフロントへ戻る。

 ここは港としてだけでなく、カフェなどの飲食店が多く、またお土産屋やスーパーマーケット、ブランド品のショップなどの商業施設となっている。

 私たちはここで昼食、ワイナリーへと出かけた後、もう一度ここに戻りお土産などのショッピング、さらに夕食もここ。

 何年か後に再びケープタウンに来たとしても、ここだけは記憶に残っているかもしれない。


f0066555_8403238.jpg ここで再び、優れものを見つける。

 船が通る水路にかかる歩行者用の橋。
 勝鬨橋のように上に持ち上がるのでなく、対岸の一ヶ所を支店に水平に回転する。

 歩行者が渡っていないのは、ちょうど今もとの位置に戻った直後。

 普通に渡れていたら、この仕掛けに気がつかなかった。


f0066555_8472557.jpg ワイナリーに向かうバスの車中より撮ったテーブルマウンテン。

 テーブルクロスも、しっかりと写っている。

 「今日は風が強くなるから...」というガイドの予言どおり、この後強風のためケーブルカーは運航停止。
 そればかりか、翌日にはロベン島への定期船も強風で休止。


f0066555_857036.jpg ワイナリーの写真を撮っていないので、その近くのブドウ畑の写真を。

 ウォータフロントに戻って以降、空に浮かぶ雲の形を「日本ではあまり見ない形だね」と言い、しきりに雲の写真をとっている人もいた。

 ワイナリーで少しと、ウォーターフロントのスーパーで少しお土産を買った後、ガイドのアンジェラさんの案内で、タバコの吸えるカフェへ。
 彼女もかなりの喫煙者、お酒もいけるので私より数段上。

 ただしコーヒーの味は想定外、今回の旅行では食後にコーヒー紅茶が出されることが多かったが、そちらのほうが何倍も上。


 口直しに、小高い山の上からの美しい夜景を。
f0066555_917934.jpg

 ただしここに向かう道は、舗装も悪く、狭いところもある坂道。 ハラハラドキドキの往復であった。
[PR]
# by t_ichib | 2014-11-09 12:37 | 今日もまた旅の空
南アフリカ旅行② 一つ目の世界遺産
 ケープタウンで出迎えてくれたガイドは、日本語が堪能なアンジェラさんという白人女性。
 ワインと植物について詳しく、アルコールがまったくダメな私たちに息子へのお土産の相談にも乗っていただいた。

 日本語が達者だが当初日本に来た時には、「当然英語が通じる国」と思ってきたそうで、それからの猛勉強で話せるようになったとのこと。
 今も毎年のように日本に来ているそうだ。 観光ではなく、仕事で。


f0066555_9273261.jpg 【テーブルマウンテン】

 この写真は実は翌日、ウォータフロント側から撮ったもの。
 空港からケープタウンに向かう側からでは、この山の背後から近づくことになるので、あまりテーブルらしくない。

 そして山頂を覆う白い雲、地元ではこの雲をテーブルクロスと呼んでいるそうだ。


f0066555_9372366.jpg テーブルマウンテンにはケーブルカーで上る。

 このケーブルカーは優れもので、内側のフロア部分が回転する。

 登り降りの短い間とはいえ、どの位置に立っても不公平なく周囲を見渡すことができる。


f0066555_9455992.jpg テーブルマウンテンに登ると、珍しい生き物をいくつか目にした。

 このトカゲは名前も分からないので、アフリカ固有のものなのかどうか。
 ちょっと珍しい色だったので。


f0066555_104557.jpg ガイドの説明によれば、こちらは南アフリカの固有種らしい。

 ダシ(Rock Dasiie)という名で、見かけは太ったネズミのようだが、象の仲間と言う説明を受けビックリ。

 写真のように、大きな岩の上での日向ぼっこを好むようだ。


f0066555_10243859.jpg 一見カラスのようにも見えるが、ムクドリの仲間だとか。

 大きさもからすよりずいぶん小さく、泣き声もかわいらしい。
 飛んでいるときは下の方の茶色の部分が目立ち、きれいに見える。



f0066555_10284271.jpg 【カーステンボッシュ植物園】

 「世界遺産:ケープ植物区保護地域群」の中心。

 もっとも、世界遺産の保護地域はここだけでなく、テーブルマウンテンも、更に翌々日に向かう喜望峰までを含む広い範囲であるらしい。


f0066555_10314822.jpg 世界の植物群は6つに区分されるが、第1群が北半球の熱帯を除く大部分を含む広大面積なのに較べ、第6群は地球のわずか0.4%に過ぎない。

 左の図の赤い丸で囲まれた範囲がそれで、フィンボスとも呼ばれている。

 5000種の固有種を含む8000種の植物は、熱帯雨林の多様性を上回るという。


f0066555_1946274.jpg 植物園に入ってすぐに目につくのが、ネルソン・マンデラ元大統領の肖像の入った看板。

 マンデラ氏の肖像を見て、改めて南アフリカがアパルトヘイト政策により、長い間世界から孤立していたことを思い出す。

f0066555_2043724.jpg 看板の内容は、左の写真の花の説明のようだ。

 極楽鳥花の一種のこの花は、元大統領の名にちなんでマンデラ・ゴールドと名づけられた。

f0066555_20383682.jpg 植物園の中でも、いくつもの珍しい生き物を見られた。

 これはエジプトガンの親子。

 芝生に広がるいくつかの敷物は、ここでピクニックを楽しむ人たちのもの。
 ここは広々としているし、花々も美しく家族で遊びに来るには絶好の場所。


f0066555_20591235.jpg ホロホロ鳥。

 草の陰で、しかも2羽重なっているので少し分かりにくいが。
 実はこの数日後、ジンバブエでこのホロホロ鳥の料理をいただくことになる。


f0066555_2126928.jpg ガイドのアンジェラさんは植物に詳しい、この植物園では本領発揮で親切な説明をしてくれる。

 この花は来る途中の道にも、テーブルマウンテンでも見た。
 いくつもいくつも教えていただくので、聞いたそばから忘れてしまう。

 この花の名も3度目にやっと覚えることができた。
 ピンクッション、確かにまち針をいっぱい刺した「針山」、赤やピンクなどの色も有った。


 この小さな花に止まっている小鳥がいた。
 動きが早すぎてシャッターチャンスを逃してしまったが、花の受精を助けているのだそうだ。


f0066555_223889.jpg もう一つやっと覚えられたのが、キングプロテアという大きな花。

 南アフリカ原産で、南アフリカの国花になっている。

 他に覚えたのは、エリカというかわいい花。
 他の地区ではわずか26種しかないのに、このフィンボスでは600種もあるというから、この地区の多様性に驚く。


 南アフリカに来るまでは、ビクトリアの滝とジャカランダの花、それと喜望峰のことくらいしか予備知識がなかったが、この世界遺産はすっかり気に入った。


 そのジャカランダの紫色の花は、ケープタウンでも何度も見かけた。
 ただ、ジャカランダは外来種なので、世界遺産の指定を受けた後は、新たに植えられないよう規制されていると言うこと。
[PR]
# by t_ichib | 2014-11-08 09:12 | 今日もまた旅の空